人はそれを愛と呼んだ

特殊高等警察。通称特高は私たち一般市民からすると、関わり合いを持ちたくない怖い存在だった。実際あまり接点はないけれど、周りがそういう反応をするから私もそうなのだと思い込んでいた。彼と出会うまでは。


「よ、優。偶然だな」
「1週間も続けて偶然お会いするなんて驚きですね」
「まあ俺が優に会いに来てるからな」
「お仕事して下さい」


遠くからでも頭1つ分抜け出ている彼はすぐに目につく。彼は対して目立つはずのない私を見つけて嬉しそうに手を挙げてこちらへやってきた。本当にこの人はいつお仕事をしているのか分からない人だ。


「今日はちゃんと優に用があって来たんだよ」


いつもはないのに来ていたんですね、っと出かかった言葉を飲み込み、言葉の続きを待つ。特高様が私みたいな一般人に用とは一体なんだろうか。反政府のことなど何も知らないけれど。


「実は今日、俺の誕生日なんだ」
「そうですか。おめでとうございます」
「え、それだけ?」
「今初めて聞いたのでお誕生日のプレゼントは用意していませんよ」


知らなかった。どうして当日に突然そういうことを言うのだろう。もっと前に知っていたらちゃんと彼が好きな物を調べてプレゼントを用意したのに。冷静に装うものの、彼に誕生日プレゼントを渡せないことが悔しくて冷たい態度をとってしまう。もともと愛想もないからそこまで変わりはないだろうけど私の気持ちの問題だ。
今から何かプレゼントになるものは用意出来ないかと思案していると、彼はにこりと笑みを浮かべた。


「そこは気を利かせて、プレゼントはわ・た・しってやってくれていいんだぞ?」
「特高様お疲れですね」
「そろそろ名前で呼んでくれない?」
「だいぶお疲れのようですし早く帰ってお休み下さい」
「優に癒されたいな」
「生憎そういうお店ではありません。他を当たって下さい」
「他に行っていいのか?」
「…どうぞお好きに」
「つれないなー」


にやりと口角を上げた彼の言葉は、どこから本気でどこから冗談なのかまるで分からない。きっと飄々とした態度のせいだろう。そしてその言葉1つ1つに内心動揺している自分に嫌気が差す。彼が女性好きでカフェーに通っていることぐらいは知っているのだから、一々本気にしてはダメなのに。こういうときばかりはあまり表情が変わらない自分の顔に感謝する。


「じゃあデートしよう」
「…なんでそうなるんですか」
「俺が自分の誕生日を優と過ごしたいから」


…いきなり真面目にならないでほしい。視線を合わせていられずに思わず逸らしてしまった。けれどそれが不自然にならないように私は歩き出す。彼もそれについて来たので怪しまれてはいないだろう。


「誘う相手ならいくらでもいるでしょう」
「なに言ってんだよ。優以外に誘う相手なんかいるわけないだろ」
「そうですか」
「信じてないな」
「ええ、まあ」


信じろという方が難しい。だって彼はとても素敵な人で女性から人気があるのだから。声をかければ二つ返事で了承する子は大勢いるだろう。私みたいな捻くれ者と違って。


「信じてもらえないのは悲しいなぁ」
「……」


少し、胸が痛む。彼が切なげに笑っていたから。そういう表情をしないでほしい。勘違いしてしまいそうになる。


「デートしてくれないのか?」
「……ですから、他を当たって下さい」


嘘。彼の言う通り、他になんて行ってほしくないのに。


「誕生日くらいワガママ聞いてくれたっていいだろ?」
「お誕生日を迎えて1つ大人になったんですからワガママ言わないで下さい」


素直じゃない言葉はスラスラ出てしまう。自己嫌悪に陥るほどどんどん歩みが早くなった。けれどいくら早く歩いたといっても彼とは歩幅が違うのだ。簡単に追いつかれてしまう。そのまま腕を引かれ、真っ直ぐに瞳を覗き込まれた。全てを見透かされてしまいそうで抵抗しようとしても、がっしりと掴まれた手は簡単には離れない。


「……冴木さんや凪くんたちがお祝いしてくれるのではないですか?」
「それは後でいい。今は優と一緒にいたい」


真剣な眼差しにどんどん鼓動が早くなっていく。表情には出なくても心は正直だ。触れられた腕が熱い。見つめられすぎて顔も火照っている。


「もう少し、一緒にいてくれない?」
「……カフェーくらいなら…付き合ってあげてもいいですよ」
「それってデート?」
「…どうぞお好きに取って下さい」
「それじゃデートだな」


途端に嬉しそうに笑った彼に心が温かくなった。なんで、そこまで…本当に、彼は…。


「誕生日に優との時間過ごせるなんて最高のプレゼントだな」
「冗談ばっかり」
「冗談なわけないだろ。これ以上ない誕生日プレゼントだよ」
「……」


本気にしてしまいそうになる。……本気にしてしまっても、いいだろうか。少しくらい夢見ても……。ちらりと見上げると、こちらを向いていた彼とばっちり視線が交わった。恥ずかしくなって咄嗟に逸らしてしまう。


「まあ、来年はもっと良いプレゼントを貰うつもりだけどな」
「……色々言いたいことはありますが、一応聞いておきます。何か欲しいものでも?」
「ああ。どうしても欲しいものがある」


彼がそこまでして欲しいものを私は買えるだろうか…今からもう来年のことへ想いを馳せてしまって、彼のことで頭がいっぱいになっていることに気付く。これも彼の作戦だろうか。


「そういうわけで、来年は優自身をもらうからそのつもりでいろよ」
「勝手なこと言わないで下さい」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと同意は得るつもりだから」
「それは大変ですね」
「そうでもないさ」


何を言い出すかと思えば……本当に掴めない人だ。余裕な笑みは相変わらずで、これからも彼に振り回される日々は終わらなさそうだと思わず笑みを浮かべた。気付かないようにしていたけど、私はこの関係を楽しんでいるのかもしれない。きっと彼のことを慕っているから。


「特高様」
「だからそろそろ名前を…」
「お誕生日おめでとうございます、充さん」
「!」


驚いたように目を見開く姿は珍しい。そしてそんな姿に少しばかり優越感を覚える。彼に別の顔をさせてやったぞ、と。小さく微笑んで見つめると彼はやれやれと溜息をついた。


「やってくれるな」
「なんのことです?」
「いや別に。そっちがその気なら俺も容赦しないってだけだよ」
「ふふ、望むところです」
「言ったな」
「ええ」
「覚悟しとけよ、優」


不敵に笑った彼に、きっと来年の誕生日プレゼントは私ではないだろうと微笑んだ。だってそれまでに私は、彼のものになってしまうだろうから。
けれど、それも悪くはないかもしれない。


end
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充先輩お誕生日おめでとうございます!大好きです!!
クールなタイプの子を落とそうとしてる充。
充先輩って言っちゃうからか、充先輩相手は年下が好きだけどこうやって同い年くらいのもやっぱりいいな。つまり充先輩相手ならどんな夢主も美味しい。

title:てぃんがぁら


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