アニー、恋されて死んでゆくのね

焦った様子で太刀川隊の隊室へ飛び込んできたのは、隊長である太刀川慶だった。中間テストを目前に控えた隊員の如月春は隊室の机に向かって黙々とテスト対策に勤しんでいたが、突然のことに驚いて顔を上げる。つかつかと春の元へ迷いなく歩いてきた太刀川に、自分はなにかしてしまったのだろうかと固まる。両肩を掴まれてぐいっと立たされた。

「春!お前、あの、な、なんか欲しいもんあるか?!」

沈黙。
必死の形相の太刀川に春はいまだ状況を飲み込めていなかった。

「え、ええっと、なんでですか?」

なんとかそれだけひねり出すと、太刀川は少し思案するそぶりを見せてから口を開く。

「…春、誕生日だろ…?そろそろ」

たんじょうび。
そういえば誕生日が近い。テストのせいか、すっかり忘れていた。しかしサプライズなど考えもせず本人に直接欲しいものを聞きにくるのは、太刀川らしい。

「どうしてそんなに焦っているんですか?」

隊室に入ってきたときからなぜだか額に汗を浮かべている。ギクリとした様子の太刀川は目を逸らしながらバツが悪そうに唇を尖らせた。

「いや、なんでも、ねえよ…。別に忘れてなんかねえしな」

忘れていたんだろうなあ。顔に出てしまっているのに、見え見えの嘘をつくこの人が好きだ。欲しいものなんてないのに。なんだっていいのに。それはどうでもいいという意味でなく、太刀川がくれるものならなんだっていいのだ。本当に。

「太刀川さん。私、欲しいものなんてないよ。お金かけなくていいし、凝ったものじゃなくていいです。本当ですよ?」

春の敬語が崩れ始めたのは最近のことだ。付き合い始めてしばらく経ったがなかなか昔からの癖が抜けなかった。こうして穏やかに微笑みながら、心を許していることを言葉で示してくれるこいつが好きだ。しかし欲しいものがないとは聞き捨てならない。せっかくうっかり抜け落ちていた春の誕生日を、当日を迎える前に気づけたのだ。質問の仕方を変えてみようとあまり皺の刻まれていない脳を回転させてみる。

「じゃあ…じゃあ好きなもんは?」

ようやくひねり出したのがこれだが、春は頭を少し傾けてから太刀川の両手を遠慮がちに握り、くるりと回って先ほどまで春が座っていた椅子に座らせて、微笑んだ。

「太刀川さんの好きなものはなんですか?」

「俺か?俺は…餅、かな」

「そうですか!私もおもち好きです」

「春も好きだったのか?!そうか…なるほど…。」

忘れないようにおもち、おもち、とこぼす太刀川をにこにこと見守りながら、春はまた繰り返した。

「他にはなんですか?好きなもの」

「あとは、うどんだな。あとコロッケ」

好きなものなら即答できる太刀川に春はにこーっと笑って答える。

「私もです」

やけに好きなものが被るな、と訝しげに春を見るが、微笑みを返されるだけだった。その時ようやく、春の真意を理解できた。

「春…俺に気を遣わなくていいんだぞ?」

気を利かせたつもりで言ったが、春はどこか不満そうに眉を寄せる。

「私、気なんて遣ってないです。太刀川さんが好きなものだから好きなんじゃなくて、太刀川さんを好きだから、太刀川さんの好きなものも好きなんですよ?」

自分で頭があまり良くないことを少なからず自覚している太刀川は、その言葉を何度も脳内で繰り返しようやく理解することができた。付き合ってすぐは好きだなんだと言う言葉でさえ照れて口にしなかったというのに、今ではなんだかこちらより上手に立っているように感じる。太刀川の方が照れて目を逸らしてしまう始末だ。

