光の中でしか息ができない



「ねぇ……私までここに着いて来なきゃいけなかったの?」
「そう言うなって。もうちょっと命の恩人を手伝ってくれてもいいだろォ?」

モードゥナ地方の中心にある拠点、レヴナンツトール。第七霊災で一度は崩壊したキャンプも、冒険者ギルドが中心となり復興を進めている。最近ではあの「暁の血盟」がベスパーベイの砂の家から拠点を移してきたことでも知られ、再び冒険者の集う場として賑わいを見せている。

この地に、二人の男女が訪れていた。
片や仮面で顔を隠した男、片やゴーグル付きの帽子で顔を隠した女。

「よりによって、この場所に……」

女のほうは、あまりここに来たくなかったらしい。

「待ちに待った仲間との再会じゃあないのか?」
「…………」
「まぁオレにとっちゃ、そのほうが都合がいいンだがな」

男と女の間にはかなりの身長差がある。ただでさえ男の視界に映るのは女の頭頂部ばかりだというのに、さらに俯かれてしまってはその表情は窺えない。

「あの大爆発で、お前の解析データも吹っ飛んじまったしなぁ」

軽口を叩けば、ようやく女が顔を上げてじっとりした目――ゴーグル越しでもそう見えた――で男を見上げる。

「だが、それより面白いものを見つけたンだ。楽しくなりそうだぜぇ?」
「ほんっとうに、懲りない……」





「暁」の引っ越しに、モーグリ族が召喚した新たな蛮神「善王モグル・モグXII世」の討伐、アシエン・エリディブスとの邂逅。
第七霊災が終わったというのに、かの冒険者は相変わらず忙しい日々を送っていた。
それでも冒険者は休むことを知らない。

レヴナンツトールの異国風の男に紹介され、聖コイナク財団によるクリスタルタワーの調査に加わることとなった冒険者。
そこにはシドの姿もあった。
地中で眠っていたはずのクリスタルタワーが、第七霊災を機に地上に姿を現した。その塔が、ただの巨大な水晶というわけもなく。
つい先日までエオルゼアを脅かしていた、アルテマウェポン――あれほどの兵器を生み出したの同じ、古代アラグ文明の遺産なのだという。

そんな事情があろうとなかろうと、冒険者はそこに冒険があるなら突っ走っていくものだ。
冒険者は見事、クリスタルタワーの防衛機構である古代の民の迷宮を突破。本体であるシルクスの塔へ迫ったが、またしても防衛機構が調査団の行く手を阻む。
そしてバルデシオン委員会からの助っ人だと名乗る、ドーガとウネという二人の協力者を得て、シルクスの塔を守っていた扉は開かれた。

「よぉ、寄せ集めの調査団。ずいぶんと珍しい「玩具」を手に入れたようだな?」
「お前は……ネロ……!? やはり魔導城から逃げ延びていたか……!」

一行の前に現れたのは、冒険者に聖コイナク財団を紹介した異国風の男。マーチ・オブ・アルコンズの到達点であった魔導城プラエトリウムにて、冒険者と対峙した、ガレマール帝国第XIV軍団の幕僚長ネロ・トル・スカエウァであった。
魔導城の焼失により消息不明となっていたが、あの爆発から運良く難を逃れていたのだ。
帝国に帰ったとて、敗残兵を待っているのは暖かい家などではなく――処刑だ。エオルゼアでは考えられないことだが、軍事大国ならではの事情がある。だからこそネロは本国に帰還せず、エオルゼアを放浪していた。

ネロはドーガとウネがクローンであることを看破し、素知らぬ顔で調査団と行動をともにしようとする。それに猛反対したのはシドだった。

「仲良くしたければ、手土産のひとつでも持参しろってか?」

そう言ってネロはトームストーンをシドに手渡す。
第XIV軍団が持つ、アラグの情報が記録されたものだった。アラグが生み出した兵器、アルテマウェポンを復活させるために研究していたのがネロを中心とする第XIV軍団だ。その彼らが保持していたのだ、ただの記録端末とはわけが違う。

「それだけじゃ足りねぇってンなら、あとでとっておきを見せてやるよ」
「とっておき、だぁ?」

信用しきれないシドは、この上なにを出してくるのかと怪訝な顔をする。

とはいえ、クリスタルタワーの調査は進めなければならない。ネロも伴い、八剣士の前庭に戻った一行。
ドーガとウネにより、アラグ帝国にまつわる真相……当時を生きたオリジナルのドーガとウネの想いが語られた。

