『好き』
8月31日、夏休みはもう終わるというのに蝉はまだ鳴き止むことをしらない。 昼間のじりじりとした暑さをさらさらと流れる風が吹き飛ばすような心地のいい残暑の夕方。夕日に照らされオレンジ色に輝く川は君の隣で眺めると一層光って見えた。
『セミ、まだまだ鳴いてるね』
もう夏は終わるのに。無意識に皮肉った自分の言葉に顔をしかめる。そんな私は気にせず、ゆうたはのんびりと蝉の音に耳を傾けた。
「でも夏の終わりの蝉の鳴き声だよね」 『なにそれ?』 「真夏に鳴いてる蝉と種類が違うってこと、ほら聞いてみなよ」
確かに暑さを音に表したようなジリジリという鳴き声は聞こえてこない。それでも私にとってセミはセミで、もうすぐ終わる夏に取り残された可哀想な存在でしかないのだ。
8月31日、短くて長かった夏休みの最終日。私は君と付き合うことになった。 今年の夏は楽しかったね。すいかを食べた、そのまんま千鶴の家で花火をした。勉強もみんなでしたね、ちょっとだけだけど。帰り道になると千鶴が急に元気になって、あっついのにみんなでコンビニまで追いかけっこしたりして。 隣に座る君の白いTシャツの袖がこそばゆくて無意識に言葉が溢れ出す。全部楽しくて永遠に続くと信じたかった高校最後の夏の思い出。両手じゃおさまりきらなくて、2人の指を合わせて折っていったけどそれでもまだまだ足りなかった。 私が一人で映画に行った帰り、偶然会ってお茶したこともあったよね。 ふと思い出したみたいに私がそれを口にすると、眩しそうに目を細めてゆうたが笑う。 私の大切な大切な思い出。
『あーあ、もっと早く告ってたらよかったかな』 「なんで?」 『だってゆうたと一緒の夏をもっと過ごしたかったもん』 「なにいってんの、僕たちまだ若いじゃない。これからだよ」 『うん、これから』
君と夏の最後の思い出 (まだまだ、これから)
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