「春!」

「えっ、はいっ」

半ばヤケクソ気味に叫んだ太刀川は勢いよく椅子から立ち上がる。

「明日、誕生日プレゼント買いに行くから付き合えよ。欲しいもんリストアップしてくること。12時に三門市駅前」

「へあ、はい」

そしてぐしゃりと春の頭を撫でると、入ってきた時と同じようにせかせかと隊室の扉を開ける。

「あの、どこに?」

春が尋ねると、太刀川は気まずそうに答えた。

「…レポート片付けねえと」

レポートを今日中に片付けないと明日時間が取れないのだろう。自分のために、と思うと春は嬉しさが喉の奥から湧き上がるようだった。

「それと」

ようやく春の目を見た太刀川は思いついたように付け足し、今度こそ部屋を出て行った。

「明日の昼飯はうどんにするから、なんも食わずに来いよ」



12時、三門市駅前。
てっきり遅れて来るだろうかと失礼なことを考えていた春だったが、太刀川は思いの外時間通りに集合場所へやって来た。行きつけのうどん屋があるのだと、はりきる太刀川に春は愛おしさを隠しきれない。ふにゃふにゃと上がる口角をそのままに、太刀川の話に耳を傾けた。



「うまかったろ?俺あの店すっげえ好きでな。メニュー全制覇狙ってんだけど、日替わりっつう壁がなあ…」

春が黙ってうなずいているだけでも、太刀川はぺらぺらとしゃべり続ける。春はその時間が好きだ。太刀川といる時間は、どんな瞬間でも幸せだ。
笑った顔も、怒った顔も好きだ。

「んで、欲しいもん書き出してきたか?」

うどん屋を出てから太刀川が本題とばかりに尋ねてきた。

「あ、はい。具体的なものだと、パンツが欲しいなあって…」

「ぱんつ?別にいいけど俺その店入れっかなあ…」

「え…?」

微妙にすれ違う会話に首を傾げた春だが、すぐに勘違いだと気がつき赤くなる。

「ちっ、違いますよ!パンツってあの、下着じゃなくて!ズボンのことです!」

「あ?ああそっちかわりい」

何食わぬ顔でへらへらと笑う太刀川は、本気で勘違いしていたのかわざと間違えたのかわからない。

適当に歩き回りながら手頃なブティックに足を踏み入れた。太刀川は最初こそ「俺女の子の服ってよくわかんねえな…」と呟いていたが、次第に積極的になり始め、しまいには自らあたりをつけて手に取っては春に試着させようとしていた。自分よりも乗り気で服を見繕う恋人に、春は太刀川からの誕生日プレゼントなのだからと素直に手渡されたものを全てカゴに放り込んでいく。

結局大量に候補に上がったパンツは太刀川により厳選され、ようやく三本にまで絞られた。試着室のカーテンの前で長椅子に腰掛けた太刀川は三十秒もしないうちに「もーいーかい」と楽しげに声をかけた。

「まぁだでーすよー」

そう返しながら春は一本目に足を通す。鏡の前でくるりと回ってから、シャッとカーテンを開けた。

「どうですか?」

照れ臭そうにシャツの裾を摘んで尋ねる春に太刀川は即答。

「かわいい」

参考にならないコメントに春は赤くなっただけだった。

「買おう」

「えっまだ2本残ってますけど、」

「かわいいから買おう。あと2本もかわいかったら買う」

「こ、これ太刀川さんからの誕生日プレゼントですよね?三本も悪いですよ…!」

「俺一応A級1位の隊長だぜ?こういう時に金使わねえとな」

なぜだか自慢気にふふんと鼻を鳴らし、ぐいぐいと春を試着室に押し戻す。春は、本当に大丈夫だろうかと着替え始めた。二本目に足を通しながらカーテン越しの太刀川に話しかけてみる。

「太刀川さん」

「んー?」

「私もA級1位の隊員ですから、お金はありますよ?こんなにたくさん買ってもらわなくっても…」

「わかってるけど、春の欲しいもんを自分で思いつけなかったっつう俺なりのけじめだ」

けじめの使い方がなんとなくズレているように感じたが、太刀川がお金で愛を測るような人間でないことは知っている。
でもなんとなく、からかいたくなってしまった、というか。

