前から抱きしめる

ひょうたん池の側で、私と哲は凪が来るのを待っていた。特高のお仕事は大変で忙しいはずなのに、2人とも時間が出来るとこうして私に会いに来てくれる。優しい幼馴染たちだ。


「凪遅いね。充先輩に捕まってるのかな」
「……」
「優?どうかした?」
「……うん」
「悩みがあるなら聞くよ。僕で役に立てるかは分からないけど」


本当に昔から哲の優しさは変わらない。だからいつもその優しさに甘えて悩み事を話してしまう。私は少し悩んでから口を開いた。


「…凪ってさ……私のこと、どう思ってるのかな」
「え?」
「許嫁って決められてる私のこと、どう思ってるのかな」


私と凪はいわゆる許嫁だ。私のお淑やかではない性格はともかく、それなりに良い家柄のせいで冴木家で同い年の凪と許嫁にされた。勝手に決められたことは嫌だったけれど、今はあのとき凪に出会えて良かったと思っている。そのお陰でこうやって哲とも仲良くなって、今でも仲の良い幼馴染になれたのだから。


「…どう思ってるって、もちろん大切に思ってるんじゃないかな」
「……はぁ」
「え、僕なにか変なこと言った…?」


哲らしい答えに思わず溜息が漏れてしまった。違うの、哲は悪くないの。むしろ哲らしい答えでちょっと嬉しかったけど、私が求めていた答えとは違う。


「…じゃあ聞くけど、哲は私のことどう思ってる?」
「そんなのもちろん大切だと思ってるよ」
「でしょ?私も哲は大切だと思ってるよ」
「…あ」
「…はは」


気付いたようで哲は申し訳なさそうに眉を下げる。私が聞きたかったのは、凪は私のことを女性としてどう思ってるかということだ。


「私は男の子として凪のことが好きだけど、凪は全然そんな感じないし…」
「凪もちゃんと優のこと好きだと思うよ」
「うーん…」
「嫌いな人相手なら凪はあんなに友好的にしないよ。こうやって会う約束もしたりしない。あんなに分かりやすい人もいないんじゃないかな」
「…でもそれはやっぱり友愛な気がする」
「僕はそうは思わないけど」


優しく微笑む哲は実弟である凪よりも直也さんに似たと思う。その優しさにどれだけ救われたか。


「哲がそう言うなら信じたいけど、凪って何か…女性に興味がないというか夢を見過ぎてるというか…そもそも私のこと女性として見ていないというか…」


言ってて悲しくなってきた。けれど哲は変わらず微笑んでいる。なんだ、私の不幸が嬉しいのか。私が少しムッとすると、哲はごめんと言って笑った。


「優は本当に凪が好きだね」
「うん。大好き」


どこまでも真っ直ぐで素直で優しい彼が大好きだ。最初は生意気で上から目線で腹の立つ男の子だと思ったけれど、今はそんな所すら愛しく思えるほどに凪が好きだ。男の子として、好きだ。


「おーい、哲ー!優ー!」


改めて凪への気持ちを確かめていると、その想い人の声が聞こえた。哲と一緒にそちらに視線を向ける。


「あ、凪やっと来たね」


そう言って哲は身なりを整えた。凪が来たのにどこかへ行こうとしている。


「凪にその気持ちちゃんと伝えてみなよ」
「え、哲?」
「今日は僕は遠慮しておくから、凪と2人で話合ってみて。いや、話し合うんじゃなくて優が気持ちをちゃんと伝えるだけで良いからさ」
「て、哲、ちょっと待って…」


私の引き止める言葉を笑顔で流し、手を振って凪とは逆に歩いて行ってしまった。優し過ぎて変なとこで気遣い過ぎなんだけど…!


「って、あれ?哲どこ行ったんだ?」


走ってきた凪は哲が行ってしまった方を見つめながら首を傾げる。可愛い。じゃなくて!…ちゃんと、気持ちを伝える…か。そういえば面と向かって好きだなんて言ったことない気がする。もちろん凪に言われたこともあるはずがない。


「哲は急用が出来たって」
「急用?せっかく3人で会えるってのに…」
「まあ良いじゃん。たまには2人で話そうよ」
「あ、改めて優と何話すんだよ…」


え、凪照れてる…?帽子を下げて顔を隠そうとする凪の頬が少し赤くなっている気がする。…女性として意識されてないと思っていたけど…そうでもない…?


