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小春と二人きりの部屋でネタ合わせをしたとき、妙な空気になったことがある。今思えば、それは始まりだったかもしれない。

あれは違うとかこれは違うとか口出ししあって、こんなのはどうと小春が提案したネタにおれが笑う。それええやん、とさっそくメモを録った。その間にしんと部屋が静まりかえってしまって、いきなりのことやったから、おれはメモをしていた手を止めた。

「小春、なんかしゃべって」

小春に笑いかけたけど、返答なし。さっきまでネタのことで盛り上がっとったのが嘘のよう。小春、ともう一度名前を呼ぶ。目が合った。

「こは、」

おれが名前を口にする前に、小春がそれを手で阻止した。真っ白できれいな手が、おれの口元を押さえている。小春どうしたん、とくぐもった声で問う。小春はなんも言わなかった。なんも言わないまま、手のひら越しにキスをされた。決して唇の感覚はないけれど、小春の手のひらの熱は感じた。

俺は小春に恋をした。