「そうですか…。太刀川さん、お金で愛を買えると思っているんですね…」

いかにも残念そうな声をかける。

「はっ?そんな感じ出てた?俺?ち、ちげーぞ、そんなつもりで言ったんじゃ、」

「いえ、いいんですよ、太刀川さん。私、わかってますから…」

声を殺して笑いながら二本目に着替え終わったとき、突然カーテンが開いた。焦り顔の太刀川がそこに立っていたが、春の顔を見た途端、騙されたと確信してみるみる眉間に皺が刻まれる。

しまった、と思った時にはもう遅い。そのままゆらりと試着室へ入ってきた太刀川は自分の見立てたパンツを履いた春をじっと眺めてから

「うん。かわいいな。それも買いだ」

とうなずき、鏡の前にどっかりと座った。

「で、最後のが残ってたよな」

ああ、嫌な予感がする。下からにひゃりと上目遣いで意地悪く笑った太刀川は、胡座をかいた足を両手で掴み、言い放った。

「俺に脱がされんのと、自分で脱ぐの、どっちがいい?」



顔を真っ赤にして固まる春を白々しく笑いながら眺め、太刀川はいつまでも動かないジーンズの裾をくいっと引っ張った。

「自分じゃ無理なら、俺がやってやろうか?」

「えぁっ、わた、わたし、自分でででできます…っ」

声はひっくり返ったし盛大に噛んだ。こらえきれず下を向いて吹き出した太刀川を睨んで、春はそのふわふわしたくせっ毛の頭をぎゅっと抑えた。

「あっ?おい、春」

「た、たちかわさん…」

今にも泣き出しそうに眉を寄せて耳まで赤くした春を、辛うじて前髪の隙間から捉えた太刀川は続く言葉にぞわぞわと背筋を撫でられた気持ちになった。

「み、見ないで…っ」

ああ、その水分を含んだ目で、弱々しい声で俺を呼ぶことが、どれだけ邪な妄想を駆り立てるのかお前は知る由もないのだろう。
こんなところで盛ってどうする。

相変わらず太刀川の頭を必死に抑える春の手を取り、流れるように抱き寄せた。

「わりい。ちょっとハードだったな」

「ハードすぎますうぅぅ…」

うええ、と安心しきって声を漏らす春の柔らかい髪をぐしぐしと混ぜ、解放する。
そのまま太刀川は壁の方を向いて仕切り直すようによし、と呟いた。

「三本目、こっち向いてるから履いてみろよ」

「えぇ…外には出ないんですね…」

「うん」

うんって…。
何を言っても動きそうにない太刀川はちゃんと壁際でじっとしている。渋々、春はその場で三本目に履き替えた。

後ろでごそごそと衣擦れの音が聞こえて、着替えている春を想像する。きっと、まったくもう、と顔を赤くしながらそれでも素直に着替えているのだろう。本当は振り向いてしまいたい。振り向いて抱き締めて首筋に噛み付いてしまいたい。しかし自分本位で動くのは、今日という日にふさわしくない。今日を春が思い返したとき、すべての瞬間が幸せだったと思えるような日にしたい。
春の笑った顔も怒った顔も好きなのだから。

春が着替え終わったと声をかけてきたので待ってましたとばかりに振り返った。やっぱり見立て通りに春に似合っていて、これも買いだとうなずいた。



結局、計三本のパンツを全て購入する勢いの太刀川を、春は慌てて止めに入った。もともと一本だけ買うつもりで来たのにこんなに買ってしまっても正直持て余す気がする…ということをやんわりと伝えると、太刀川はうむむと唸ったあと、渋々承諾した。そこで春は二本目に試着してみたものを手に取った。もちろん太刀川が見立ててくれたものだから、三つとも捨てがたかったが、二本目は太刀川に抱き締められた時に履いていたものだから。我ながら安直な決め方だと自嘲してしまうが、これからこのパンツを履くたびにそれを思い出すことになるなら、幸せなのではないかと思うのだ。太刀川はそれをわざわざプレゼント用にラッピングしてもらい、満足そうに春に手渡した。

