額をくっつける

※直也双子

「けほっけほっ」


朝起きて支度をしていると、喉に痛みを感じて咳が出る。少し身体も怠いし風邪かもしれない。そんな僕に気付いた凪が心配そうにこちらを向いた。


「哲、風邪か?」
「けほっ、…そう、みたい」
「今日の見回り大丈夫か?もし無理そうなら俺から兄貴に伝えておくぞ」
「大丈夫だよ、少し咳が出ただけだから」
「なら良いけど、無理するなよ」
「うん、ありがとう凪」


咳1つでとても心配してくれる幼馴染に微笑んで支度を再開する。


「そういえばさ」
「なに?」


凪も手を動かしながら何かを思い出したように口を開く。


「昔、哲が風邪引いたとき、なんかいつもどこか嬉しそうだったよな」
「え?」
「いや風邪引いて辛そうだったけど、なんか楽しみにしてるみたいにソワソワしてたっていうか…」


言われてすぐに思い当たることがあり、口元が緩みそうになった。凪の言う通り、確かに僕は風邪を引くことを楽しみにしていたことがある。そんなソワソワしていたときの小さい頃を思い出した。


◇◆◇


冴木家に来て初めて風邪を引いてしまったとき、迷惑をかけてはいけないと誰にも言うことが出来なかった。頭が痛くて熱でくらくらして辛かったけれど、空元気で一日を乗り切り、部屋に戻ってベッドへ潜る。ガンガン痛む頭に泣きそうになりながら寒気を感じて小さく丸くなり、早く治ってくれと祈るばかりだった。そんなとき。


「哲?入るよ?」


コンコンっとノックが響いたあと、僕の返事を待たずに入ってきたのは優姉さんだ。直兄さんの双子で、僕と凪の姉。優姉さんは部屋に入ってくると真っ直ぐに僕のベッドへと歩み寄ってきた。


「哲」
「……」


涙目になっている姿なんて見せられない。どうしたのかと余計な心配をかけてしまう。だから優姉さんには申し訳ないけれど僕はもう寝ている振りをした。


「寝ているなら良いけど…」
「……」
「なんて言う訳ないでしょう!」
「!」


ばさっと布団を剥がされた。寒さに身体が震えると、再びぱさりと布団をかけられる。顔を見るためだけに剥がされただけみたいだ。


「哲、狸寝入りは感心しないわよ」
「……ごめん、なさい」


ガラガラになった声は寝ていたからだと誤魔化せるだろうか。熱でぼやっとする頭で必死に言い訳を探していると、優姉さんの溜息が聞こえた。


「まったく」


呆れたようにそう呟いた優姉さんは優しく僕の頭を撫でてくれた。何をしても治らなかった痛みが少しだけ和らいだ気がする。僕はゆっくりと起き上がって優姉さんを見つめた。


「今日一日様子がおかしいと思っていたけど…」


優姉さんの冷たい手が頬に触れ、その気持ち良さに目を閉じそうになったとき、こつんっと優姉さんは僕の額に額をくっつけた。ただでさえまともに動いていなかった思考が止まった気がした。
優姉さんが、ち、近い…。


「やっぱり熱があったのね」
「あ、えっと…」
「無理したらダメよ。体調が悪いならちゃんと言いなさい」
「……」
「返事は?」
「は、い」
「よろしい」


額が離れ、優姉さんの表情がよく見えるようになる。満足そうに微笑んでいた。


「熱があるけど他は?頭痛とかある?寒気は?」
「……あり、ます」
「それなのに我慢して……抱え込むのは直也1人で充分よ」


それも大変なんだからと文句を言いながら優姉さんは僕をベッドへ寝かせる。ぱたぱたと慣れたようにタオルや水を用意している姿をぼーっと眺めた。


「本当はお医者様を呼ぶのが1番良いんだけど、哲は嫌なんでしょう?」
「…僕がそこまで迷惑かけるわけには…」
「またそういうことを…みんな迷惑なんて思わないわよ」
「……」
「…分かった。迷惑だと思ってるならそれで良いから、その迷惑は私にかけて」
「え…?」


ひんやりと冷たく濡れたタオルを額に乗せられる。先ほどまでの辛さが嘘のように楽だ。頭の痛みも寒気もすでに弱まっている。何より気持ちが楽だった。


「弟はお姉ちゃんに迷惑かけるものよ。凪が直也に迷惑かけるんだから、哲は私にどんどん迷惑かけなさい」
「で、でも…」
「でもじゃないの」


強い口調なのに声音はどこまでも優しい。隙間をなくすように僕の布団を首元まで引き上げてくれながら優姉さんは目を細めている。


「お姉ちゃんにお世話させてよ」
「………うん」


お姉ちゃんという言葉が嬉しかった。僕は、ちゃんと優姉さんの弟なのだと言ってくれているようで。僕の返事を聞いて、何故か僕以上に喜ぶ優姉さんは、僕が眠るまでずっと側にいてくれた。


