人生山あり谷あり | ナノ


びっくりせえへんかったわけないやろ!と何年経っても生意気な後輩の、真っ黒な頭をぶっ叩いてやった。いった、と素直に声をあげた後輩は、フローリングに荷物を下ろしつつ俺を見下げたのだった。中学時代、身長は俺とどっこいどっこいやったくせに、気づけば俺よりなんぼもデカくなりよって。むかつく。

「そんな怒らんでも」
「怒ってへん!」
「……ちゅーか、拗ねんでも」
「怒っても拗ねてもないっちゅーねん!」

身長がデカなったくらいで俺を子供扱いすんな!と吠えまくっていたら、壁がドンドンと音を立てた。ウチのアパートの壁は薄い。となりの住人からの「うっさいねんアホが!」という警告。
なんスかあれ、と壁を顎でしゃくる財前に、人差し指を立てて静かにのポーズをしてやった。

「ウチの壁、うっすいねん。あんまはしゃぐと、壁叩かれるから」
「へー」
「せやから、ここでギターかき鳴らすんはナシな!」
「これギターやなくてベースやし」
「……あ、あそ」

財前が持ち込んだ荷物の中に、そのベースとやらがある。財前は、インディーズバンドを組んでいて、それがなかなか売れとるらしい。ええなあ、この世知辛い世の中で少しでも人様に知られと
るんやったら幸せなことやで。しみじみ思う。
ふっと財前がこちらを振り返る。それだけでちょっとだけどきっとした。

「ユウジ先輩はなにしてんスか」
「え?」
「しごと」
「あー……、デザイナー」
「へー、すごいやないスか」

お前、それこのアパート見ても言うか?
安い家賃だけで選んだ、ボロボロのクソアパート。

「小春先輩は」
「お前、テレビ見てへんわけちゃうよな?いまや世間様も大注目、IT会社のイケメン若社長やん」
「カマキャラは捨てへんかったみたいっすけど」
「……お前、知ってて聞いたやろ」

睨んでも迫力がないのか、身長が足りへんのか、財前はさあ、と首をすくねただけやった。
小春はあれから、めっちゃ有名な大学行って、留学とかして、自分の会社を建てた。会社がデカなったら、ユウくんも雇ったるわ。と言うてくれてたけど、その約束は遥か彼方に忘れさられとるんやと思う。小春からの連絡はない。

「……ま、これからよろしくお願いしますわ」

中学時代となんら変わらへん、生意気な笑みを浮かべて財前が言った。
ここでいやや、と言えたなら、きっと何かが変わってたんやろうけども。小春に捨てられて心がすっごい寂しくなってた俺は、思わず「おん」と頷いていたのだった。