無音、ではない。

タンクの中にある酸素をレギュレーターを通して呼吸する音、吐き出した時に出る泡の音。でも、それだけだった。

目を開ければゴーグル越しに青い空間が見えた。上も下も、右も左も。つくづく人間はすごいなあと思う。どんどん自分の領域を広げていく。空へとそして海へと。私はただその大いなる海にゆたゆたと身をまかせていた。

ふと、自分から出る以外の音に気づく。高くて澄んでいる、…歌だ。ラビも歌に気づいたのか、辺りを見回している。音は反響してどこからくるものなのか分からない。その時、大きな影が私たちを覆った。反射的に武器を構える。が、影の主を見て息を飲んだ。

太陽に照らされ、白く輝いた一頭のクジラが私たちの頭上を通過しているのだ。息をするのも忘れてしまうぐらい美しく神秘的で。そしてあまりの大きさに足がすくんだ。


『2人は白いクジラを見たことがあるかい?』不意にコムイの言葉がよぎった。

余談なんだけどね。クジラは百年、二百年と結構寿命が長いんだ。イノセンスの影響なのか、稀にそれ以上生きるクジラがいるらしい。老人の白髪のように白いんだけど、そのクジラを見つけられたら、2つだけ願いを叶えてもらえるんだって。


私は思わず目を閉じた。願いごとをするときに目を閉じ胸の前で手を組むのは世界共通だ。心の中で三回叫び、ふとラビの顔をみやれば、クジラに見入っている様子だった。こいつは私の気持ちなんて何も知らないで。なんてむかつくんだ。でもつい見てしまうのは惚れた弱みだ。不意にラビがこちらを向いた。見つめ合う形になる。ラビの瞳は海とは違った蒼さだった。吸い込まれてしまいそうに。ちくちくする胸の痛みを紛らわすように、未だ漂うクジラを見あげた。クジラはさっきよりも薄く透明になっている気がした。いや、気のせいじゃない。段々と薄くなり、海に溶けていく。目を凝らせば中心にキラキラと光る点が見えた。ラビと顔を見合わせる。まさかと思い泳いでゆく。たどり着く頃にはあのクジラの姿はなく、ただイノセンスが漂うだけだった。

コムイ、白いクジラの正体はイノセンスだったよ。





疲れはてた私たちは船の柱に背中を預け、どかりと座りこんだ。船の上にいるのに、まだ海の中にいるような感じがした。


「歌はイノセンスが唄ってたんさ?」
「うーん、どうだろ。もしかして本物のクジラがいたのかも。歌はクジラのコミュニケーションでもあるからね」
「歌がコミュニケーションなんか!」
「海の中じゃ視界も嗅覚もあまり役にたたないからね。それにくらべて音は陸上の4倍だし」
「へえー詳しいんさね」


コムイに白クジラのことを聞いてから少し自分でしらべてみたのだ。だから本当に歌が聴こえてきた時は心臓がどきどきした。

「そいえば願いごとは何にしたんさ?」
「言ったら叶わないってジンクスしらないの?」
「ケチさねえ。俺、クジラにイノセンスはどこにあるか聞いたんさ」
「ああ、だから本当の姿を表してくれたのかもね」


私はラビのどや顔を軽くあしらい、「よいしょ」と立ち上がる。「じじくさいさ」なんて言われたから「ばばあです」と言ってやった。船の手すりに肘をかける。オレンジ色の海を見渡せば、もう夕方か、と時間の立つ早さを実感する。伯爵を倒す。私たちの目的地の先に、ラビが教団を去るタイムリミットがある。いつかは分からないけど確実に時間は迫っている。それは致し方ないこと。確かな将来が見えるのは、これほど人を臆病にする。まだ両想いになれるのかも分からないけれど、私は中途半端には付き合いたくない。私の気持ちが不安すぎてしまう。ラビの場合、「もしかしたら」の希望よりも「いつか」は確実にくる。ラビには自分のやりたいことを、つまりブックマンをやっていてほしい。私はラビの気持ちを大切にしたい。これは自分が傷つきたくないというエゴかもしれない。我が儘なのかもしれない。分かっていてもラビを好きな気持ちは収まらない。でも都合の良いことなんて起こらない。だから、この任務についた時コムイに感謝した。迷信は信じる方ではないけれど。


「にしても、クジラがイノセンスっていうのは予想外だったなあ」

「そうさねえ」なんて呑気な声を私は無視した。イノセンスは人間の願いなんぞ叶えやしないのだ。ましてや適合者でもない私のねがいなど。なぜか鼻の奥がツンとした。


これがきみの生まれた日に歌われたレクイエムだ

(私にもラビにも都合の良いような出来事が起こりますように)




★企画こめかみに弾丸さまにて。

テーマ:掬われなかったでもきみを愛してる。…愛してた。

妄想広がりました!
ありがとうございます^^

たまる
20110210

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