光の中でしか息ができない 2



ネロが闇の世界に飲み込まれた。

シルクスの塔から帰ってきた冒険者から語られたのは、予想だにしなかった展開だった。

ネネリはラムブルースの元で、シルクスの塔に向かった冒険者たちを待っていた。
ネロが魔導城プラエトリウムの戦いでボロボロになった赤い鎧に着替えて塔に向かっていったときは、またなにを企んでるのやら……と呆れながらも、ネネリが制止するようなことでもないので見送った。
それが、このような事態になるとは。

シドや、調査団の目付役であるグ・ラハ・ティアの進言もあり、ラムブルースは闇の世界へ連れ去られたネロたちを救う手段を模索してくれるようだ。
ネロたちを助け出すには、闇の世界に繋がるゲートを開かなければならない。そう簡単にいくはずもなく、どうしても時間がかかる。
冒険者には進展があり次第連絡することになり、自分の冒険へ戻って行った。

その間ネネリは聖コイナク財団の調査地に身を寄せ、調査団の手伝いをしながら、ゲートが開くそのときを待つことにした。とはいえ専門的なところについては迂闊に手を出すわけにもいかず、雑用として働いた。

ネロがいなくなり、無事に帰ってくるかどうかもわからなくなった今、ネネリの存在を秘匿にしておくという約束も意味が無くなったと言われても仕方がないのだが、冒険者はその約束を違えることはしなかった。彼は助かると、信じているのだろう。

何度かシドに、「暁」に帰らなくていいのかと尋ねられた。この期に及んでネロのことを気にかける必要はない、と。
そのたびにネネリは首を横に振った。

帝国から逃げるネロと、「暁」から逃げるネネリ。ある意味似た者同士だからなのか、居心地は悪くなかった。とはいえ、根本的には二人の状況はまったく違う。

帝国に連れ去られてもなお生き残ったことが、ネネリにとって最大の誤算だった。
生き残ったからこそやらなければならないことがあるというのも、心のどこかでわかっている。
でも、だったら、どんな顔をして帰ればいいのだ。
守るだけ守られて、その上で多くの犠牲を出し、自分だけ生きてましたと宣えばいいのか。
もしかすると、あの優しい人たちはネネリを許してくれるかもしれない。そうなったとしたら、ネネリはこの罪悪感から一生逃れられず、きっと耐え切れないだろう。
斧使いだった時のことも、砂の家のことも、結局ネネリは自分のせいだと抱え込んでしまうのだ。





結果として、闇の世界へと連れ去られていたネロは救い出された。
ドーガとウネは使命を果たすため闇の世界に残り、グ・ラハ・ティアはクリスタルタワーとともに塔の中で眠りについた。しかし彼らはそれぞれの道を進むだけ。悲しい別れではなかった。

そしてネロは、そのままどこかへふらっと行ってしまったらしい。ネネリを置いて。別れの言葉など期待したわけではなかったが、散々振り回しておきながらこうもあっさり捨て去られると、少し腹立たしくもなるというもの。

「帰ろう」

覚悟なんて決まるわけもなく。
冒険者に促され、二人並んで銀泪湖北岸の道を歩く。ネネリの足取りは重い。
なんとか引き摺っていたものの、レヴナンツトールが近付いてきたところで、ついにその足は止まってしまった。
どうかしたのかと、冒険者はネネリを振り返る。

ネネリは、自分の想いを口にするのが苦手だった。
だが、ここに来て溢れ出た。

「……みんなに、合わせる顔が無い」

そんなことを考えていたのかと、冒険者は唖然とした。

「私の役目は、砂の家でみんなの治療をすること。なのにあの日、私は目の前で……たくさん死なせた」

目の前で、どんどん命が消えていった。

「戦うことをやめて、癒し手になったのに、その結果がこれじゃあ……」

なんのために、生きているのだ。

足が地面に張り付いたかのように、動けなかった。
戻ったってなにもできやしない。 そうやって自分を呪って、前に進めなくなってしまった。
俯いて地面ばかりが目に入るが、それすら滲んでゆく。

すると、急に地面から足が引き剥がされる。

「わ、えっ、ちょっと待って!!」

冒険者が、ネネリの手を引いて走り出したのだ。
向かう先はもちろん、レヴナンツトールの石の家。

冒険者は知っている。「暁」のみんなが、利用価値だけを求めているわけではないことを。それに、彼女のおかげで生き延びた人だっている。自身にも危険が迫る中、ネネリは治癒魔法をかけ続けていたこともアレンヴァルドから聞いている。
難しいことを考える必要はない。生きていてくれればいいのだ。
いっそのこと、彼女を待っている人たちに揉みくちゃにされて思い知ればいい。
ネネリが後ろで慌てた声を上げているが、お構いなしに走り続ける。セブンスヘブンを抜け、石の家に入り、真っ直ぐ「暁の間」へ。

思い切り開け放った扉の奥にはミンフィリアとタタル、それからリンクパールを通じて呼びかけ集まってもらっていた賢人たち。
冒険者はそこにネネリを差し出す。

「おかえりなさい、ネネリ!」
「よく帰ってきてくれたわね」
「ご無事でなによりでっす……」

心の準備なんてものをする暇もなく、特にイダからは熱烈な抱擁を受けた。

「暑苦しいぞイダ!」
「だってー!」

彼女は友人を喪ったばかりで、その反動もあっただろう。パパリモも強く止めはしなかった。

「ごめんなさい、私……」

なにもできなかった。そう言いかけたが、優しい手で頭を押さえられた。

「謝るのはこっちのほうだ。すまなかった、俺のせいで危険な目に遭わせた……」

誰よりも負い目を感じていたのがサンクレッドだった。
ただでさえ、ネネリを「暁」に引き入れたことへの責任感もあったというのに、アシエンに憑依され、砂の家の襲撃やネネリが連れ去られる原因を作ってしまった。どれだけ心を痛めなければならなかったことか。

「よかった……生きててくれて……本当に……」

その切実な声を聞いて、凍りついてしまっていた心が溶けていくようだ。
帰れないなんて、もう言えないじゃないか。

「ばか……大変、だったんだから……」

ネネリの意に反して口から出たのは、謝罪ではなかった。
サンクレッドを責めるつもりは全くないが、これぐらい軽口をたたいたって許されるだろう。

「あぁ……ごめんな……!」

サンクレッドの謝罪する声も、どこか嬉しそうだった。
目の前であれだけの仲間を喪えば、ネネリのことだ、きっと自分を責めてしまうだろうことは想像に難くなかった。押し潰されてしまっているんじゃないかと心配していたが、返ってきた声が思いのほか穏やかで安心したのだ。

もちろん「暁」の仲間を喪った事実は覆らない。ネネリも、そして他の盟員たちも、そのことはずっと忘れずに生きて行く。犠牲はつきものだと割り切らなければならない部分もあるのだとしても。
未だエオルゼアの脅威は去っていない。これからも戦いは続き、背負うものはどんどん増え続ける。それに耐えなければ、エオルゼアの救済は成し遂げられない。
それでも今はただ、仲間が無事に帰ってきたことをただ喜ぼう。

イダに物理的に押し潰されそうになりながら、サンクレッドには髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でられ、空いていた手にはタタルが縋りついていた。
クリスタルブレイブの仕事を片付けていたために遅れてやってきたアルフィノが到着した頃には、ネネリはある意味でボロボロになっていた。





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