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「胸焼けがする、他で食ってくれんか」

仁王がぽつりと呟いたのは、まだ練習が始まる前の部室で、ブン太が調理実習で作ったケーキをドカ食いしてるときだった。ぴくり、とブン太の眉毛が動く。これは不機嫌のサイン。なぜだか知らないが、この二人は最近ずっとこんな感じだ。

「お前が出てけばいいだろい」
「寒いし動きたくない」
「じゃあ文句言うなっつーの、ここは共同スペースなんだから!」

暑さも寒さも苦手な仁王は、凍えるほどになった近頃、つねにローテンションだ。キンキン騒ぐブン太にチッ、と舌打ちをくれてやると、すぐに持ち込んだ毛布にくるまって目をつむった。部室に立ち込めるケーキの匂い。

「お前は平気だよな、ジャッカル!」

ブン太が俺を振り返る。空気になってたつもりだったから、いきなり話しかけられてびっくり。不機嫌なブン太には何を言ってもどうにもならない、のが長年パシリにされて学んだこと。俺は素直に頷いた。

「仁王は貧弱すぎんだよ、バーカ!」

ブン太は毛布にくるまる仁王にそう怒鳴り付けると、残りのケーキも全て口の中へ放り込んだ。冬はどうしても夏より運動量が減るっつーのに。そんなドカ食いしたらあっという間に、

「来年の春には豚じゃな」

ぽつりと聞こえた声。え、俺声に出してねーよな?慌てて口を押さえる。違う、俺じゃない。聞こえてきたのは毛布の内側からだ。

「テメェ……今のは陰口ですまさねーかんな!」
「うわああブン太ストップ!」

ぶち。短気なブン太の堪忍袋の緒が切れた音が聞こえた。ブン太がラケットを手にして毛布の塊へ猛突進しようとしたので、俺は慌てて止めた。部室で殺人事件だけは勘弁してくれよ。マジで。