外は少し暗くなって来た頃だ。ゆっくりと歩きながら何気ない話をしていると、太刀川の腹からからぐぅ、と間抜けな音がした。

「なんか腹減ったな」

そう呟いてから春の手を引いて近くのコンビニへ入る。春を入り口付近で待たせ、太刀川はレジへ直行していった。さっさと戻って来るとその手にはコロッケが握られている。

「あ、わりい一個しか買ってねえや。半分にするか」

「大丈夫ですよ。太刀川さんお腹すいてるんですよね?」

「そうだけどよ…なんか一人だけ食っててもわりいかなって」

「それなら、さんぶんのいっこ、ください」

「さんぶんの…?むつかしいこと言うな」

太刀川は包みからコロッケを取り出すと、ほれ、と春の方に向けた。

「好きなだけ齧れよ。あと俺食うし」

「えっ、んむ」

反論する前にコロッケが唇に押し付けられる。熱い。仕方なくあぐ、と遠慮がちに一口齧った。

「ありがとうございます。おいしいです」

小さい口がもぐもぐと動くのを見て、うさぎみたいだと思った。にへ、と笑う口の端にコロッケのころもがくっついている。手を伸ばして小さな顔を包み込んでから、親指で口を拭ってやった。そのままなんとなく、口に突っ込んでみる。春春は「んぅっ、」とびっくりしたような声をあげたが、一瞬固まってから太刀川の腕を両手で包んで食べかすをきれいに舐めとった。親指に走る微妙なざらざらとした舌の感覚が、どこか一生懸命に奉仕するような春の姿が、またぞわりと太刀川の背筋をくすぐった。

「、わりっ。あ、っと、ころっけ」

「ごちそうさまです。あとは太刀川さんどうぞ?」

形勢が逆転していた。こっちが上手だと思えば向こうはひらりとかわす。かと思えば素直に赤くなったり、よくわからない。でも、このよくわからない感じが好きなんだろう。一緒にいて楽なやつはいくらでもいる。それはそれで好きだが、それよりも時々何考えてるのかわからなくなったり、何が一番喜ばれるのか必死になって考えたり、何も考えずに笑えたり。
そういうことをこの子と一緒にしていくのが、とてつもなく楽しいのだろう。

ウーー

ウーー

警報だ。近界民が、来た。


「こんな時にかよ…!」

舌打ちをしつつも冷静に太刀川は残りのコロッケを丸呑みする。

「た、太刀川さん…」

「わかってる。とりあえず…」

「はい…!」

「「トリガー、オン!!」」

揃いの隊服姿に換装したのを確認し、太刀川は指示を出す。

「とりあえず市民の避難誘導頼む。俺は忍田さんに通信繋げてみる。あとは近界民一か所にまとめるぞ」

「如月、了解」

先ほどまでの甘い空気などなかったかのように、それぞれ動き出した。

「みなさん!落ち着いてください!ボーダーです!近くの建物に入ってください!近界民は私たち太刀川隊が対処します!」

住民避難も慣れたものだ。
春は闘うことの次に避難指示にやりがいを感じていた。太刀川隊だと言うと、住民は安心しきったように指示通り動いてくれる。住民たちの感謝の眼差しが自分の存在意義であり、太刀川の役に立つという自分の使命を全うしている瞬間だと感じられるからだ。
ああ、ああ、なんて幸せなのだろう。と。


