未来を変える相手

『近界民って呼ばれてる奴らは、こことは違う文化や文明を持ってる。が、みんな同じ人だ。良い奴も悪い奴もいる。だから近界民だからって偏見は持たないでやってくれよ』
『ねい、ばー…?…うん、分かった。へんけんはもたない』
『よしよし、偉いな。そうだ、大きくなったら一緒に近界を旅するか、四季』


優しい声音で少女の名を呼び、大きな手で頭を撫でた人の笑顔は忘れない。少女がその人に会ったのは、それが最後になったから。


(うん…一緒に、近界を…)


頷いた少女に、男は続けて何かを言っていた。その言葉は、最後の言葉は一体何だったのだろうか。
あれからもう何年も経ってしまって、大切なことのはずなのに思い出すことが出来ない。


「……会いたい、な」


昔から何度も繰り返し見る夢からゆっくりと覚醒し、四季は呟いた。はぁっと大きく息を吐き出すと、枕元に置いてあるスマホが鳴り出す。このまま出ずに無視してしまおうかと考えたが、再び深く息を吐き出してスマホを手に取った。


「…はい」
『あ、もしもし四季さん?もうお昼過ぎてるけどおはよー』
「…もうそんな時間だったのね。おはよう、悠一。それで用件は?」
『ははっ、話が早くて助かるよ』


そう笑った迅は用件を簡潔に説明した。ラッドという種類の近界民を数千体見つけ出し、排除すると。説明を受けた四季は口元に手を当てる。


「なるほど。最近警戒区域外の門が多いと思ったらそういう理由だったのね。ラッド掃討作戦…確かに数が必要でしょうし…いいわよ、手伝うわ」
『ありがとう。四季さんならそう言ってくれると思ったよ。それじゃあ今すぐ来てくれる?』
「今すぐは無理よ。起きたばかりで身支度整えるのに時間が…」
「そんなのトリガー起動で1発でしょ。早くしてねー」


返事をする前に通話が切られた。ツーツーと鳴る音を聞き、じとっとした瞳でスマホを見つめる。


「それはそうだけど、私はボーダー隊員の前に1人の女性なんだってことをあの子は分かってるのかしら」


ぼやいていても仕方がない。今すぐに来いと言われたのではのんびりもしていられない。四季はぐーっと伸びをすると、枕元に置いてあったトリガーを手に取った。


「すぐに行けば良いのよね」


トリガーを握り締め、呼吸を落ち着けるように目を閉じてから再びゆっくりと開ける。


「…トリガー、起動」


そのかけ声と共に身体が光に包まれ、いつもの換装体が現れた。乱れた髪は綺麗に整い、起きたばかりのラフな服装もボーダー支給の隊服になっている。感覚を確かめるように拳を何度か握り締めて顔を上げた。


「さて、早く片付けましょうか」


どこの隊にも属さない専用の隊服を身にまとい、作戦に参加すべく四季は目的の場所へと向かった。


◇◆◇


急いで来たつもりだったが、もうすでにボーダー隊員たちはラッドの捜索と討伐を行っていた。住民にも呼びかけ予想以上に大掛かりだ。


「…随分と対応が早いわね。ラッドなんて名前も分かってるし…」


テキパキと動くボーダー隊員たちを見てそう思うも、今は考えても無駄だと判断し、このままこっそり作戦に参加しようと辺りを見回した。そこで顔見知りの隊員を見つけ、ちょうど良いと歩み寄る。


「諏訪」
「あ?なんだよ、おせーぞ相良」
「これでも急いで来たのよ」
「もう作戦始まってんぞ。夜明け前には任務遂行させろってよ」
「夜明け前に数千体…それはまたハードね」
「だから無駄話してる暇なんかねぇんだよ。おら、遅れた分さっさと働け」
「ええ、そのつもりよ。だから情報を教えてもらいに来たの」
「ったく面倒臭ぇな…」


諏訪の台詞に面倒なのはこっちだと思いつつ、諏訪隊のオペレーター小佐野から情報を提供してもらう。ラッドの姿や位置が視界に映り、ふむと頷いた。


「予想以上に小さいわね」
「だから弱ぇけど探すのに手間がかかってんだよ」
「でもこれだけ明確にレーダーに映っていれば問題ないわ。ありがとう、小佐野」
『いえいえ〜』
「それじゃ私は行くけど、ちゃんとサボらず働きなさいよ」
「うっせぇわ!そりゃこっちの台詞だ」


軽口を叩きつつ、お互いに背を向ける。そして地を蹴った。もう情報は手に入ったから充分だ。諏訪は四季が誰かと組んで任務を行わないことは分かっている。四季も諏訪がそれを理解していることを分かっている。それほど長い年月一緒にいるわけではないけれど、お互いのことは理解しているつもりだった。
四季は予定通り1人で別の場所へラッドを探しに建物の上に跳ぶ。


「今までこんな近界民なんて見たことなかったのに、よくイレギュラー門の原因突き止められたわね」


いくら迅でもそこまで特定は出来ないだろう。何かあるなと口元に手を当てた。


「……見つけた」


思案しながらもレーダーを追い、ついにラッドを見つけた。四季は通常よりも細身の棒状になったレイガストを構え、くるくると器用に回してからラッドに突き刺す。反撃も特になくあっさりと破壊出来てしまい、諏訪の言う通り確かに弱いようだった。


「だからC級隊員も駆り出されているのね」


数さえいればすぐに片付くだろう。あとは時間の問題だ。


「とりあえず、倒しながら悠一を探さないと」


言いながら路地裏にいるラッドへハウンドを放つ。片がつく頃には迅を見つけられるだろう。知りたいことはきっと迅が全て知っているはずと思い、今はラッドの掃討に集中することにした。


