短編 2012〜 | ナノ
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目の前にいる人が財布落とした。慌てて拾ったら結構重みのある財布だったけど、お尻のポケットに入れていたからか落とし主は全く気づいていないようだった。
銀髪に着崩した制服、腕にも指にもアクセサリーがじゃらじゃら、少し怖い見た目の人だったけど、落とし主が分かっているのに交番に届けるのもおかしい。すいません、と控えめ声をかけると彼はすぐに気付いて振り返ってくれた。思っていた通り目つきは鋭かったけど、真っ白な肌にグリーンの瞳、顔は女である私から見てもとても美人だった。

彼は見覚えのあるであろう財布を渡されてすぐに自分が落としたことに気づいたのか、慌てた様子だった。ぺこっと頭を下げ、うっすとだけ言ってそのまま行ってしまった。
かと思ったら秒速で戻ってきて、早口にこう言った。

「お礼、させてもらえませんか」

日もまだ長い初夏の時期だった。私たちは近くの喫茶店に入り、彼はブラックコーヒーを、私はカフェラテを頼んだ。
彼の名前は獄寺隼人くん、高校1年生だという。私の一つ下の学年だ。
“全く、ドジっちまいました”と笑った隼人くんはすぐに気まずそうな顔になり、ポリポリと頭を掻く。


その日はそれっきりだったけれど、別れ際交換したメールアドレスから直ぐにメールが来た。
また会いましょう。その言葉通り、程なくして私はまた隼人くんに会うことになる。
また日を置いて、そしてまた日を置いて。いつしか隼人くんとの連絡は途切れることがなくなり、気づいたら隼人くんがいる生活は私にとって当たり前になっていた。お互い暇を確認し、待ち合わせをしては会話を弾ませた。


隼人くんといるのは楽しかった。
ピアノが弾けるというので、一度うちに来てもらったことがある。てっきりピアノの腕を披露してくれるのかと思ったら、私が小さい頃から使っているピアノを前に隼人くんは背を向けてしまった。
やっぱり弾けねぇ、らしい。
隼人くんがピアノを弾いている姿に未練があり少し残念だなぁなんて思っていたら、代わりに猫ふんじゃったをひいてくれた。窓から差し込む日が隼人くんの腕、手首に反射して真っ白に輝いていた。
遠慮がちで、でも流れるように音を奏でるピアノの音。多分私が聞いた中で一番綺麗な猫ふんじゃっただったと思う。

途中で私の母親がクッキーを持ってきた時にありがとうございますと改まっていたのも、良く覚えている。高校1年生の男の子にしては礼儀正しすぎるほどだった。
“隼人くんは兄弟いるの?”と聞いたら姉が1人、と言っていた。だが一緒には住んでいないらしい。今は一人暮らしだそうで、母親も早くに亡くなってるのだそうだ。
隼人くんの家はここから近いそうで、この日は玄関でお別れした。隼人くんは歩いて1人きりの家に帰っていった。


それから暫くして、一人暮らしの隼人くんのお家にもいった。
見た目に反して意外と真面目な隼人くんの家は、すっきりと片付いていた。
実はこの日の帰り際に少しだけキスしそうになったけど、隼人くんがふっと顔を背けたからそれに倣ったんだっけ。その後は変な雰囲気を作るまいとお互い何もなかったような顔をして話を続けたけど、いつもに比べて会話に集中出来なかったのは間違いない。
その夜、私はドキドキが止まらなかった。




そんな風に私と隼人くんは少しずつ距離を近づいていっていた。
だから、この間のことは本当に、驚いた。

その日もいつものようにメールでお互いの空いている日時を送り合っていた。ふと、近くにできたばかりのレモンパイのお店に行きたくなって明日の放課後に行くことを提案すると、明日はダメだと言われた。
隼人くんが断るなんて珍しい、と思ったけれどよく考えたら普段は隼人くんが提案した日時に私が合わせる形が殆どだった。私は特に部活にも入っていなかったし暇だったから気にしていなかったけれど、隼人くんは実は多忙なのかもしれない。

レモンパイ屋さんの2つ頼むとおまけで1つ付いてくるキャンペーン。せっかくなら隼人くんと一緒に食べてひとつは隼人くんがお持ち帰りなんて考えていたんだけど……残念ながらテイクアウトにして家族で食べるしかない。
じゃあまた明後日、ということで隼人くんとはメールを終わらせた。



翌日、学校帰りに寄ったレモンパイのお店は思っていたよりも賑わっていた。近所の良く見るおばさん、老夫婦、私と同じ学校帰りの学生、子連れの親子……たくさんの人がお店を囲っていた。心なしか焼き立てのパイの匂いが外まで漏れてきている気がして思わず息を大きく吸い込む。

