満ち足りた悲劇のヒロイン | ナノ
舞台裏で、次に使う小道具を準備していると、一際目立つ拍手と歓声があがった。

脇から覗いてみれば、昨日付けで入団してきた彼女によるものだった。彼女はアレンより1つか2つ下で歌い手だ。そして、既に、評価された商品だった。つまり売れっ子だ。だから、今更こんなサーカス団に彼女が来た理由がアレンにはわからなかった。


「すごい良かったよ」舞台から降りてきた彼女にそう言うと、ぎこちない笑顔でマイクを握りしめた。


「すごい人なんてもっといっぱいいるよ」


照れ隠しのつもりだったのかもしれない。だけれどその言葉に何とも言えない苛立ちがこみ上げてきた。舞台に立たせてもらって、それなりに評価もされて。今日だって彼女のファンがもう噂を聞きつけてやって来ている。彼女はまさしくアレンがなりたい存在だった。雑用係りで、まだ舞台に少ししか立たせてもらえないアレンにとって、彼女は羨ましい限りだった。


「素直に喜べばいいのに」


言葉は口をついてでてきた。しまったと思うも遅かった。これから一緒に旅をしていくのに溝は作るべではないことをアレンは知っていたからだ。彼女の顔を伺えば、一瞬驚いた顔をしてまたぎこちない笑顔に戻った。


「調子にのってるって思われたくないの」


はっとした。その言葉の意味はアレンも分かっているつもりだ。自分の芸は糞なくせに、自分より上手い芸人が来ると嫌がらせするやつがいる。ちょっと舞台に出させて貰った時だ。観客の反応がよくて周りの芸人に誉められたりしたけど素直に喜ばなかった。自分から目につくようなことはしないのだ。糞コジモがいるから。彼女は調子に乗るなと同業者から言われているのだろう。しかも大人から。

それでも、胸をはれない彼女の事をアレンは許せなかった。其処まで実力があるのに、まだ大人にびくびくしてなきゃいけないのか?違うだろ。


「その唄をお客に売ってるんだろ。お客の前で、自分が売った商品はダメですなんて失礼だぞ」
「でも、だって、」
「わざわざ、お金を払って、あんたの唄を聴きに来てるお客がいるんだよ」


自身持ってよ。最後はもう訴えではなくお願いに近かった。目標としている存在に近い彼女に、そんな風にいて欲しくはないのだ。


「おい!何やってんだ小僧!さっさと準備しろ!」


舞台上で準備する先輩に、今いきます!と声をあげ、アレンは次に使う小道具をかき集めた。


「胸はって、大人なんかに調子のらせんな!あんたの歌は俺が保証してるんだからな!」


最後は吐き捨てるように言い、走って先輩の元へ向かった。アレンは彼女の顔を見なかった。気恥ずかしかったからだ。後ろから彼女の声が聞こえてきたけど関係なかった。先輩の隣で作業していると「何赤い顔してんだ」と小突かれた。初めて自分の顔が熱いことに気がついた。



あれからすぐに、彼女はサーカス団を去った。理由は分からない。きっと大人の事情ってやつだと思う。子供はいつも大人に振り回される。子供とか大人とか、立場があるからそれは致し方のないことなのかもしれない。それでも彼女は胸を張れるものを持っているのだから。だから自分を見失わないように自信を持っていればいいと思う。



満ち足りた悲劇のヒロイン

(一流のサーカス団員を目指していたころのアレン。)





企画ゆらゆら動いて沈んで手のひらさまにて。

妄想広がりました!
ありがとうございます^^

たまる
20110206

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