短編 2012〜 | ナノ
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「ぶっさいくのくせに、似合わねー」

ノックもなしに突然部屋に入ってきた同僚に頬を膨らませる名前。しかしそれもいつものこと。“名前の困った顔を見るのが趣味”だという悪趣味なベルを無視してせっせと机の上を飾り続けている。
2人共、16歳にして仕事に励むプロの暗殺者、入隊した時期まで一緒だからもう人生の半分を共にしてきた仲だった。勝手に入ってきたベルはいつもどおりおもしろそうなものがないか部屋の中を物色し始めるが、ふとベルの目に留まるものがあった。

『ちょっと、それフランくんにあげるんだから食べないでよ。あっろうそく倒れるから触らないで』
「菓子の1つや2つでけちけちしてんじゃねーよ。くれっつってもくれねぇからいたずらしてんだろ」

今日はハロウィン。といってもイタリアではそこまで普及していないこのお祭りは少し外れにあるここ近辺の町ではその存在さえ忘れられていた。フランスからくる彼もきっとハロウィンを祝う習慣はなかっただろう。でもせっかくはるばるやって来てくれるんだ。少しでも喜ばせてあげたい。自分は暗殺者の身であって神を信じてなどいないしそこら辺の事情とも関係ない。ならばと思い自分も魔女の格好に扮してその時間まで準備をしていたのだ。

『どうかな、ハロウィンっぽい?よく分からなくて、飾りもこの辺じゃ売ってないからお手製なの。そこのお化けの切り絵とか……』
「大体お前いつからアイツと仲良いの」
『……はじめてよ、会うのは。だから歓迎の意味を込めてるのあの子まだ子供だしお菓子がたくさんあったら喜ぶかなって』
「ふーん。んで足細くもねーくせに短いスカート穿いてんの」
『ちょっとやめてよ!』

スカートの裾に伸びてきた手を払いのける。ベルはいつものようにふざけた笑いをしない。白い歯をちらりとも見せず、への字というより真一文字に口をきゅっと結んでいる。
不穏な空気が流れる。沈黙を破ったのはベルだった。



「アイツはお前の事なんて覚えてないんだぜ」
『あぁ、チーズの角に頭をぶつけちゃったんだっけ』
「なんで会ったことねーやつのためにこんな準備してるわけ。今日だって正式にヴァリアーに移ってくるか幹部同士の話し合いがあるから来るだけで名前とは関係ねぇだろ」

無理して声を高くいていた名前、さっきまでの笑顔は一変して瞳に影が差す。

「何か思い出したり……つーか頭の中に入ってきたりしたんだろ」

ビンゴ、ベルが小さな声で呟く。誰が見ても明らかに名前の表情が変わった。

予知夢か現実か、幻か。あの日頭の中に流れ込んできた10年前の膨大な記憶は間違いなく未来で“起きた事実”だとスクアーロが言っていた。その中にあったのは決して戦いの記憶だけではない。先程から目を合わせようとしない名前はきっと同じものを見たのだろう。


「かえるの被り物した奴のことなんて全く知らねぇのに、そいつとそいつの隣で見たことない顔で笑ってる髪の伸びた名前が頭から離れないんだよなー」

カっと、名前の頬が紅色に染まった。涙を浮かべた瞳がじっとこちらを見るものだから言葉が詰まってしまう。悪いことは何も言っていないはずなのに自分責められている気分になった。フランの分のお菓子を食べるのももう飽きた。胃はムカムカするし口の中が甘ったるくて気持ちが悪い。それに飽きる前から気分はちっとも晴れなかった。

『そうだよ、私――10年後フランって子と付き合ってた。ちゃんと覚えてる。すごく幸せな感情がたくさん、信じられないほど流れてきて、だから準備してるの』
「……」
『私あの子に幸せにされてた。まだ会ったこともないのに、ハロウィンのお菓子で喜んじゃうような子供なのにね』
「ふーん、じゃあヨリ戻すのかよ」
『まさか……そんなんじゃ!』
「まぁオレには関係ねぇし…」
『なんでそんなこと言うの。だったら期待させるようなことしないで』
「勝手なこと…」
『……逃げないでよ』

自分より背の高いベルの胸倉を引き寄せた名前、2人の距離が縮まる。さすがのベルもこうなることは予想していなかったようで、押さえつけられた唇に信じられないといった様子で手を当てた。突然の出来事にぼんやり立っていることしかできないベルに対し名前の口は止まることを知らない。

「っきなりなにすンだよ!」
『ベルは知らないでしょ』
「は、」
『10年前のハロウィン……今日。私のこの格好を見たベルに返された反応で私がベルへの恋をあきらめたこと』
「ンなこと……」

知らねーよ。

声が掠れる。つまりパラレルワールドの過去の名前はオレのことが好きだったというわけか。もしかしたらあの世界だけじゃないかもしれない。他の世界ではすでに付き合っているのかも、もしくは出会いもしていなかった――そう考えると変な寒気が走った。
しかし自分が生きているのはこの世界。ただこの世界の自分達は他の世界とはイレギュラー。知らなくてよいことまで知ってしまっていた。なのになぜ……

『状況は違ったの、フランのためじゃなくて単に自分が楽しむためにこうしてハロウィンの飾りつけをしてた。ベルが知らないことなんて知ってる、だって10年後のベルも知らなかったみたいだから』
「なんでキスしたんだよ」
『この世界のベルは私のことが好き?』
「……好きだけど」
『そっか、そっか……』
ふにゃりと笑う名前を前に今度はベルが頬を染める。

『10年後の私、ベルが私のこと好きでいてくれてるの知ってたの。フランが教えてくれて。でもその時の私は10年も前に忘れたベルの思いをただ懐かしんでいただけだった』

それがどうしても悲しくて今同じことをしてみたのだという。もしもベルが昔と同じ反応をしてくれたら、そんな期待を抱きながら。その期待も裏切られることなくほっとしたのか恥ずかしがっているのか飾りつけを再開する。

「そんな飾りつけもうしなくていーだろ」
『でもフランが来ることには変わりないから』
「たった今彼氏になった男が目の前にいるのに元彼のために準備すんのかよ」
『別に元彼じゃ…むしろベルが初めて、だし』
「まぁ知ってるけど」

ししっと笑い振り向いた名前にフレンチキスを送る。
もうすぐにでも下からフランが来たという知らせが来るだろう。それまでの間でも、フランに会わせる前に自分のものであることを印づけたい。そんな一心で潰れてしまうくらいに抱きしめた。

「オレかっこ悪かったよなー」
『うん、意外と意気地なし』
「…カッチーン、どの口が聞いてんだよ」
『ベルの唇を奪った口ですー』
「ンなことこれから一生言えねぇようにしてやるから覚悟しろよ」



[END]

ちょっと女の子が強めのお話。ベルは不器用、10年後も結局自分の想いを伝えず今回もヒロインが踏み出さなかったらただ膨れていているしか出来なかったし…ちょっと情けない感じになってしまいました、あれ。

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