粉砕コンビ

「そう、玉狛に入ったのね」
「ああ」


重苦しい会議が終わった数日後、門から現れる近界民を次々に倒していく。斬るでもなく、撃ち抜くでもなく、叩くという手段で。ボロボロになって砕け落ちていく近界民を見て、たまたま警戒区域付近を通りかかった諏訪は呆れたようにその光景を見つめた。


「無表情でひたすらに殴り倒して行くって…おっかなすぎんだろ…」


1人は拳で、1人は棒で。おおよそレイガスト使いとは思えない倒し方で近界民の残骸を作っていきながら2人は会話を続けた。


「悠一の提案でしょうけど、確かにそれが1番良い選択かもしれないわね。玉狛第一が面倒を見るんでしょう?」
「そうだが、俺はあいつらを指導するだけだ。それ以上の情報はやれないぞ」
「ええ、充分よ」


四季が何かを探っていると感じたのか、木崎は先にそう釘を刺す。しかし四季は予想通りとばかりに表情を変えることはなかった。


(さすがに玉狛第一を全員相手にするのは厳しいわね)


スラスターを発動してレイガストを振り、勢いよく近界民の核に叩き込む。バキっとめり込み、一撃で破壊した。そのままロッド型のレイガストをくるくると回して再び別の近界民へと攻撃入れる。


「まさかあいつらと知り合いだったとはな」
「悠一が何か企んでるみたいで引き合わせられたのよ」
「なるほどな。1人レイガスト使いがいるからその指導を任せるつもりか?」
「それはないでしょう。私がそんなこと引き受けないのは分かりきってるでしょうし、何より型が違うもの」


拳を握り締めた木崎もスラスターを発動し、重い拳撃を近界民の核へ叩き込む。2人とも通常のレイガストの使用方法が出来ないわけではないが、習うならば基本的な使い方は別の隊員に習った方がいいだろう。そう自覚しているからこそ、木崎の出した案は候補から除外される。


「本当に、あの子は何を考えているのかしら」
「あいつが何を考えているのか分からないなんて、今に始まったことじゃないだろう」
「そうね」


ようやく落ち着いてきた近界民の出現に2人は辺りを見渡した。


「何にせよ、正式入隊日まではまだ本部には寄りつかないつもりだ。気になるならおまえが玉狛に来るんだな」
「……そうもいかないのよ」


呟かれた四季の言葉。何かを抱えていそうな一言に気付きつつも、木崎はそれに反応せずに拳を握り締めた。


(正式入隊日、か。その日までは正式なボーダー隊員じゃないなら、隊員同士の模擬戦を除く戦闘…私闘にはならない。そうなると、隊務規定違反は当てはまらないわね)


ふむっと口元に当てていた手をレイガストに戻し、強く握り締める。そして木崎と四季は振り向きざまに背後に迫っていた近界民に一撃を叩き込んだ。同時に攻撃された近界民は派手に吹っ飛び、核は粉々に砕けている。2人はそれが最後とでも言いたげに各々武器をしまった。


「おーい、そこの粉砕コンビ」


少し離れた所から聞こえた声に2人は視線を向ける。そこには呆れた顔をする諏訪の姿があった。1度顔を見合わせたあと、2人は諏訪の元へと降りる。


「諏訪、どうかしたか」
「どうかしたかじゃねぇよ。おめーら揃って怖すぎだわ。なんだよあの残骸…あんなん初めて見たぞ」
「ただの近界民でしょう。何言ってるの?」
「木っ端微塵で怖ぇっつってんだよ!ゴリラかよこの粉砕コンビ」
「ちょっと、さっきから粉砕コンビって…私をレイジと一緒にしないで」
「同じゴリラだろうが」
「は?」


びくりと動いた眉に諏訪はにやにやと笑う。


「おーおー、やべー殴り殺されるわ」
「それがお好み?なら歯食いしばりなさい」
「冗談だっつの!相良おまえ目がマジだぞ!?」


冷たい瞳でレイガストを構えた四季に、諏訪は慌てて距離を取った。からかったのは自分だけれど、本気でやられそうな雰囲気にさすがに怯む。もちろん本気などではない四季は溜息をつき、武器をしまった。トリオン体ならばともかく、いくら気心の知れた仲と言えど生身の人間に攻撃するはずがない。それなのに本気で焦る諏訪の反応はとても複雑だった。


「つーか、おめーら2人で防衛任務なんて珍しいな」
「私が合わせたのよ。ちょっと身体を動かしたかったからね」


じっとしていても考えることはループしてしまい、気分転換のように防衛任務をこなしていたのだ。無駄なことを考えてしまわないように。


「ちょっと身体を動かしたくて防衛任務だ?対戦ブース行きゃおまえと戦いたがってる奴なんてごまんといるだろ」
「だからあそこには行きたくないのよ」
「いや意味分かんねーわ」
「戦闘狂とは違うの。それに、レイジと話したいこともあったから」
「ふーん、まあいいけどよ。たまには後輩の相手もしてやれよ」
「そういえば、小南もおまえと模擬戦したいとぼやいていたな」
「……気が向いたらね」


これは絶対に相手をしにいかないだろう。表面上の言葉だけだということはすぐに分かった。


「もう防衛任務終わりだろ?飲みに行くか?」
「俺はこのあと用があるから遠慮しておく」


また新人の指導に戻るのだろう。様子は気になるけれど、今玉狛に行けば確実に会いたくない人物に会うことは目に見えている。四季は小さく息をつき、換装を解いた。


「私が付き合うわよ」
「お、珍しいな」
「そうでもないでしょう」
「換装解いて寝巻きじゃねぇってのは珍しいだろ」
「……まあ、否定はしないけど」


基本的に丸一日をほぼトリオン体で過ごすため、大学へ行くなどの用がなければ起きてからずっとトリオン体であることは多い。今日のようにちゃんと身支度を整えてからトリオン体になっているのは諏訪の言う通り珍しい方だ。自覚があるために耳に痛い言葉だった。


「そんじゃ行くぞ」
「ええ。それじゃまたね、レイジ」
「ああ」


ひらひらと片手を振り、先に歩き出した諏訪を追いかけるように足を進める。


「四季」


その背中へ木崎から声がかかり、四季は振り返る。木崎はじっと四季を見つめていた。


「どうかしたの?」
「……いや。…あまり抱え込むなよ」
「…ええ、分かってるわ。ありがと」


不器用なりの言葉に、四季はふっと表情を和らげた。何を抱え込んでいるのか分からなくても、何かを抱え込んでいるのは分かってしまったらしい。
それなりに長い付き合いのせいか、あまり驚くこともなく笑みを浮かべた。けれど、話すことは出来ない。玉狛に入った新人を、殺すことになるかもしれないなんて。
四季は再び木崎に背を向け、歩き出しながら視線を落とした。


(……遠征部隊が帰ってきたら、私は…)


城戸に呼び出され下された命令。
遠征部隊と共に黒トリガーを捕獲しろ、と。迅が断った時点でこうなることは分かっていたはずなのに、いざその命令が下ると余計なことばかりを考えてしまう。
未だ有吾のことも整理出来ていないのに。


(……結局、辛い選択から逃げてばっかりね)
「おーい相良、何やってんだ?置いてくぞ」
「…今行くわ」


思考を消すように頭を振り、四季は諏訪の後を追いかけた。避けられない選択が迫っていることを心の隅に留めて。


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