もともと私はノンケになんか恋したくなかったんだ。ノンケに恋をして成就する確率なんてほんの数パーセント。叶ったって男にアプローチをかけられればすぐに乗り換えられるし、相手に世間的な婚期が訪れれば夢から醒めたように、そう今までの幸せが嘘だったかのようにレズビアンの世界から足を洗うなんて話は耳が痛いほど聞いた。そんな儚い幸せを追うくらいだったらビアン同士で相手を探したほうが何千倍も幸せ。 それなのにレズビアンの神様はそんな私を許さなかったようで、私はこれから3ヶ月も、彼女に振り回されることになる。
「はーるか!」
春歌、と呼ばれた私の思い女は友達の友千香の呼び掛けに笑顔で振り返っていた。あの2人も大概仲が良いよな、もしかしたらあそこでデキているのかもしれない……なぁんて根拠のない想像をしながら友千香に嫉妬をする。でも2人がデキていた方がまだ私にも勝機があるってものだ。 春歌は男の子が好き、私は女の子が好き。私は女の子の春歌が好きだけど、私は女の子だから春歌に好きになってはもらえない。
いやだ、そんなのってない。 だから私は嫌だったんだ。
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「名前、先帰るよ?」 『あ、うん。窓とか冷房は見ておくから大丈夫』 「あんまり無理しちゃダメだよ。テストも近いんだからさ」 『ありがと、音也こそ部屋に帰ってもギターばっかり触ってちゃだめだよ』 「げ、もしかしてトキヤに聞いた?」
どうやら図星だったようで、教室を出ようとしていたところで立ち止まった音也は居心地悪そうに目を泳がせる。トキヤからは昨日注意を受けたばかりらしい。 クラスが同じになり、偶然にも席が隣になった一十木音也とは、この学校に入ってからなにかと助け合って生きている。もともと恋愛禁止のこの学校だが、それを割り切った強い“友達の関係”を早々に築いた私と音也は正式なパートナーではないが相性の合ういい関係だ。次々とやってくる課題やテストに対し力を合わせて共に乗り越えている。 図星を指摘された音也は、ははは〜…、と空笑をし、手を振りながらドアの奥へ消えていった。
音也も本当はライバル。 向こうはそんなこと毛ほども思っていないだろう。異性間でライバル、っていう響きがなんだか可笑しくて1人で声を抑えて笑う。 バカやってないで早くプリントを進めなければ私だって部屋に帰れない。手元に目を移すと、他の紙に紛れてきれいではないけど丁寧な“一十木音也”の文字があった。
夜になったらお互い別の寮に入ってしまうし、明日ではきっと音也が困る。それならばまだ走って追いかけたほうが早い。そう思って走ったのは正解でもあったけど、私にとっては間違いでもあった。
『待って、音也!わすれも……』
遠くからでもわかる鈴のような春歌の声、それから先ほどまで共にいた男の声。向けられた笑顔もその男へのものだった。 あぁ、これが“普通の構図”なんだ。 見つかってはいけない。そんな気がして直ぐに柱の陰に隠れたはずだったのに、罪なきお姫様は無邪気な声で私の名前を呼ぶ。 仕方なく正体を現し、片手でひらひらと音也のプリントを持ち上げると、音也は笑顔だった顔をみるみる青ざめさせた。
「ほんっとうにごめん」 『私こそプリント広げてたから、ごめんね。間に合ってよかった』
今すぐにでもこの場を去ってしまいたいのになかなかそうはさせてもらえない。 ちらっと春歌の方を見るとにこりと笑いかけられるものだから、ぎこちなく笑顔を返した。
「名前ちゃんって」 『へ』 「あんまり話したことなかったけど、すっごく努力家で頭が良くて親切なんだって。今音也くんに聞いてたの」 『あ、そう、なんだ』
ちらっと音也を見ると照れ臭そうに頭を掻いた。 そんなこと春歌に言って、音也自身が勘違いされちゃったらどうするのかこっちが心配になる。 改めて春歌の方を向く。今私が向き合わなければならないのはこの子だ。じっと目を見つめてみるが春歌は全く視線を逸らさなかった。こんなに至近距離で顔を合わせたのははじめてだ。
『ありがとう。あのね』 「うん、なんでしょう」 『私も春歌……ちゃん、と。もっと話してみたかったから、今度一緒にお茶でもしたいな』
……なんて。と、はぐらかしたような言葉を言う先に春歌の目が輝いた。 春歌にとっては初めての友達とのデート。私にとっては片思いしていた子との初めてのデート。抱える思いは違えども、1%でも2%でも彼女に近づければいい。純粋に喜ぶ彼女の傍、居てもたってもいられない私はプリントなんて放り出しで今すぐにでも彼女を連れ出してしまいたかった。しかしそれと同時に、絶対に成功させなければ、嫌われることがないようにしなければという焦りも生まれ始める。 私と彼女の間には既にそんなギャップが存在している。
それでも愚かな私は、純粋に喜んでしまうのだ。
盲目的な私に幸あれ
[END]
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