くつろぎコレクション発売記念

出水春編

「春ちゃん」

その日、いつも通り二宮隊隊室に向かう途中の本部の廊下にて。

「あ、亜季。今ちょうど行こうとしてたとこで・・・」
「うん。その前にちょっといいかな?」

そう言われて、春は氷見に連れられて曲がり角の向こうへ。

「これ」

そこで氷見から差し出されたものは。
ワールドトリガー くつろぎコレクション の二宮だった。









「公平」

昨夜、自宅にて。

「明日、例のコレクションの発売日でしょ」
「ん、ああ。何だ春、お兄ちゃんのが欲しいのか?」
「ううん、別に。公平のなんかいらないよ」
「何だと」
「だって公平のって寝起きでしょ。そんなの、撮影用に作ったんじゃなくて本物、いつも至近距離で見てるし、今更」

今日も昼寝から目覚めたとき、いつのまにか隣に公平が寝ていて。
しかも自分が起きて動いたせいか起こしてしまい、 “寝起きの出水公平” まさに先程、実物を見たばかりだった。

「それよりさ、その・・・」

すっ、と視線を反らし、春は頬を染める。

「スポンサーからさ、全種類セットで何箱か貰ってんでしょ」
「ん、ああ」
「だったらさ、その・・・ 公平のじゃなくて、さ・・・」
「ああ、太刀川さんの欲しいのか?」
「・・・なんでそうなるの」

じとっ、と公平を睨み付ける春。

「ははっ、冗談だって。諏訪さんだろ?」
「公平・・・」

本当は出水だってわかってる。
ただわかってたとはいえ、あの人のために春が頬を染めるのが、少し気に入らなかっただけだ。
でもそれも、自分のがいらないと言われた理由によし、となる。
けど、ちょっと意地悪してみたら、じとっ、と睨んでくる妹が可愛かったので、つい悪ノリを。

「ほら。一枚だけだぞ」

そう言って差し出す。

「嵐山さん。迅さんも一緒だけどな」
「〜〜〜〜〜、これも、だけどっ。そうじゃなくて・・・っ」

うわ、真っ赤だな、春。
そんなにムキになるなって。
ホント、妬けるな。

「ほら。持ってけよ」
「! ありがとう、公平!・・・いいの、こんなに!」

今度はちゃんと、春が望む人物のを差し出す。
本当は、春にやるために自分が持っている全部の箱から彼だけを抜いておいたのだ。
受け止った春の、嬉しそうな顔。
彼女にそんな顔をさせるのはもう、自分よりもあの人なのか、と実感させられたが、まあ、嬉しいだけでなく幸せそうなのでよし、としよう。







氷見から差し出されたそれは、昨夜兄にねだって貰った、それと同じものだった。

「春ちゃん。もしよかったら、これと、あの・・・ か、烏丸君のと、と、取り替えてもらえないかな・・・?」
「え?」
「春ちゃんも、買ってるでしょ。二宮さん目当てで」

箱買い、とまではいかなくても、幾つかは。
そう氷見は言った。

「いや・・・ わたし、買ってないから」

そう春は返す。

「え、買ってないの?」
「うん」
「二宮さんいるのに?」

信じられない、と言った表情で氷見が春をみた。

「あ、えーと・・・ ウチ、公平がモデルやって、さらに特典の缶バッジにまでなったから、スポンサーから何箱も貰ったから・・・」

だから、買ってない。
そう春が言った。

「あ、そっか・・・」

少し気落ちしたように、氷見が俯く。

「あ、でも明日でよければ公平から貰ってくるよ、京介の」

春がそう言うと、氷見がぱっ、と顔を上げた。

「本当? ありがとう!」

じゃあ、これは前払いね。
そう言って、くつろぎコレクションの二宮を渡された。

「え、いいの?」
「いいの。二宮さんも私より春ちゃんが持ってる方が嬉しいだろうから」

二宮を手に持った春が頬を染めるのを見て、氷見がにっこり、笑った。



「お、春」

氷見と二宮隊隊室前まで来たとき、扉の傍で待っていた人物に声を掛けられた。

「今、ちょっといいか?」
「光」

ちらっ、と春が氷見を伺い見ると、二宮さん今日はもう少し遅いと思うから、少しなら大丈夫だよ、と。
いうことで、春は一度鞄を二宮隊の隊室に置いてから、仁礼と、影浦隊の隊室まで来た。