列に並ぶと4・5組前に母校の並中の制服を着た集団がいることに気づいた。女の子と男の子と弟や妹のような小さな子供達の集団。中学生らしくわいわいと盛り上がっていて、同じ教室にいたら眩しく感じるようなグループだ。
そんな集団を他所に渡されたメニューを見ていたが、獄寺さん!という名前を呼ぶ声に思わず顔を上げた。
獄寺なんて珍しい、もしかして隼人くんが来てるのかな?ひょこっと列から顔だけ覗かせるとやはり先ほどの集団にいる他校の制服を着た女の子が発した言葉だったようだ。ぴょんぴょんと飛び跳ねる一つ結びの女の子に隠れて隼人くんがいるかどうかはよく見えない。

“次のかたどうぞー”

ぞろぞろと動く列の波に取り残されないよう慌てて足を進める。
気になってメニューの影から集団を見てみたが、その時には隼人くんらしき人はいなかった。







そして今日も、私はいつものように公園のベンチに座って隼人くんを待っている。

見つめていた地面に影が一つ増え、見上げると隼人くんがいた。並中の制服、ジャケットまでかっちりと着こなした隼人くん。
なんとなくその姿が自分の中で腑に落ちて、座ったまま隼人くんに問いかけた。

『どうしたの』

思ったよりも落ち着いた声を出せた自分に内心驚く。
私がその制服に袖を通していたのはもう2年も前になるんだな、なんてちょっとズレたことまで考える余裕がある。

「あの、すいませんでした」
『何を謝ってるの』
「オレ、その名前、さんを……騙してたこと」

隼人くんは私のことを騙していた。

やっぱり昨日の集団の中に隼人くんがいたのだと確信する。昨日レモンパイのお店の列で本来の姿を見られてしまったと勘違いしたのか、はたまたこれ以上良心の呵責に耐えられなくなったのか、それは分からないけれど真実は変わらない。

隼人くんの口から騙していた、という言葉は聞きたくなかった。でも私に“嘘の年齢”を言っていたことは、隼人くんからしたら“私を騙していた”ことになるのだ。
ずっと黙りっぱなしだった私の様子を伺っていた隼人くんが腹を決めたようで、話続ける。


「獄寺隼人、並盛中学3年っス……」

「決してからかってたわけじゃないんです。たまにスーパーとかで見かけて…… 名前のこと気になって、でもオレじゃ相手にされないのは分かってて」
『うん』
「本当に悪いことしたと思ってる」
『別に怒ったりしてないよ。ただびっくりしただけで』

絞り出した声で隼人くんは続ける。なんだか隼人くんと急に距離ができてしまったようだ。

どうしたの、そんな顔をして。
さっき続けられなかった言葉が再度口から溢れる。

『なんでそんなに不安そうな顔をするの』
「そんなの」
『だって隼人くん、高校生の問題もスイスイ解いちゃうんだもん』
「はぁ……」
『確かにたまに学校の話してて噛み合わないこともあったけど、隼人くん話してても楽しいし、年齢なんてさ』

『そんなの、気付くわけないよね』

紡がれていた時間、隼人くんを作ってきた過去、私と隼人くんが出会ったきっかけ、こうして隼人くんと話している時間。
大切なことは目には見えない、ってこういうことをいうのかなって思った。


「オレ、真剣に名前と付き合いたいです」

ばっと90°に頭を下げ手だけを上げている姿は、テレビの番組で見た事がある姿そのもので、こういう真っ直ぐなところは隼人くんの好きなところの一つだった。

『私も、お願いします』

そっと手を取ると、隼人くんはきらきらが零れ落ちそうなほど目を輝かせ見たこともない満面の笑顔を見せたあと、私の体を抱きしめた。

“もうぜってぇ名前に嘘つかないから”

その言葉は私にはちょっとこそばゆかったけれど嘘は全く感じられない。上半身から伝わる温かさにふっと顔が緩むのを感じ、私は隼人くんの背にそっと腕を回した。




『他に隠してることはない?』
「もうねぇよ……あ、でもあの財布も、わざと落としたんだよな」
『もし私が気づかなかったらどうしてたの』
「そうでもしないと相手にしてもらえねぇって思って。それに、名前なら拾ってくれると思ってたんだよ」


[END]


この後、マフィアとして生きていく獄寺くんが本当に彼女に嘘をつかずに生きていけるのか。彼女はそんな獄寺くんをどう受け入れて生きていくのか。
そんな想像が膨らむ、彼女と獄寺くんの序章のようなお話でした。

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