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「嫌なの?嫌、ではないの?」
『嫌ではない、です』
「ほらじゃあこっち向いて。角度はこう、動かないで。目は君の好きにしたらいいけど……閉じてた方がいいんじゃないの?」

藍ちゃんの整った美形が迫ってくる。
藍ちゃんの目は閉じられてる。
ふわっと吐息がかかる位置まできて、私は閉じていた口をさらにきつくしめ息を止める。

『やっぱり無理』

両手で押さえられていた動かせない顔の代わりに自由だった両手で藍ちゃんの顔を押し上げた。

「あのさぁナマエ」
『……ごめん藍ちゃん』

ちょっと呆れた様子の藍ちゃんは立ち上がって私のカバンから紅茶のペットボトルを出して渡してくれた。それを受け取りカラカラになった口に含む。
こくんと紅茶が喉を通ったのを確認すると、藍ちゃんは私の手からペットボトルを奪い、同じように口をつけ紅茶を流し込んだ。
藍ちゃんには水分補給は必要ないくせに。これ見よがしに紅茶を飲んでみせると、藍ちゃんは真面目な顔で私に説いた。

「キスって行為は確かに人間には無意味な行為だよね」
『は……い?』
「それをしないからってヒトは死なないでしょ。それにしなくて絶滅するわけでもない」

ちょっとちょっと待って。そりゃキスをしないだけで人類が絶滅したらたまったもんじゃないけど、それってキスを拒んだ人に対していう言葉じゃないよね!
それにそんなに深く考えたことないよ私!せいぜい自分のファーストキスはいつになるのかなとか息ってどうすればいいのかなとか、藍ちゃんの考えてることとは比べ物にならないくらいちっちゃい悩みだよ!
置いてかれっぱなしの私を他所に藍ちゃんは口を休めることなく喋り続ける。

「なのに人間ってキスをしたがる。恋愛映画では決まってキスシーンが入るし、少女漫画も同様。SEXは繁殖という点で生物の本能だから人間がしたがるのは分かるんだ。でもキスは簡単なものだとただ口と口が触れるだけの行為でしょ」
『あああ、あいちゃ……』
「ヒトにそれぞれ性癖があることは知ってる。じゃあヒトはみんな口が……?っていうかナマエはその大半に含まれてないの。ボクがしてみたいっていうから仕方なく向き合った結果拒んじゃうの?」
『違うの、あのね』
「もしかしてナマエも人間じゃないの?」
『……ほぁ……え?』
「ちょっと、ブラックジョークだよ。ここはちゃんと反応してよ」
『いや通じないって藍ちゃんがブラックジョークとか!』

きっと藍ちゃんはこのジョークを披露するタイミングをずっと伺っていたんだろうな、じゃなくて。
さっきみたいに難しい顔でぶっ飛んだこと言いながら悩みこまれるのも困るけど、そんな眉を下げて見つめられても困る。

「……何、さっきからこっちをちらちら見て。キス、する気になった?」
『なんか藍ちゃんが……』
「ボクが?」
『困ってる顔ってめずらしいなー、なんて』
「ねぇ、喧嘩売ってるの?」
『いひゃい!はらして!』

極限まであひるにされた唇にそのまま吸い付いてやろうか。
っていう藍ちゃんの心の声が聞こえた、気がした。
藍ちゃんの期待を次々と裏切り続ける私も悪いけど、一番問題なのは突然“今からキスするよ”なんて言い始めた藍ちゃんだ。正直私の頭の中は藍ちゃんとキスするドキドキ、なぜ藍ちゃんが突然私とキスしようと思ったのかっていう疑問が頭いっぱいに支配している。

「ボクはいつもナマエのことで悩まされてばかりだよ」

キス、するよ?

囁きが耳を通って混乱した脳に到達するその前に、藍ちゃんの唇が触れた。
唇を離したときにちぅっと音がしたことが恥ずかしくて2人で顔を真っ赤にさせた。

『きす、した』
「始めから黙ってこうしておけばよかった」
『(藍ちゃんも照れてるくせに)』
「ボクはナマエの喜ぶ顔が見たいだけなんだ。正直ボクにはキスの良さなんて分からないし。でもキスすればナマエは嬉しいだろうって聞いたから……いや、分からなかった。かな」

ねぇナマエはどうだった?


全部キミのせい
(……もいちど、する)
(うん、素直でイイ子)


[END]

【このあと滅茶苦茶キス魔になった】
(ヒロイン談)

藍ちゃんに変なこと教えた犯人は愛の伝道師レン