「哲とは同じ部屋でいつもいろんなこと話してるのに?」
「別にいつも一緒ってわけじゃない。バディ組んでる充と一緒にいる時間の方が長いときもあるし」
「充さんとは何話してるの?」
「……」


凪のまとう空気が変わった。顔も若干険しくなっている。これは触れちゃいけない話題だったみたいだ。


「まあ充さんとのことはいいんだけど、私はもっと凪とたくさんお話したいな」
「……」
「凪は?」
「……」


凪は何も答えずに少し俯いて私と目を合わせないようにしている。なんか、嫌だな。凪にこっちを向いてほしくて距離を縮めた。今なら好きって言ってもはぐらかされないよね。凪に、私の気持ちをちゃんと知ってほしい。


「凪、好きだよ」


だからさらりと口から出てしまった。その言葉に一瞬きょとんとしていたかと思うと、突然大袈裟なほど大きな声を上げた。


「な…!はぁあああ!?」
「はぁって…そんなに驚くこと?」


驚いた凪は目を見開いて私をその瞳に映した。やっと凪と目が合ったことが嬉しいし、頬を染めている凪が愛しくて和む。うん、やっぱり私は凪が好きだ。


「凪顔真っ赤」
「うるさい!」
「照れてる?」
「照れてない!」


顔を覗き込むように見上げると顔を逸らされる。でも耳まで赤いのがよく見える。これは、脈アリだと思っていいんだよね、哲。


「あんまりこっち見るなよ!」
「恥ずかしい?」
「さっきから何なんだ!今日の優おかしいぞ!」
「おかしくないよ。ただ、凪に気持ちを伝えただけだもん」
「気持ちって…」
「許嫁は親が勝手に決めたことだけど、そんなこと関係なく私は凪のことが好き。凪がそう思ってなくても、私は凪が好きだよ」


身分の違いで簡単に恋も出来ない世の中で、私と凪は同じ土俵にいる。そんな奇跡を無駄にしたくはない。だから、ちゃんと伝えたい。


「…なんで、俺がそう思ってないって決めつけるんだよ」
「え…」


その小さな呟きを聞き返したときには、もう凪の腕の中に閉じ込められていた。突然のことに驚いて声も出ない。


「…俺だって、ちゃんと…優のこと……好きだ」
「な、ぎ…?」


ぎゅっと抱き締められていて凪の顔は見えない。声でしか凪の真意を判断出来ないけど……凪が嘘をつくわけが…つけるわけがない。ということは、これは凪の本心だ。嬉しくて頬が熱くなっていくのが分かる。


「ずっと好きだったに決まってるだろ。…じゃなきゃ、わざわざ時間作ってまで会いになんてこない」
「ふふっ」
「なんだよ…」
「嬉しいなって思って」


凪の背中に手を回し、私からも抱き締めてみる。ドキドキするけど、凪との心の距離も縮まっていくようでやっぱり嬉しい。大好き。


「凪、顔見たい」
「……やだ」
「顔赤いから?」
「あ、赤くない!見てないのに適当言うな!」


見なくても今もっと赤くなったのが分かるなんて言ったら、怒っちゃうかな。うん、きっと怒るね。だからそれは言わないようにしておこう。


「凪、大好き」
「…っ、俺、も」


その答えと共に抱擁が強くなる。嬉しくてどうにかなっちゃいそうだ。やっぱり凪の顔を見ながらその言葉を聞きたいけれど、今は私の顔も赤いだろうからしばらくはこのままでいてもらおう。
抱き締める腕に力を込め、凪の体温に身を任せた。落ち着いたら、2人で哲に報告しに行かないとね。
偶然にも人のいないひょうたん池で、私たちはしばらくお互いの顔を隠すように抱き締めあったのだった。


end
ーーーーー
哲と凪の幼馴染で凪の許嫁。
哲と凪の幼馴染ポジが最高に美味しいと思うけど2人の家族であり親友である素晴らしすぎる関係を邪魔したくないとかいう複雑な気持ちを抱え、自分で凪の解釈違い起こしながら書いた。充が2人を見てたらまたからかうネタになりそうで面白いけど。
特別ストは偉大で尊すぎましたね…好き…


title:きみのとなりで


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