長い道のり 寄り道だって大切だと思う

休日に紡とデパートを歩き、心が浮き足立っているのが分かる。サリーも斗真もいない、2人きりだからだ。けれど、デートってわけじゃない。


「んー、お返しとか全然見当もつかないな。優が付き合ってくれて助かったよ」
「別に良いよ。暇だったし、紡が変なお返し選んでも困るしね」


そう。ことの発端は先日の紡からの電話だ。
「琴子ちゃんへのお返し選ぶの手伝って」と。だから私はそれに答えて紡と2人でバレンタインのお返しを買いに来ている。私は絶賛紡に片想い中だっていうのに何やってるんだろう。
まあ、それでも断れないのが幼馴染みというものだ。紡が貰ったのは完全に義理チョコだったけれど、本人はそれでも嬉しそうだったのは今でも鮮明に思い出せる。毎年私があげてもあんな嬉しそうな顔しないからね。漏れそうな溜息を心の内に留め、辺りを見回した。


「琴子ちゃんへのお返しと、あとはサリーと大門先輩と直羽と美麗さんと小池先輩だっけ?」
「そうそう」


大学に入る前は私しか渡してる人はいなかったのに、随分と人気者になったものだ。その中に本命がなかったことだけが唯一の救いかな。


「やっぱお返しはお菓子がいいかな?」


ホワイトデーコーナーに並ぶたくさんのチョコレートを見ながら悩む紡に首を振った。


「悪くないけど、本命相手に選ぶならこういう場所のじゃなくて、人気の店とか有名なとこ選ばないと。琴子ちゃん相当流行に敏感だし、そういうとこは見るんじゃないかな」
「たしかに」
「それに持ち帰ったら蒼星さんに食べられちゃうかもね」
「それ有り得るな…」


顔をしかめる紡に思わず笑ってしまう。こんな顔してるけど2人とも本当に仲が良いから微笑ましい。…紡の幼馴染みとして隣を譲る気はないけど。まあ、蒼星さんは私が紡に抱く気持ちに気付いてるからそんなことしないか。むしろ気付いていないのは本人だけなんじゃないかな。
想像の中の蒼星さんに哀れんだ表情を向けられた。


「じゃあ…指輪とか?」


たまたまアクセサリーショップが目に入ったらしく、紡は少しキラキラした瞳でこちらを見つめてきた。けどさすがに…


「重い」
「え、そう?」
「重い。ただただ重い。恋人相手ならともかく友人止まりでそれは重すぎ」
「難しいな…」
「今までお返しなんてしたことないもんね」
「いやそんなこと……ない…はず…」
「大学に入るまでバレンタインに私以外から貰ったことなんてあった?」
「……オカンと姉貴から」
「家族はノーカンでしょ」
「ぐ…」


私のお返しはいつも紡のお母さんがお菓子を用意してくれていた。まあそれが無難だからね。お菓子によって意味もあるけどみんなそこまで気にしないだろう。
そこから小学生の話やら昔の話で盛り上がり、他愛ない会話をしながら色々な店を回る。あれはどうだこれはどうだと選んでいるのは琴子ちゃんへのお返しだけど、やっぱりデートみたいで楽しい。真剣に選ぶ紡の横顔に改めて好きだと実感した。そこでふと目に入ったものに「あ」と声を上げる。


「ん?どうした?」
「これとか良いんじゃない?」
「これ?………なに?白い薔薇?」
「バスソルトだよ!お返しに良いんじゃないかな」
「いるか?」
「いるよ!」
「へぇ」
「ちょっと、信じてないでしょ」
「だって俺これ貰っても………いや、優の言うことだもんな!信じるよ!」


腕を組んで少し思案したかと思うと、1人納得した紡はにかっと眩しい笑顔を浮かべた。そんな無邪気な表情に照れてしまい、思わずすっと視線を逸らす。やばい。ドキドキしてる。紡の真剣な表情からの満面の笑みとかギャップが…本当にズルい。なんとか気持ちを落ち着けて誤魔化すようにごほんっと1つ咳払いをした。


「こ、これなら多少の好みはあるけど、あまり自分では買わないし可愛いしオシャレだし…琴子ちゃんにも良いんじゃないかな」
「おー、なるほど。分かんないけど」
「まったく…感謝してよね」
「もちろん感謝してます!」