「忍田さん?俺ー。たぶん一番近くにいる。うん。目の前。今どんどん斬ってるけど、近界民のさー、種類とか、数とか、よろしくー」

緩い会話を繰り広げながら次々と近界民を斬り倒していく太刀川の隣に、春が戻って来た。

「太刀川さん!住民の避難指示終わりました!みなさん建物に入ってくれたので、あとは思いっきりやれます!」

「おー。ありがとな、春。さすが俺の部下だ」

「…!はいっ!」

今日一日、どの瞬間も楽しかった。ずっと笑っていたと思う。
でもやっぱり、この瞬間が一番幸せだ。この人の隣で、この人のために闘えることが、なによりも幸福だ。



「うーん、今日は出水がいねえからな。囮が…」

『太刀川さあん。オレって囮なんすかー?』

「えっ、出水先輩?」

『国近もいますよー』

『佐鳥のやつじゃないすか』

『言ってみたかったのー』

突然耳元で聞こえた通信音に春はびっくりして動きを止める。

『俺今ちょうど本部来たとこなんすよ』

『だからオペ子やってみるー?って言ったら結構乗り気だったからー』

「おーそうか。ま、ここは俺と春で十分片付きそうだ。出水、春にアステロイドの手ほどきしてやってくれ」

『出水りょーかい。太刀川さんたちせっかくデートだしね。おれは行かなくて正解だったかも』

「国近ー。あとどんくらいだ?」

『バムスターが二体でーす。ラッドは全部片付いたみたい。春ちゃんデート中断させちゃってごめんねー』

「おっけーおっけー。じゃ、俺一体、春一体で山分けしよう。手こずりそうなら、援護する」

まるでボードゲームを囲むように、連携が取れていく。通信室の奥から「唯我もいます!唯我も…!」という声が聞こえた気がするが、今はとにかく目の前の敵に集中だ。
さっきまで恋人のジーパンを脱がそうとしていた人とは思えないほど真剣で、なにより楽しそうだ。

太刀川の役に立って生きたい。
太刀川の役に立って死にたい。



「片付いた、か?」

『おつかれさまでーす。春ちゃんの方も、終わったみたいですよー』

「おー。ありがとな。出水も」

『あーい。つか春、俺が指導しなくても全然大丈夫っすよ?さすが完璧万能手!って感じっす!んじゃ、おつかれさましたー』

通信が切れる。
ててっと駆け寄って来た春は太刀川をじ、と見た。どことなく、褒めて、と言われているような気がした。
ようし、盛大に褒めてやろう。
意気込んで両手を春の頭に乗せ、わっしゃわっしゃと撫でてやった。

「よくやったなあ春!聞いたかおい、出水が、アステロイドも十分使えてるってよ!やるなあ完璧万能手!さすが俺の部下で、俺の…」

言いかけて、ふと周りを見た。住民たちがそろそろと、避難していた建物から出てくる。太刀川たちを見て、彼らが近界民を撃退してくれたのだろうとざわざわ話していた。

「あれが、太刀川隊か…」
「すごいなあ、あんなにいた近界民があっという間に」
「あっちの男の人の方が太刀川隊の隊長?」
「二人とも二刀流だ、かっこいいー!」
「太刀川隊ってボーダーで一番強いんでしょ?あの小さい子も?」
「刀二本振り回してたよ!かっこよかったー!」
「すごいね!」
「さすがだよねー」

太刀川の手の下で顔が見えない春をぐいっとこちらへ向かせる。むずむずと、誇らしそうな、抑えきれない嬉しさを堪えているような緩んだ顔で太刀川を見ている。自分への賞賛を全て太刀川に捧げるような子。うさぎのようで、忠犬のようだ。春はさすが俺の部下だ、と褒められるのをなにより喜ぶ。だからいつも頭を撫でて、さすが、俺の部下、と褒める。そうすると春はとびきりの笑顔で笑うのだ。しかしなんというか、闘っているときは忠犬だが、恋人の前ではやっぱりうさぎでいてほしい。

「春。さすが俺の部下で、俺の、彼女だな」

そう言ってふに、と唇を春の頬に押しつけた。いつもと違う言葉に固まる春をたまらずぎゅう、と抱き締めて、鼓膜に直接言葉を押し込むように、低い声で囁いた。

「ちょっと早えけど、誕生日おめでとう、春」

「た、ちかわさ、」

「どした」

「あ、あ…ありがとう、ございます…」

「うん」

ガチガチに固まりながらも礼を言う春を太刀川は愛おしそうに見つめる。それからぼそりと呟いた。

「さてと、そろそろ目立ち始めたな」

「へっ?」

換装を解いた太刀川は春にもそうするよう言うと素直に言う通りにしたかわいい恋人の手を取って走り出した。

「た、たちかわさんっ?」

混乱している春を横目に太刀川は少年のようにけらけらと笑う。二人は野次馬を縫うように走り抜け、あっという間に人混みに紛れていった。


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涼音さんより太刀川夢主ちゃんのお誕生日に素敵なお話を頂きました!!なんだこれ…2人が可愛すぎて私がびっくりした…センスの塊だな…!んんん萌えた…!
涼音さん!ありがとうございました!

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