「ほらっ」

隊室に入り扉を閉めたと同時に、仁礼が春の目の前に差し出したもの。

「わっ」

ぱっ、と手を放す仁礼に、慌ててそれをキャッチする春。
・・・良かった、落とさなくて。
無事落とさずに済んだくつろぎコレクションの二宮に、ほっ、とする春。

・・・あ。

昨晩、公平から何枚も貰い、ついさっき、氷見からも貰ったけれど。

やっぱり、二宮さん・・・


と、その時。

カシャッ。

「イイカオしてたぞ、春!」

不意に響くスマートフォンのシャッター音、次いで仁礼の声。
そして、突き付けられた画面。

「!」

そのスマートフォンの画面の中の自分に。
ぶわっ、と春の顔が赤く染まる。

「な・・・ なっ」
「んー? まあ、だいたいこうだぞ、春が二宮のこと話してたり見てたり、考えてるだろう時のカオは」

あんまりにもカワイイからさ。
いつかは欲しかったんだ、この春のカオ!

「よし、さっそく見せびらかしてこよう」
「は!? ちょっと、やめてよ!」
「いーじゃん、減るもんじゃないし」
「減る!わたしの中の何かが!というか削除してよ!」
「いーやーだー」

あ、その二宮はやるよ。

そう言って仁礼は、カラカラと笑った。



あれから、何とか。
削除には至らなかったが、とりあえず見せびらかすのはやめてもらった。・・・やめてもらえた、と思う。

「お疲れ様でーす」

二宮隊の隊室に来てみれば、二宮はすでにいた。

「来たか。早く仕度しろ」

そう言う二宮に、はい、と答えて一度、荷物を置いた奥の部屋に行く春。
しかし、今。
隊室に入ってきて、自分の言葉に答えて、奥の部屋に行く。
いつもと同じその動作、だが一瞬、ほんの一瞬。
春が固まったのを、二宮は見逃さなかった。
さらに、隠すように裏返しだったが、隊室のドアを閉めるのに持ち変えた一瞬、ちらっ、と見えたそれも。

「春」

奥の部屋に行った春を追って、二宮も入ってきた。
ちょうど、仁礼から貰ったくつろぎコレクションの二宮をしまおうと鞄を開けた春の背後から間近にピタリ、と立つ。

「一体何枚持ってんだ」
「に、二宮さん!」

鞄の中には氷見から貰った分。さらに今、仁礼から貰った分をしまおうとしていて。
その両方ともがしっかり、二宮の目に映っていた。

「えーと、あとウチに、昨夜公平からも何枚か貰ってて・・・」

そう答える春に、二宮はふう、と息を吐く。

「春。お前、そんなのがいいのか」
「え」
「目の前の俺より、そっちの紙キレの方がいいのかって聞いてんだ」

そう言って、二宮は春の肩と腰に手を回し、自分の方に向かせると、ぐっ、と抱き寄せた。

「二宮さ・・・」

腰を抱く手はそのままに、肩を抱いていた手でくい、と春の顎を掬うと。

そ、と接吻た。

「・・・っふ、」

最初は触れるだけ、一旦離れてすぐまた角度を変えて。
深くなる接吻に、春から小さく、鼻に抜けるような声が上がった。

「その紙キレは、こんなことしてくれないだろう?」

その声に満足した二宮は春の唇を解放し、そう言った。

「・・・っれは、そうですけど・・・」

熱に浮かされたような顔の春は、その顔を伏せるように。

「でも、あれの二宮さんも、か、かっこいいし・・・」

それに、今まで二宮さんの写真、一枚も持ってなかったから、欲しいな、って・・・。

消え入りそうな声もこの距離だから、春の声だから。
二宮が、聞き逃すはずはない。

「春、お前・・・」

本当に、お前は・・・

昂った想いは、再び、その唇に乗せて。
二宮は、何度でも。春に届ける。



「だからさー。毎回毎回そうなんだけど、ここ隊室なんだよね」

そして隊室は隊長とその弟子、というか恋人だけが使う部屋じゃないんだよね。
そう言って、犬飼は隊室の奥の部屋・その入り口を見遣る。

「まあ、今回は私が、春ちゃんにくつろぎコレクションの二宮さんあげたせいでもありますから」

氷見がそう言って苦笑する。

「何辻ちゃん、まだ慣れないの?」
「慣れるとか慣れないとか、そういう問題じゃありません!」

まあ、今回はまん中のメインの部屋じゃないだけいいんじゃない?

犬飼が、そう言って笑った。






「何でだ・・・ 何で今度は京介なんだよ・・・」

“いいから!京介一枚ちょうだいよ!”

その夜、出水家では。
理由は堅くなに言わず(だって亜季のことを公平にバラすわけにはいかないし)、今度は強気な姿勢で烏丸京介をねだる妹に、兄が頭を抱えていた。


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ありがとうございました!

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