悲劇はいつも突然に

「く、が…?」


空閑。空閑遊真。その名前から連想される人物は1人しかいない。少なくとも、四季は1人しか知らない。そんな四季から漏れてしまった小さな声は、周りの驚愕の声にかき消された。
四季同様に林藤や忍田、城戸も驚いている。

四季が驚くのも仕方がない。
空閑有吾は、四季が幼い頃に出会い、命を救ってくれた人物なのだから。


(有吾、さん…)


周りが空閑有吾について話す中で、四季は自分の記憶へと想いを馳せる。
まだ近界民が公にされておらず、ボーダーが設立される前。四季は突然現れた近界民に襲われていた所を有吾に救ってもらった。それから近界や近界民について話を聞いたのだ。近界民は悪いやつばかりではない、良いやつもいる、と。その記憶は今でも大切な思い出として四季の中に残っている。何度も夢で見るほどに。
また有吾に会えるかもしれない。その想いにドキドキと胸が高鳴った。こんな気持ちになるのは久しぶりで、どう落ち着けて良いのか分からなくなる。
記憶の中も夢の中も、有吾の顔だけはモヤがかかったように思い出せなかったけれど、再び会えればそんなことはどうでもいい。また会える。また会いたい。
そんなはやる心を鎮めたのは、修の更なる一言だ。

遊真の父親は、"亡くなった"と。


(有吾さんが……有吾さん、が…?)


思い出の中へと逃げた四季だが、嫌でも認めたくない現実と向き合うことになる。


(…有吾さんが、死んだ…有吾さんが…)


衝撃的な事実に頭が真っ白になり、周りの会話は聞こえなかった。会話どころか音すら聞こえない。ただただ、有吾が死んだという事実が頭の中で何度も繰り返される。
会えると思った喜びから一気に地の底へと叩き落とされた。絶対に会えないと告げられたようなものなのだ。


「四季さん」


呆然とする四季の名を呼びながら肩を叩いたのは迅だ。四季ははっとして現実へと引き戻される。漂う空気の重さが、夢などではないと、先程のやり取りは全て事実なのだと告げていた。
そんな四季に迅は視線だけで一緒に来るようにと促した。それを断る理由もなく、四季は黙って後に続いて会議室を出る。

重苦しい空気に解放され、大きく息を吐き出し額に手を当てた。予期せぬ出来事に動揺している。心臓が嫌に鼓動して気分が悪い。


「あの、だ、大丈夫ですか…?」


恐る恐る声をかけてきた修に、視線を向けることなく頷いた。


「……ええ。大丈夫よ」
「顔真っ青なのに何言ってるの」
「…ちょっと混乱してるだけ。問題ないわ」


遊真の名字が空閑と知ったとき、遊真の父親が死んだと聞いたとき、四季は珍しく取り乱していた。それは周りに掻き消されるほどの小さなものだったけれど、迅はもちろんそれを見逃していない。元々見えていたことだから。傷付けることになると分かっていたけれど、どうせ知ることになるのなら早い方が良いと判断し、迅はあの場に四季を同行させたのだ。


「今から遊真の所に行くけど、四季さんはどうする?」
「……悪いけど、私は帰るわ」


会って有吾について話を聞きたい。今までどうしていたのか、どんな父親だったのか、どうして死んでしまったのか。聞きたいことは山ほどあるのに上手く思考がまとまらない。それに、今は会いたくなかった。有吾を思い出してしまうであろう遊真に。どんな顔をして会っていいのかも分からなくなっている。


「そっか。送って行こうか?」
「大丈夫よ。それより貴方にはやるべきことがあるでしょう」


城戸の命令は林藤によって上手いこと玉狛有利に進んだが、黒トリガーを捕獲という問題自体が消えたわけではない。それに、迅が城戸の命令に素直に従わないのなら、その命令は同じ黒トリガー所持者に来ることは嫌でも分かっている。それを含めて、やるべきことを促す。


「まぁね。けどおれの方はなんとかするよ」
「…そう」


相変わらず何を考えているか分からないけれど、その言葉には妙に説得力があった。四季は踵を返し、迅たちに背を向けながら片手を上げる。


「またね」
「うん。気を付けて」


ひらひらと手を振る迅と、会釈する修。
そういえば修とちゃんと自己紹介をしていなかったと思い出すが今更だ。それに今はそれどころではなかった。廊下の角を曲がり、迅たちが見えなくなった所で耐えきれずに壁に寄りかかる。片手を額に当て、崩れるようにそのまましゃがみこんだ。


「有吾さんが…死んだ…有吾さんが…、有吾さんが…っ」


気分が悪い。吐き出しそうになるほど、胸に気持ちの悪い何かが渦巻いている。


「もしかして…あの黒トリガーは…」


有吾ほどの実力者ならば黒トリガーになっていてもおかしくはない。四季にとっては、ならない方がおかしいとさえ思うほどだ。そしてもし、本当に有吾が黒トリガーになっているのなら。


「遊真の黒トリガーは……有吾さん…」


小さく呟いた言葉は、自分の中ですとんっと落ちた。根拠はないけど確信できる。


「あれが…今の有吾さん…」


四季は自身の黒トリガーに触れた。そして一瞬だけ顔を歪める。


「……どうして大切な人はみんな…っ」


嫌な記憶が蘇り、四季は爪が食い込むほどに拳を握り締めた。けれどトリオン体では痛みはない。なのに心臓だけは嫌に鼓動しているのを感じた。そこに本当の心臓はないのに。


「有吾さん…私は、どうすれば良いんですか…」


小さい頃も、困ったときの四季の問いかけにいつも答えは返ってこなかった。そして今も、当然答えが返ってくるはずがない。まるで自分で考えろとでも言うように。
誰も通らない廊下の隅で四季は蹲った。考えをまとめるように、自身を落ち着けるように。必死に、自分にとっての最善の道を探して。



[ 7/10 ]
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