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「がばっとぶちゅーっといけばいいじゃない、名前ダメじゃないんでしょ?」
『んー相手によって違うけど、春歌ならたぶんいける。っていうか私がいかなきゃみたいな』
「じゃあしちゃいなよ、キスくらい。それとも手が出すのにそんなに躊躇しちゃうくらい可愛らしい女の子なわけ?」

本当その通りだ。私の新しく出来た彼女はとてつもなく可愛らしい女の子だった。
まさかあんたがそこらへんのノンケに落ち着くだなんて思ってなかった、そう言って目の前の友達は唇を尖らせてストローを吸う。
私だって思ってなかった。確かに女の子は好きだったけど、本来異性に恋をする女の子に対して積極的にアプローチ出来るほど、自分に自信はなかった。かっこいいルックスやスタイルを持っているわけじゃなかったし、特筆するほど可愛く女の子らしいわけでもない。
だから初めて仕事で春歌にあった時、とっても嫌な予感がしたんだ。凛とした声は何度も私の頭の中で再生され続けた。控えめな佇まいをしていながらも、芯を持っていて、弾けるような笑顔は直視し続けられないほど可愛らしく、カーディガンから伸びる腕は眩しくらいに白い。案の定、その後の私は彼女に翻弄され続けるんだけど、幸いなことに私が思いを告げると、春歌は私と正式にお付き合いすることをすんなりと受け入れてくれたのだった。

「ねぇ名前。それよりあの子紹介してよ、中性の子。同じ事務所なんでしょ?」
『美風藍のこと?無理無理、美風くんそういうタイプじゃないよ。紹介したい人がいるだなんて用事で話しかけづらい』
「えーいいじゃん」
『てかあんた、男もいけたの』
「顔が良ければなんでもいいのよ」

ついこの間まで別の子と付き合ってたくせにもうこれだ。思わず口から出かけた見境なし、という言葉はぐっと飲み込む。親しき中にも礼儀あり。
ノー天気な友人を余所に、私は小さくため息をついた。


****

「名前ちゃんおかえりなさい」
『ただいま、春歌』

ひらひらとしたピンク色のエプロンをし、軽く髪を束ねた私のパートナーが迎え入れてくれる。
ちょうど今日のお夕飯を作っている最中だったみたいで、キッチンからは炒めた玉ねぎのいいにおいがしていた。

『春歌、私が春歌を家に呼んでるのは家政婦としてじゃないよ。だから毎回食事作ってくれなくっていいのに』
「名前ちゃんはそんなこと気にしなくていいんです。それよりコート預かりますね」
『春歌、私の言うこと分かってないでしょ……』
「名前ちゃんに喜んでほしいんだよ」

あ、敬語じゃない。春歌のその言葉にきゅんっと胸の奥を掴まれたような感覚に陥る。言われるがままにコートは春歌の手に渡り、コート片手に春歌は嬉しそうに廊下を歩いていった。

“がばっとぶちゅーっと”、昼間話していた友達の声がふと蘇る。こっちは真剣に相談してるっていうのに、ほんっとノー天気な友人の言うことは全くあてにならない。だってそんなの出来るわけがない。春歌が笑顔でい続けてくれる限り、春歌には夢は見せ続けてあげたい。

「名前ちゃん、ぼんやりしてどうかしたんですか?」
『ううん、なんでもないよ』
「そうですか?」
『うん!それより今日のお夕飯なんだろう、楽しみだなぁ』

春歌の細い肩を抱いて明るいリビングへ戻る。クリーム色のカーテンが光を反射し、リビングを温かく包み込んでいる。元カノと一緒に買ったライトグリーンのカーテンは別れたその日に捨てた。代わりに買ったのがこのクリーム色のカーテンだった。
春歌が初めて部屋に来た時は驚いてたものだ。だって私は1ヶ月もカーテンのないこの部屋で平気で暮らしていたのだから。そんなんじゃだめだって、その週の日曜日にお店やさんまで引っ張られていったんだっけ。ただ一緒に打ち合わせをするためにうちに呼んだはずだったのに、とんだ初デートだ。予想もしていなかった初デート……思えば私から春歌にアプローチをかけたのは、告白をした時たった一度だった。告白以来、春歌をデートに誘うことはあったけれど、ただそれだけ。いつも大人しい春歌が私の手を取り引っ張ってくれていた。
あぁ、なんて意気地なし。でもどこまでも意気地なしな自分のことは、実は嫌いにはなれない。

「名前ちゃん」
『ん、どうかした?』
「悩んでることがあったら言ってください。私じゃ頼りないかもしれないですけど」
『大丈夫、悩んでるのは仕事のことだから。春歌がいてくれればそれで十分。ありがとうね春歌』

頭を撫でようと手を伸ばしかけると、春歌はその身を一歩後ろに引いた。いつもだったら笑顔を見せてくれる春歌がぷくっと頬を膨らませているのに気づく。
遠慮がちにどうかしたのかを聞いてみたが、春歌は何も答えない。

「名前ちゃん嘘ついてるよね」
『嘘なんて……』
「名前ちゃん口元が不自然だよ」

そう言うと春歌は私の口元を指先でつんと突いた。無理やり口角あげてるからほっぺも引きつってる、ということまで指摘される。観念しないわけにはいかない。春歌はこう見えても頑固だってことは、もうずっと前に知ったことだ。

『ねぇ春歌、もし目瞑ってっていったら……瞑ってくれる?』
「つぶりますよ、ほら」

なんでちょっとドヤ顔なんだろう。思っていたのとは違ったけれど得意げな春歌が可愛らしくて思わず髪をくしゃっと撫でると、春歌はくすぐったそうに身を捩った。
ふいに何かを思いついた様子の春歌が、少しだけ背伸びをして私の耳元に口を寄せる。名前ちゃん、つぶっただけで良いんですか?と、小さく囁いた春歌の言葉にピクッと自分の体が跳ねたのが分かった。あぁ、言わんこっちゃない。理性で隠しきれない自分の素直な部分に嫌気がさす。

『その続きも、していいの?』
「してください。名前ちゃんの準備ができるまで私待ってますから」
『そう言ってくれるのは嬉しいかな。でも……春歌が待ってくれるなら、また今度ね』
「名前ちゃんがそういうなら」
『ありがと』
「でももし名前ちゃんが我慢をしてるなら、それはやめてほしいです」

我慢、という単語に思わず言葉が詰まる。我慢してないわけじゃない。でも春歌が私に真摯に向き合ってくれているのに、それを答えないのは決して我慢しているからじゃない。

『だって、春歌きっと嫌いになるよ私のこと』
「ならないよ、だって私は名前ちゃんの彼女だもん」

臆病になってたのは私だけだったのかな。無意識に震える私の手に指を絡ませた春歌は、きゅっと私の手を握りしめる。手先を扱う仕事をしているはずなのに春歌の指先は驚くくらいに滑らかだった。そんなほんの僅かな気づきでも春歌のことが好きだと感じるんだから、私はただ苦笑する他ない。

春歌が目を閉じたのを合図に、私は春歌の唇に自分の唇をそっと近づけた。

[END]