◇◆◇


それから風邪を引くたびに医者ではなく優姉さんが看病をしてくれて、そのときが僕が唯一甘えられる時間だった。だから僕は風邪を引くことを楽しみにしていたのかもしれない。そんなことを考えながら、最後に日本刀を腰にさして準備は完了だ。


「よし、じゃ行くか」
「うん」
「本当に無理するなよ?」
「分かってるよ」


心配しすぎな凪に苦笑して、僕たちはそれぞれの任務に向かった。
僕は直也先輩と市街地の見回り。やっぱり少し怠いけれど特に何も起こらなければ悪化することもないだろうし大丈夫だろう。


「そういえば、今日は優がこの近くに来るって言っていたよ」
「え、優姉さんが?」


直也先輩が思い出したように口にした名前に無意識に声が弾んでしまう。会えるならば優姉さんに会いたいけれど今は任務中だ。直也先輩はどうしてそんなことを言ったのだろう。


「任務中に会いに行くことは出来ないけれど、偶然会ってしまったなら仕方ないからね」
「…?」
「いた!哲!直也!」


意味有りげな言葉に首を傾げると、耳に懐かしい声が聞こえてきた。僕たちはそちらに視線を向ける。


「え、優姉さん…?」


こちらに駆けてくるのは間違いなく優姉さんだった。何故、と直也先輩に視線を移すとただにこにこと笑っているだけだった。…本当に直也先輩は優しい人だ。ありがとう、直兄さん。
駆けてきた優姉さんは笑顔だったけど、近付いてくると途端に顔が険しくなった。思わず後退ってしまいそうになるのを何とか耐える。


「哲!」


そして強く呼ばれたのは僕の名前。久しぶりに会ったのにもう何かしちゃったのか…?ぐるぐると鈍い頭で考えていると、側まできた優姉さんの手が僕の頬に触れた。そのまま顔を固定される。何をと口を開く前に、こつんっと、額に額をくっつけられた。こんな街中で。僅かに体温が上がった気がする。


「もう!また熱あるのに無理して仕事して!ダメでしょう!」
「でも休むわけには…」
「でもじゃないの!」
「は、はい…」


前もこんなに会話をしたことがあるな…。昔から優姉さんの優しさは変わらない。昔のようにずっと一緒にいたときならともかく、僕が体調が悪いことにこんなに早く気付いてくれるなんて思っていなかった。やっぱり優姉さんは優姉さんだ。離れていく優姉さんに懐かしさを感じながらぼけっと見つめてしまう。


「直也がいながら哲に無理させないでよ」
「本調子でないことは分かってたけど、無理なら哲がちゃんと言うと思ったんだよ」
「本調子じゃないと思ったならそのときに止めて。哲は直也と一緒ですぐに無理するんだから」
「俺は別に無理なんてしてないけど?」
「無理を無理と気付いてない人に同意は求めてません」
「手厳しいな」


怒る優姉さんに、困ったように笑う直兄さん。性格はあまり似ていないけど、こうやって並ぶとやっぱり似ているかもしれない。こんな光景も懐かしい。優姉さんに会ったことを凪に伝えたらきっと羨ましがるだろう。凪は直兄さんと同じくらい優姉さんのことも大好きだから。もちろん、それは僕も同じだけど。


「哲、早めに仕事切り上げて休みなさいね」
「うん、ありがとう優姉さん」
「看病してあげられないのがもどかしい…」
「もう子供じゃないんだから大丈夫だよ」
「子供よ」


そう言って優姉さんは僕の頭を撫でた。瞬いて優姉さんを見つめる。


「哲がどれだけ大きくなっても、私の大切な弟だってことに変わりはないの」
「……」
「ね、直也」
「うん、そうだね」


優しく微笑む2人の兄と姉に、僕ははにかんだ。
あまり優姉さんと一緒にはいられなかったけど、優姉さんのお陰でとても元気になった気がする。優姉さんは凄いな。
悪化しないように優姉さんの言う通り帰ったらゆっくり休もう。優姉さんが看病してくれたことを思い出しながら水とタオルを用意して。

けれど、帰って優姉さんに会ったことを凪に伝えて寝かせてもらえなくなり、結局僕は風邪を悪化させるのだった。


end
ーーーーー
直也の双子で凪と哲の姉。
弟大好きで哲に偏り気味だけど凪と哲2人を甘やかすブラコン。直也も口にはしないけど好き。
直也と対等に話してほしかったからちょっとでも会話書けて楽しかった!

title:きみのとなりで


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