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「椿」
「会長!!」
「だから会長はお前だろ。オレは会長って名前じゃねえっつーの」
登校中、後ろから飛んできた声に、隣にいた会長がどこか嬉しそうに振り返る。
自分はその声を聞いただけで不自然なほどに心臓が跳ねた。
自ら声をかけたくせに、だるそうに言葉を発するその男は、前生徒会長の安形惣司郎。
会話を始めた二人を、一歩下がったところから眺める。
―ああ、またこの感情が顔を出す。
会長とあの男が一緒にいる姿を見ると、胸がざわついて落ち着かない。
きっとコレは、世間一般では嫉妬と呼ばれる感情で。
自分の中にこんな子供じみた感情があることが不愉快だった。
だが、それ以上に不愉快だったのは…
安形に対してではなく、会長に対してその感情を抱いている事実だった。
―――――――――――――――
「お、忍者くん。一人か?」
安形は、自分が一人でいるとよく話しかけてくる。
会長といるときは自分よりも会長を構って話しかけてこないくせに。
それを知っていて、安形の姿を見つけるとわざと一人で近くを歩いてみたりする。
望んだとおり声をかけられ、嬉しく思うはずなのに素直に感情を出すことができない自分が憎らしく感じた。
「…会長は学校の会議に出てる」
「ふーん。じゃあ一人で帰るのか?」
「見ればわかるだろ」
「かっかっか。冷てーな」
「おい、何で隣歩くんだよ?」
「ん?一緒に帰ろうと思って」
当たり前のように返す相手に、一瞬言葉を失う。
照れ隠しの悪態すら出てこなくて、黙って帰り道を二人で歩いた。
どうしてオレは、この男に惹かれているのだろう?
お慕いする会長が尊敬している男を気になっていたのは確かだ。
最初は話しかけられるのもうざったくて仕方がなかったのに、今ではそれを嬉しいと思うようになってしまった。
いつからこんな感情を持ち始めたかと一人ぼんやり考えていると、不意に相手の大きな掌が自分の髪を束ねているヘアピンへと触れる。
「コレ自分でやってんの?」
「さ、触るなッ…!!」
「そんな毛嫌いすんじゃねーよ。つーかお前、」
信号待ちで電柱の前に突っ立ったまま、輪郭をなぞるようにするりと下りてきた相手の手に顎をやんわりと掴まれ、心臓が停止してしまったような錯覚に陥った。
「すげえ綺麗な顔してる」
一気に体中の熱が頬へと集中する。
すべてを見透かすような瞳で笑いながら吐き出された言葉に、自らの指先が僅かに震えた。
胸が痛い、苦しい。
たった数秒の言動だけで息が詰まってしまうほどに、自分はこの男が好きなんだ。
どうしたら良いのかわからない感情が、切なく歪む。
ダメだ、と制止をかけるよりも先に、気付けば自分よりも少しだけ背の高い相手の肩に顔を埋めるようにして身を預けていた。
ふわりと鼻を掠める匂いに心臓が暴れるように脈打つ。
「…加藤?具合でも悪いのか?」
「…………けよ」
「は?何?」
「オレのこと抱けよ」
そのまま顔を上げることはできなかった。
会長と楽しそうに喋る安形の姿を脳内で思い浮かべながら、初めから叶わないとわかっているこの感情をどうにかして捨ててしまいたかった。
軽蔑して嫌われてしまう方がよっぽど楽だ。
突き放されると思った身体をやんわりと離され、自分が想像していたものとは違う言葉を相手は発した。
「…家、行くか」
―――――――――――――――
関われば関わるほど、視線が絡めば絡むほど、言葉を交わせば交わすほど、好きになってしまう。
「抱け」なんて言葉、相手に拒否されて関わりを絶つためのものだったのに。
苦しい感情から逃れるためのものだったのに。
「っ…ン、」
「舌、もっと動かせ」
「あ…ッ、はっ…」
ベッドの端に腰掛け、肩を抱かれながら激しく口づけられる。
連れて来られた相手の自宅で、部屋に行くとすぐに行為は始まった。
こんなことになるとは思っていなかった為、うまく頭がついていかない。
安形とキスをしている、という現実を冷静に受け止めるだけでひどく目眩がした。
唇を重ねたまま身体を押し倒され、ギシリとベッドを軋ませながら相手が自分の身体に馬乗りになる。
「お前は男に抱かれる趣味でもあんのか?」
「……」
「黙ってても女にモテるだろ?溜まってんのか?」
「…そうだよ」
「素直じゃねーな」
上から降る言葉に、適当な返事を返すと相手は呆れたように笑った。
恐らく安形は自分の気持ちを知っている。
知った上で、なぜ抱くのだろう?