ビシっと敬礼した紡に呆れつつも微笑むと、紡は「そうだ」っと敬礼を解いた。


「なあ、優もこれ貰ったら嬉しい?」
「そりゃ嬉しいよ!私、白い薔薇って好きなんだよね。それに私じゃなくてもこれは貰えたらみんな喜ぶよ!脈なしでも」
「なんか含みがあるな」
「気のせいでしょ」


ジト目の紡にくすくすと笑った。ごめんね、今のは私の願望だけれどそこまでは言えない。…まあ、実際に脈アリには見えないんだけど、それも本人には言えないね。


「ん、まあいいや。分かった」
「え、なにが?」
「こっちの話」


へへっと何故か楽しそうに笑った紡は店内を歩き回って琴子ちゃんへのお返しを選び始める。…お返しはこれで決まりかぁ。紡が真剣に選んでいる姿を遠くから見つめ、琴子ちゃんを羨ましく思った。紡の好意に琴子ちゃんは気付いてる。けど、あんなに想われてるなんて思ってないんだろうなあ。きっと私が紡を想うのと同じくらい、紡は琴子ちゃんのことを想ってる。…報われないね。


「ごめん、おまたせ」


買い物を終えた紡が戻ってきた。2人だけの楽しい時間はもうすぐ終わりだ。少しでも時間を延ばしたくて言葉を探す。


「ちゃんと良いの選んだ?」
「へへ、もちろん」
「みんなの分はどうする?」
「え?あー…それはもう大丈夫」
「?」
「それより今日は付き合ってくれて本当にありがとな!帰り和川荘寄ってくだろ?ケーキでも買って帰ろう」


言いながらケーキ屋を探し始める紡に思わず頬が緩んだ。寄っていくのは決定事項なんだね。まだ一緒に過ごせる時間に心が弾む。単純だ。


「蒼星さんと大家さんの分も買っていかないとね。あ、ショートケーキ食べたいなぁ」
「イチゴ取られないように気をつけろよ」
「狙われるのは紡のだけでしょ」


それからお土産を買って和川荘に行って遅くまで遊んで、そんな有意義な時間を過ごした日から数日後のホワイトデー当日。お昼休みに集まる約束をして一番乗りだった私が何故か緊張している。だってもしお返ししたときに紡が琴子ちゃんに告白したらどうしようだとか嫌な想像ばかりしてしまうから。応援しているつもりなのに、頭ではそう思っていても心まではそうはいかない。紡を好きって気持ちがなくなるわけじゃないからね。はぁっと深く溜息をつくと、紡が私の名前を呼び、手を振りながら近付いてきた。その顔は明るい。それだけで察したけど一応問いかける。


「渡せた?」
「おう!優のお陰だよ、ありがとな」
「どーいたしまして」


やはり上手くいったようだ。紡の表情で分かってはいたけど、ここまで嬉しそうだなんて…これで2人の距離が縮まっちゃったかな。やっぱり複雑な気持ちだ。でもまあ、紡が嬉しそうだし良いかな。そんなことを思いながら、嬉しそうに話す紡を見て微笑んだ。


「あと、これは優に」
「え?」


突然差し出されたものをぽかんと見つめてしまう。可愛く包装された一輪の白い薔薇はとても素敵で好みだけれど、状況が分からない。


「え、な、なに…?」
「なにって…バレンタインのお返しだよ」


紡が琴子ちゃんにお返しをして私の中でホワイトデーは終わっていたせいか、自分の分のお返しに妙に驚いてしまう。そうか、みんなの中に私も入ってるんだよね。びっくりした…。状況を理解出来て苦笑する。


「それにしても、何で白い薔薇?」
「花束もお返しには良いって聞いてさ」
「花…束?」
「花束が予想以上にお高くて手が出せませんでした」
「指輪送ろうとしてた人が何言ってるの」
「金額は盲点だったな」
「本当にバカなんだから」


呆れたように笑いながら差し出された花を受け取った。琴子ちゃん以外にはみんな同じお返しらしいけど、それでも私は凄く嬉しい。人生で花束を貰ったのなんて初めてだ。まあ、花束じゃないけど嬉しいことに変わりはない。だって初めて紡が選んでくれたお返しだからね。


「…ありがと」
「うん。こちらこそいつもありがとな」


なんか、気恥ずかしいや。紡とこんな雰囲気になるなんて。会話が途切れてどうしようかと思っていると、斗真とサリーがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。遠くからでも目立つから間違えようがない。