◇◆◇


それからしばらく大量のラッドを破壊し続け、数時間後のちょうど夜明け頃。その時はきた。


「よーし、作戦完了だ」


通信越しではない聞き馴染みのある声に視線を向ける。


「みんなよくやってくれた。おつかれさん!」


通信越しに隊員たちの歓喜の声も聞こえ、これで終わりかと息を吐く。武器をしまい、意外にも近くに来ていた迅の元へと歩み寄った。くわーっと伸びをしていた迅は四季に気付き、にこりと笑みを浮かべる。


「四季さんお疲れー。昨日夜番だったのにいきなり呼んでごめんね。ありがと」
「別に構わないわ。貴方が突然無茶なこと言ってくるのも慣れてるから」
「ははっ、さすが四季さん。けど今回四季さんを呼んだのには別の理由もあったんだよ」
「別の理由?」
「そう。四季さんに会わせたいやつがいるんだ」
「会わせたい人って…まさか弟子でも取ったの?」
「違う違う。そういうのじゃなくて…」


迅は言葉を区切り振り返った。四季はその視線の先を追う。


「あの白い子が何?」
「四季さんにとって未来を変える相手、かな」
「……何が見えてるの」
「そりゃ色々と」


核心を言わないのはそこまで見えていないのか、それともあえて言わないのか。その笑みに隠された本質は見抜けない。考えても無駄のようだと小さく息をついた。


「それで?」
「紹介しておくよ。あいつは遊真。今回ラッドの対策を早急に出来たのは遊真のお陰なんだ」
「……そう」
「どうして初めて見た新型にここまで対処が早かったのか、気になってたんじゃない?」
「……まあね」


迅の視線の先にいる白髪の少年に四季は興味深そうに視線を向ける。遊真と呼ばれる少年とラッド掃討作戦に一体どんな繋がりがあったのかを考えていると、その視線に気付いた遊真が振り返った。真っ直ぐに四季と視線が交わる。お互いに無言のまま見つめ合っていると、それを打破するように迅は遊真を手招きした。そして遊真が近付いてくると予想以上に小柄で少し驚いてしまう。


「迅さん、この人は?」


ぽんっと頭を叩かれ、遊真は首を傾げた。四季が口を開く前に迅が答える。


「この人は四季さん。信頼出来るボーダー隊員だよ」
「ほうほう」
「四季さん、こいつが遊真。ちびっこいけどなかなかの奴だよ」
「ボーダー隊員じゃないのね」
「うん、一応一般市民」
「一応?」
「まあそれは追い追いね」


これ以上話す気がないと分かり、四季は追及することをやめた。だがそれを話さないとなると対処が早かった理由も明確には話せないのだろう。どれも核心に迫ることを話さない迅をいつもことだと諦め、遊真に向き直った。


「今回の作戦は貴方のお陰って聞いたわ。凄いのね、遊真」
「いやいや、おれだけの力じゃないよ」
「…そう」


遊真も迅と同じく詳しくは話さないつもりのようだった。隠し事をされるのは気分がいいものではないが、人が話したくないことの1つや2つあることくらい理解している。


「けど、貴方がいなきゃこんなに早い対処は出来なかったんでしょう?だからお礼くらい言わせて。ありがとう」
「どういたしまして」


ぺこりと頭を下げた遊真に少しだけ口角を上げ、そのふわふわの頭に手を伸ばした。


「お?」
「ふわっふわ…」
「四季さーん、初対面でいきなり頭撫でるのどうかと思うよ」
「どうせ貴方も今日が初対面だったんでしょう。同じじゃない」
「あれ、よく分かったね」


そう言いながらも迅は四季と同じように遊真の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でる。2人にされるがままの遊真の頭にはたくさんのハテナが浮かんでいるようだった。


「詳細話すつもりはなさそうだから深くは聞かないけど、大丈夫なの?」
「それは何に対しての?」
「分かってるのに聞かないで」
「ははっ、ごめんごめん」


四季の声音に若干の怒りを感じ取り、迅は笑いながら遊真の方へ視線を向けた。


「おれたちが関わっても関わらなくても、こいつは危険に巻き込まれる」
「……」
「それを知って見て見ぬふりは出来ないよ。それに、四季さんのためでもある」
「……私の未来を変えるって?」
「そうそう」
「余計なお世話よ。自分のことなら何とか出来るわ」
「その何とか出来ることに、心の問題は入ってないでしょ」
「……」


遊真を撫でる手が止まった。迅の言うことは認めたくないが事実だ。


「……勝手に頑張って」
「えー、手伝ってくれないの?」
「詳しく話してくれたら考えるわ」
「近いうちに分かるから焦らないでよ」


近いうちに話すではなく、近いうちに分かる。その意味深な言葉に四季は小さく息をついた。迅と話していると余計なことに頭を回すため無駄に疲れて溜息が増える。ふわふわとした遊真の頭をもうひと撫でして癒されたあと、四季は手を離してくるりと背を向けた。


「また何かあったら呼んで。出来ることはするわ」
「うん。ありがとう、四季さん」
「遊真、また会えるでしょうから、そのときはよろしくね」
「こちらこそ、そのときはよろしくお願いします。またね、四季さん」


礼儀正しいのか砕けているのか分からない言葉を背に受け、四季は小さく微笑みながら本部へ向かった。
迅がわざわざ引き合わせた少年。自分の未来を変えるとまで言われたのだ、また会えないはずがない。今はまだ何も分からないけれど、少しだけ懐かしい気持ちを感じていた。

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