「くっ…あ…!」
首筋に舌を這わせながら、下着の中に手を突っ込まれ身体が震えた。
握りこむようにして擦られると、その快感に呼吸が途切れ途切れに乱れていく。
普段とは違う、安形の色気の含まれた男性の表情に、背筋に甘い痺れが走った。
この想いを捨てたいと思っていたはずなのに、どこかで期待してしまっている自分がいる。
好き、とまではいかなくとも相手も自分に興味があるのではないか。
本当に嫌いだったら男性を抱くなんて行為を簡単にはできないはずだ。
何より、身体に触れるその手が異常に優しい。
「っ…は、あ!」
「痛くねえ?」
「いっ…、痛いに決まってんだろ…」
「ココは?」
「あ!…ン、あっ…やめろ…!」
「気持ちイイ、だろ?」
唾液で濡らした指が体内へと侵入した。
下半身に違和感を持って身を捩らせていると、探るようにして指を動かしながら相手が耳元で囁き、自分が反応した部分を何度も指で弄られ堪らなくなる。
指が増える感覚、抜き挿しを繰り返される感覚をリアルに受けながら瞳を閉じて快楽に浸った。
「ン、う…あっ!安形…ッ」
「もう後ろすげー濡れてる」
「言うな…、あッ…!」
「そろそろ挿れるぞ」
硬く勃ち上がった自身が挿入口に宛がわれる。
相手が自分に興奮していることが嬉しかった。
両足を大きく押し広げられながら、自身がゆっくりとナカに入ってくる。
それを受け入れるために、必死で息を吐きながら感じたことのない痛みに耐えた。
「ッ、あぁっ…!」
「大丈夫か?」
「はっ…良いから、はやく奥まで…ッ、あ!」
「加藤、こっち向け」
「ン、あぁっ…!あ、がた…」
横に逸らしていた顔を言われた通り相手に向けると、唇を塞がれる。
一気に愛しさが込み上げて、覆い被さる相手の背中に腕を回して抱きついた。
グチュグチュと結合部から音が漏れる。
痛みが快感に変わっていく。
抱きあってキスをしながら、羞恥も忘れて獣のように腰を揺らし、熱く激しく交わった。
好きな相手との性行為がこんなにも気持ちの良いものだなんて。
もうどうにでもなれと思いながら相手に甘えるようにしがみついて、ひたすらに腰を振った。
―――――――――――――――
行為が終わって、残ったのは倦怠感と後悔だった。
恋人でもないのに恋人のように重なって得たのは一時的な幸せ。
ベッドの中で、寝ている相手の後ろ姿を見ていると虚しさが広がった。
安形が自分をどう思っているかだなんて聞けない。
期待していても、好奇心だなんて残酷な言葉を返されてしまったらきっと立ち直れない。
女々しい自分にうんざりしながらベッドを出て制服に手をかける。
「どこ行くんだ?」
「なっ…起きてんのかよ」
「セックスだけして即帰宅?随分冷めてんだな」
「関係ねえだろ」
「なあ加藤、何で抱いてくれって言った?」
「…溜まってただけだ」
「似合わねー嘘つくな」
「アンタに言う必要なんかねーだろ」
「希里」
突然下の名前で呼ばれ動揺していると、ベッドから起き上がりながら相手がもう一度自分に言葉を促した。
「言え」
―やめろ。
そんな優しい声色で言われたら、言ってしまうじゃないか。
本音を、この想いを。
「ッ…クソ、好きだ…!オレはアンタのことが好きなんだよ…!!」
絞り出すように発した言葉が、不安定に情けなく震えた。
沈黙が続いて、ああ終わったなと脱力した心で感じながら部屋を出ようとすると、不意に後ろから抱き締められる。
「オレもお前のことが好きだよ」
呟かれた言葉に耳を疑った。
安形も、自分を好き?
そんなの…
「嘘だ」
「何でこのタイミングで嘘吐かなきゃいけねーんだよ」
「嘘吐き」
「お前のことずっと気になってた」
「同情してるだけだろ」
「オレが人に同情する人間に見えるか?」
「…見えねえ」
「だろ?だから、」
「オレの恋人になれ」
自信満々に上から目線で愛の言葉を紡がれる。
その言葉が幸せで、嬉しくて。
「………オレに命令するな」
それでも素直に返すことができない自分は、緩む頬を抑えて小さな声で照れ隠しの悪態を吐いた。
Fin.