「斗真とサリー来たよ」


空気を変えるようにそう言ってサリーたちに手を振った。控えめに手を振り返してくれたサリーは近くにくるとすぐに紡に向き直った。


「紡さん、先程は素敵なバスソルトありがとうございます」
「え…?」
「ちょ、サリー!」


第一声にそれだ。私がぽかんとサリーを見つめると、紡が慌てた様子で遮りに行った。けれどもう遅い。全部聞こえてしまったから。


「あら?何か余計なことを口にしてしまいましたか?」
「余計なことっていうか…」


サリーから紡に視線を移す。私は蒼星さんみたいに頭が切れるわけじゃないからこれは考えても分からない。だから聞くしかない。


「バスソルトって、琴子ちゃんへのお返しじゃなかったの…?」


直球でそう問いかければ、紡は照れたようにそっぽを向いた。その顔はうっすらと赤く見えるのは気のせいだろうか。少しの期待を胸に紡からの言葉を待っていると、紡は頬をかきながらようやく口を開いた。


「……バスソルトは、優以外のお返しで、それは……優にだけのお返しだよ」
「なん、で…」


ドキドキと鼓動がうるさくなる。勘違いの可能性だってまだあるのに、期待せずにいられない。白い薔薇を持つ手にぎゅっと力が入る。


「優にはいつも世話になってるし、1番付き合いも長いし」
「そう、だけど…」
「俺さ、考えたんだよ」


周りの音など聞こえずに紡の声だけが聞こえる。


「琴子ちゃんのことは好きだし付き合いたいとか思ってる。…いや、思ってた。けど、もし琴子ちゃんと付き合うことになったらそっちばかり優先して、もう優とあんな風に出掛けたり出来ないのかなって」


それは、嫌だと思ったんだ。そう続いた言葉に頬が熱くなるのを感じた。どくどくと鼓動する音が紡に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、鼓動は早鐘を打っている。


「自分の気持ちを改めて確かめるために、優にお返し選びに付き合ってくれって頼んだんだ。それでやっと分かったよ」
「何が…?」
「優と他愛ないこと話してるだけで凄く楽しいし、2人でいる時間を大切にしたいと思った。実際にお返し選んでるときだって、琴子ちゃんのためと思うより優のためにって思った方が心が弾んでるのに気付いたんだ」


真っ直ぐに見つめてくる紡の瞳は真剣だ。真っ直ぐに、私だけを映している。


「だから優へのお返しは特別。白い薔薇好きって聞いて、優にはこれにしようって思った」
「……それって、つまり…」
「……俺、たぶん優のこと好きだよ」
「そこでたぶんとか言う?」
「言わないな。うん、優のこと好きだ」


告げられた言葉に涙が溢れてしまい、口元を両手で覆った。


「……私はずっと前から好きだよバーカ」
「え!?」


答えた私に紡は驚いている。驚いたのはこっちなのに。
涙は止まらないし紡はバカだし嬉しいのにそれを表現する方法が分からなくて、なんかもう訳が分からなくなってきた。


「この鈍感!遅いよもう…!薔薇なら108本送るくらいのことしてよね…!」
「え、なに?何で108本?ていうか何で泣いてるんだよ!?」


ボロボロ泣いている私に紡はオロオロと慌てている。無理もないよね。紡の前でこんな泣いたことなんて小学生までだろうし。涙で歪む視界には慌てる紡と、暖かく見守ってくれてるサリーと斗真が見える。ああ、私はいま幸せだ。何故だか唐突に幸せを感じて胸が満たされた。
笑いながら泣く私にサリーは頭を撫でてくれて、斗真は背中をさすってくれて、紡は両肩を掴んで顔を覗き込んでくる。2人は察してくれてるけど、紡はどうしていいか分からないみたいだ。普段の察しは良いくせにね。
しばらくは困らせてやる。散々待たせたんだからそのくらい良いよね。

…だから、涙が止まったら改めて返事をしよう。
紡のことが、大好きだって。

end
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幼馴染と2人きりなら訛るかな〜って思ったけどずっとそれで会話は無理だと思ったので…
一途な紡くんが好きな方はすみません…!
もっと格好良く書きたい…!けど中身がもう格好良すぎて表現できない…!

余談ですが紡くんは薔薇の本数の意味知らずに渡してます。
1本は「一目惚れ」「あなただけ」です。一目惚れも有りっちゃ有りだな。
ちなみに108本は有名だからみなさん知ってるかもですが「結婚して下さい」だそうです。

title:きみのとなりで


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