『ねぇゆーきったらー』 「……うざい」 『なっなによいきなり』 「今忙しいんだけど…悠太に聞いてよ」 『悠太は今さっき外出てったじゃない。ただ喉乾いちゃったから冷蔵庫のジュース飲んでもいいかなって、それだけ!』 「わざわざ聞かないでくれるー」 『もう高校生だし人の家って自覚はあるの!』
尚もボーッとアニメージャに目を向け続ける祐希。そりゃ今さらすぎるくらい幼なじみしててこの二段ベットの(元)子供部屋にも何度きたかなんて数えきれないけど、客が勝手に人の家の扉、棚、冷蔵庫をばったんばったん開けていいものじゃないってくらいの常識ならわきまえるようになったのよ。
「オレンジの方飲んでよね、りんごはオレのだから」 『はいはい』
ってそれってきっとオレンジは悠太のってことだよね、勝手に飲んじゃっていいのかな…まぁ悠太なら一杯くらい飲んでも許してくれるはず。それよりその悠太の弟っていったら、遊びにきて一時間になるのにこっちには全く目もくれない。学校帰りに本屋に寄るのやめとけばよかったかな。 『祐希ー、それあとどれくらいで読み終わるのー』 「……」 『ねぇ祐希祐希祐希ゆう…』 「……」 『あれ、もしかして読み終わ…』
そう思った瞬間、残りどれくらいかなと覗きこんでいた顔面をがしっと手でつかまれて押し返された。いくら嫌でも女の子の顔面つかむってどうなのよ。私は千鶴じゃないんだからね!
ムカついたから近くにあったクッションと祐希のお気に入りだったくまのぬいぐるみを両手にもって祐希をばしばしと叩いてみた。1回、2回3回4か…4回目で祐希はやっと顔をあげる。意外にあっさり私が勝ったなんてにやけ、喜んでいられたのはつかの間、腕をガシッと掴まれてすぐに後悔した……私がしつこすぎて祐希怒ってる。
『な…なに』 「痛い」 『だって祐希ったら話しかけても聞いてくれないし無視するし、無視しないでって伝えてるのに分かってくれないし、ていうか今の私の方が痛いよ』 「何も分かってないのは名前でしょ」 『私が何を分かってないって…ちょっなに祐…』 「ねぇ名前…」 『ゆ…き…近いっ』 「正座して」 『…は、』
どんどん迫ってくる祐希の顔にドキドキしちゃった私がバカみたいじゃない、私のドキドキ返せ。耳元に口を寄せられていきなりはっきりとした声で"正座"なんて…祐希らしいっちゃ祐希らしいけど。 それより正座のせいで足がびりびりしてきた。
「大体ね、女の子がひとりで男の子の部屋に上がるなんていくら幼なじみでもいけないんです」 『さっきまで悠太いたもん』 「悠太も男の子です」 『っていうかさっきからその意味ありげな言い方やめてよね』 「意味ありげなんじゃなくてあるから言ってんの、本当何も分かってないよね名前。もしオレがこんなにいい子じゃなかったら今頃名前はオレに食べられてるかもよ?」 『たたたべられ…っ』 「名前真っ赤」
いつものポーカーフェイスなのに相変わらずバカにするような口ぶりの祐希。からかわれているとはわかっていてもますます私の顔が赤くなる。恥ずかしくて暑くなった首元を押さえていると祐希がまたとんでもないことを言い出した。
「ねぇ名前、キスしてみたくない?」 『……あのもう一回』 「だからキス『なんでそうなるの』 「名前したことなさそうだから」 『ゆっ祐希こそ女の子苦手なくせに、キスなんてしたことないでしょ』 「残念でした、名前には言ってなかったんたけど幼稚園の時同じクラスだった遥香ちゃんにちゅーされたことあるんだよね」 『なにそれ嘘でしょ!』
なんか祐希においていかれた気分。 幼稚園の時の話ってことはもちろんわかってるんだけど…それに祐希がこんな性格の癖にどこへいってももてもてだってこともわかってるんだけど…悔しい。それでもやっぱり驚いて祐希の顔をガン見しているとほっぺにそっと手を添えられて祐希の顔がまた近づいてきた。 まさか、本当なんて…目の前にある唇が近づいてくる。動かそうと思えば動かせるはずなのに体は固まったまま、呼吸さえ止まるかと思うくらいだった。
「どう?」 『…あっという間』 「あら積極的、もっとしたい?」 『そういうんじゃないってば!ただなんか…何て言うのかよくわからないんだけどほら…』 「名前…あのさ」 「ただいまー」
ビクッと体が跳ねる。祐希も少しは驚いたようで声が聞こえた瞬間私から手を離した。
「名前驚きすぎなんじゃないの…」 『祐希こそ柄にもなく冷や汗かいてるけど』 「2人でなにやってんの」 『あ…えっと…』 「悠太、名前うるさいからどっか置いてきて」 『んな!』
油断してると食べちゃうぞ (ここまできたらさすがに平常心じゃいられない)
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