2.甘い香り
2012/07/15

橙に染まる彼女に、それでも僕は何も言えなかった。

彼女は、物分りの悪いこどもに言い含めるように彼女はもう一度、ゆっくりといった。

「先生は、ひとり、ですか?」
「…それは、どういう意味かな」

やっとのことで返した言葉は、聡明な彼女にはどう響いたのだろうか。
聡明で、繊細で、美しい彼女に。

「そのままの意味ですよ。」
「だとすると、僕はひとりだ、という答えしか返せないが。」
「…やっぱりそうなのね」

彼女は悲しげに目を伏せた。
僕は何になのかは自分でも分からないが、弁解するように、また話し出した。

「いや、でも、人の中には誰だってもう一人の自分くらいいるだろう」
「どんな人?」
「え」
「先生の中のもう一人って、どんな人なの」
「それは」
「言えないんでしょ。」

僕は再び黙り込んだ。
彼女の哀しげな視線を感じ、目を伏せた。

「先生。」

ふと目を上げると、彼女はいつの間にか目の前にいた。

「たすけて」

彼女の顔が目の前いっぱいになったかと思うと、肩に、唇に、体温を感じた。
鼻をくすぐる甘ったるい香りに、僕は懐かしさを感じた。



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