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「あれー?名前ちゃんじゃーん。ひっさしぶりー!」
『矢吹……』

1人でかき氷を頬張っていたところを矢吹に見られた。しかもそのまま通り過ぎてくれればいいものをちゃっかり相席して、あろうことか一口よこせと抜かしやがった。

『お兄さんテストは終わったんですか』
「うん、今日でね。名前ちゃんは早めの夏休み満喫してるところだった?」
『うん、さっきまでは』
「なんだそっかぁ、いいなぁ大学生大学生してて。俺なんか勉強で忙しくってさ、たまにサッカーで息抜きしてるよ」
『矢吹だって三銃士だか西遊記だかって呼ばれて大学生大学生してると思うけどな』

青南高校元サッカー部の3人組、矢吹と木村と斉木は、学部は違うみたいだけど大学でも仲良くやっているみたいで、3人の噂は同じ大学に入った私の元にもしっかりやってくる。いや、よく耳にするなんてもんじゃない。
学内を歩けば自然と目を引く存在だからよく見かけるし、かっこいい新入生が入ってきたと新歓期はあちこちのサークルから引っ張りだこだったようだ。
特に矢吹の周りにはいつも人だかりができている。矢吹はさっき“久しぶり”に感じたかもしれないけど、私にとってみれば久しぶりでもなんでもなかった。

「ねぇねぇ名前ちゃん」
『ん?』
「もう一口ちょうだい」
『えー……』
「“えー”って言いながらもくれる名前ちゃんダイスキ。どうせならオレの口にそのまま放り込んでくれたらいいのにな」
『ばっっっかじゃないの』

高校の時からどんな服も自分のものにしちゃうタイプだったけど、大学に入ってさらにかっこよくなった。
かき氷に目を向けながらちらちらと矢吹を盗み見る。
日当たりの良いベランダ席に座る矢吹はどこかのモデルさんみたいだった。もともと色素の薄い瞳はきらきらと光っている。

「でもショックだなぁ」
『なにが?』
「名前ちゃん慣れてるみたいでさ」

これ以上矢吹に食べられまいと慌てて詰め込んだかき氷が頭にキンときて聞き間違えたのかもしれない。
あの矢吹に?私が慣れてるって?
そんなの……

『ちょっと待ってよ!そんなの心外すぎる!』
「え、あ、ごめん……」
『だってどう考えても矢吹の方が慣れてるじゃない』
「俺が慣れてることは否定しないけどさ。んーなんか名前ちゃんがそんな簡単に間接キス許す子だと思わなくて」
『そ……それは』
「まぁ大学生にもなって間接キスなんて気にしないっかー」

矢吹がケラケラと笑う。
ううん、笑い事じゃないよ。それは誤解だもの。

『……したよ』
「ん、どうかしたの名前ちゃん。あっもしかして冷たいものいきなり詰め込んだからお腹冷やしちゃった?」
『違うの、気にしてたの』
「あっそうだったの?」
『でも矢吹が当たり前みたいにちょうだいって言うから……』
「オレのせいなんだ」
『矢吹のせいって言いたいんじゃなくて!あ、でも矢吹のせいなんだけど……』
「ははっ、どっちだよ」

たった40人クラスの同じ空間にいた時だって遠かった矢吹は大学に入ってさらに遠くなった。しかも相変わらず矢吹は人気者なんだもの。
同じ学校に行けるだなんて喜んでた昔の私に教えてあげたかった。

チャンスは永遠じゃないんだよ。憧れの人はどんどん遠くへ行っちゃうんだ、よって。

『ねぇ、矢吹……』
「オレのせい?それともオレ、だからなのかな」

ずるいんだ。やっぱり慣れてるのは矢吹の方じゃない。

『矢吹、だから』
「うん、よくできました。ご褒美あげよっか?」
『いっいらない!』
「そっかー、それは残念。他に言うことはある?」
『…ずっと矢吹が好きでした』

あぁ、嘘みたいだ。はにかんだ矢吹の笑顔がこんなに近くにあるなんて。
暑さで溶けてしまったブルーハイの青が太陽に反射してきらきらと光っていた。


[END]