蜩に混じる声
2012/09/04



私は、誰よりも彼のことが好きだったのだ。


それに気がついたのは、蜩が泣き喚く真昼間のことだった。

私は音楽を垂れ流しながら昼寝をしていた。
寝苦しさにごろごろとのた打ち回りながら目を開けると、聞こえたのだ。


彼が私の名を呼ぶ声が。


私が昼寝をしていると、よく勝手に家に上がりこんで、私の隣に居た。
彼は何が楽しいんだか、私の寝顔をよく見つめていた。
2時間でも、3時間でも。

そして、私が目を開けると、いつも決まって私の名を呼んだ。


―ちゃん。


もう大学生になるのに、幼い時からずっと変わらずにちゃん付けで呼ぶ。
私は少し恥ずかしかったけど、眠たそうな低い声で呼ばれるのは、なんだか心地よくて。
やめてよって言いながらも、止めてほしくなくて、やだって言われるたびにほっとした。

そんな彼が、出て行ったのは、今年の春のことだった。
彼は、一人暮らしをはじめたのだ。


遠くの大学へ行くんだと、寂しそうに言った。


私は、そっか、頑張ってねとかなんとか、適当なことを言って、笑った。


なんで、あの時に気づかなかったんだろう。


なんで、今なんだろう。


日が傾いてきた。
まぶしくて、熱くて、寂しくて、涙がにじんだ。

いつ会えるんだろう。
彼女はできたんだろうか。

私の涙は次から次へと溢れた。
蜩はもう、鳴きやんで、辺りは夜の匂いで包まれていた。

春柚





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