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あっという間なことで、修学旅行も帰り道。行きと同じように列に並ぶ私達には、期待に満ち溢れた目の輝きや溌剌とした笑顔はもうないけれど、隣や前後の人たちと談笑する姿は疲労の中にどこか和やかな雰囲気を感じさせられた。

「お、名前発見。おつかれ」
『やだ、何そのおっさんみたいな挨拶』
「おっさんじゃねぇよ!それよりさ」

私のちょうど前に並んでいた前原がちょいちょいと小さく手招きする。いくら気の知れた仲とはいえこんなところで前原とこそこそ話なんて如何なものか。女の子になれた前原らしいな、なんて思わず眉をひそめる。
騒がしい構内で誰も私たちの会話なんて注目していないのに、訝しげな私をよそに前原はそっと耳打ちした。

「なぁ、これ言ったこと絶対秘密だぜ」
『なによ前原、もったいぶらないで早く言ってよ』
「ピリピリするなよな。これは元クラの時から仲が良いお前にだからやる情報だぞ」
『で、そのジョーホーって?』

いつまでも焦らし続ける前原は、私が不機嫌になることを楽しんでいる。また私のことふざけてバカにして、なんてそう悠長なことも言ってられない。
だってこんなところアイツに見られたら……。

「お前の彼氏、奥田さんみたいなのがタイプらしいぞ」
『は、愛美ちゃん??』

前原のくれた情報。
それは私の彼氏、赤羽業が男子達のマル秘トークの中で同じクラスの奥田愛美が自分のタイプだとみんなの前で発表していたーーというものだった。


****

「名前、帰ろ」

前原のおかげで帰りの新幹線は一睡もできなかった。
2時間ぐっすりと眠ったクラスメイトたちはすっかり元気を取り戻したのか、もう旅の思い出話に花を咲かせている。元気を取り戻したのはカルマーー私を悩ませる1番の原因ーーも同様で、カラッとした顔で私を迎えにきた。

「何、元気ないじゃん。名前はしゃぎすぎたんじゃないの」
『私はか弱いのよ』

ちらっと頭をよぎる愛美ちゃんの顔を慌てて追い出す。決して今のは愛美ちゃんを意識して言ったわけじゃない。それにあの子、芯は強そうだし“か弱い”で表現されるタマではないはずだ、うんうん。
とはいえ、私に比べたら何十倍だって女の子らしい。その揺るぎない事実が私の前に立ち塞がっているからこそこんなにも悩んでいるのだ。
しかし、黙って1人で悩み込める私じゃない。

『カルマって愛美ちゃんみたいなのがタイプなんだってね』
「……なにそれ」

バカみたいに素直な自分は嫌いじゃないけれど、口にした途端すぐに後悔の念に駆られた。なぜかって、今の今まで能天気な顔をしてたカルマの表情が一変して怒った顔になったから。

『なにって、あるところから情報が入ってきたのよ。カルマが愛美ちゃんがタイプだって言ってたっていう』
「それをわざわざお前にいうの?」

くだらないと私の言うことを無視する。バカじゃねーのと笑い飛ばす。そのどちらかだと思ったのに、目の前にいるカルマはとても怒っている。

「前原だろ」
『う……』
「ビンゴ。っていうかさ、俺等のこと知ってる男ってだけでかなり条件絞られるんだけど」

名前って真性のバカ?
からかいでは決してない、手を腰に当てたカルマが冷たくて意地悪な笑みを浮かべる。
けれど、業の探偵ごっこなんて私にとって、今は問題ではない。それよりも、なんで愛美ちゃんが出てきたのか、だ。
怒ったカルマを前にここまで強気でいられる私も私だと思う。
確かに私とカルマの関係はE組のみんなには隠している。2人の関係のせいで暗殺に支障をきたすのも、クラスをカップルモードにして暗殺に対する集中力を奪うのも、それからあのゴシップ大好きなタコ先生をいい気にさせるのも避けたかったから。最後のはカルマの主張なんだけど。

「んで。気にして寝られなかったんだ、帰りの電車」
『別に!それとこれとは別だし、そもそも気にしてないし』
「っていうか理由までちゃんと聞いたの?」
『理由?そんなの……』

そんなのなんだっけ。大人しいとか頭が良いとか素直だ、とか。愛美ちゃんの一生懸命さは私には足りてないものだと思うし。
むしろなんでカルマは私と付き合ってくれてるんだっけ?

「俺の悪戯に磨きがかかるから」
『え?』
「彼女の怪しい薬使ったらいろいろおもしろいこと出来そうじゃん?」
『それ、だけ?』
「うん」

しれっと答えるカルマに思わず力が抜けた。
そんな私を知ってか知らずか、さっきとは打って変わってカルマは楽しそうだ。

「嫉妬?可愛いじゃん、どこでそんなこと覚えてきたの名前」
『嫉妬じゃない』
「嫉妬だね」
『ちがう』
「いや嫉妬だろ」
『うっさい』
「名前可愛いからキスしてあげよっか」
『だからうっ……んっ、ふ』

突然キスしてくるから変なとこから息漏れた。恥ずかしい。私が愛美ちゃんに嫉妬したと分かった上、突然のキスに恥ずかしがる私を見て、カルマはさらに上機嫌だ。
自分の方が嫉妬深いくせに。私が前原と話してるだけで、次の休み時間ずっと離してくれないくせに。と心の中で言い返したところでカルマは痛くも痒くもないだろう。だからってカルマを妬かせようと思う程、怖いもの知らずでもない。

『別に、無理してみんなに隠さなくてもいいんだよ』
「名前、どうしても他の人の名前出してほしくないんだ」
『そっそういう意味じゃ……なくもないけど』
「名前、手繋いで帰ろ」

すっと目の前に手が差し出される。夕日をバックにしたカルマの髪が、いつもよりも真っ赤に見えて眩しい。いつもだったら、そんなことは絶対にしない。帰り道とていつ同級生に、それなから殺せんせーに見られてるか分からないから。
けれどカルマと同じように、私も何の躊躇もなく手を出し返した。
楽しかったけど、少し寂しかった修学旅行。
いつもより強く握り合って、夕日に照らされたオレンジ色の道を歩いた。


[END]