シルクスの塔へ突入する前に、各々準備のために一度調査地へ戻っていく。
まだ八剣士の前庭に残る冒険者に、ネロは聖コイナク財団の調査地へ戻るように求めた。首を傾げながらも、了承する冒険者。それを見たシドも、ネロを監視せんと同行した。

「とっておきを見せてやるって言っただろ?」

といっても、今度こそネロは手ぶらのようだ。
冒険者とシドが顔を見合わせたとき。

「急に呼び出して、今度は一体なにを考えて……」

聞こえてきたのは一人分の軽い足音と、鈴を転がすような声。

「ネネリ!」
「っ……!」

冒険者は、たちまち喜びをあらわにした。
服装も変わっており、ゴーグルと帽子で顔がわかりづらくはあったが、何度か砂の家で耳にしたその声は聞き間違えることはなかった。
あの日、救えなかったと思っていた「暁」の仲間。

「ネネリ……てことは、幻術士の嬢ちゃんか!」

シドとネネリは顔を合わせたことはなかったが、「暁」が救い出そうとしていた人物の名であることはすぐに思い出した。

「良かった、無事だったんだな! しかし、なぜお前がこの子を……!」

説明しろ、と言わんばかりにネロを睨みつける。

「そう睨むンじゃねえって。コイツはあのとき、プラエトリウムの俺の研究室で預かってたンだがな。コイツも俺と同じ、悪運の持ち主だったってワケだ」

要はネネリも運良く崩落するプラエトリウム内で生き延びたものの、一人では身動きが取れず、そこをまた偶然にもネロに発見され、そのまま彼の放浪の旅に連れ回されていたということだった。

「成る程……」

シドはネロに対しまだまだ思うところはあるものの、ネネリがこうして生還したのは彼のおかげであることは認めざるを得なかった。

「……久しぶり。アルテマウェポン、倒してくれてありがとう」

こうも真正面から名前を呼ばれてしまっては、窮屈なゴーグルもつけている意味はない。
ネネリは顔を隠すためにつけていたゴーグルを、額の上にずらす。
いつもの優しい声で冒険者に語りかけるネネリだったが、その目は仲間との再会に対する喜びを映してはいなかった。
砂の家での一件から、帝国軍施設での幽閉、大爆発からの生還……怪我は自分で治せるとしても、心のほうはどうだ。ネネリになにかあったのだろうことは察しがついたが、冒険者一人でどうにかできることではない。

冒険者はひとまず、今の「暁」の状況を伝えることにした。
今までのような秘密結社ではなく、表立った組織となったこと。
新たな蛮神が出現し、それを倒したこと。
帝国に支配されたドマ、そこから逃げ延びた人々をレヴナンツトールで受け入れたこと。
難民の暴動や政治的問題など、ウルダハの状況が良くないこと。
不滅なるアシエンを消滅させる方法が見つかるかもしれないこと。
「クリスタルブレイブ」という新たな組織を、アルフィノが立ち上げたこと。

拠点の移動やドマの難民の受け入れ、見慣れない青い制服を着た者達など、レヴナンツトールに滞在している間に入ってきた情報もあった。それにしても、ネネリの知らないところでも「暁」の状況は目まぐるしく変化している。

そして、消息不明のネネリがどこかで生きていることを信じ、ずっと捜しているというのだ。死体が見つかっていないというだけで、希望的観測にすぎないのだが、それでも彼らはまだ諦めきれなかった。

「そう……」

戻りたくないわけではない。
しかし今のネネリは、「暁」への帰還を手放しで喜べる状態ではなかった。
冒険者に、なんと言うべきか。

「こいつが生きてること、連中に言うンじゃねえぞ」

ネネリが逡巡しているあいだに、口を挟んだのはネロだった。冒険者だけでなく、ネネリもネロを見上げた。

「まだ取られたくないンでな。安心しろ、この調査が終わったら返してやるよ」

彼は悪戯っ子のような顔で言い放った。
ネネリを気遣ったのか、本心なのかはわからない。だが、おかげでネネリはごく自然に「暁」との再会を先延ばしにできた。

この調査が終わるまで。
それまでに決心しろ、ということなのかもしれない。





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