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明日から名前は大学生になる。

「今日は早く寝ろよ」
『分かってるってば。大丈夫だよ、自分の入学式だもん。居眠りしたりしない』

へらっと笑う彼女の横髪を掴むと名前はくすぐったそうにして軽くあしらった。オレの手から残った名前の髪がぱらぱらと零れ落ちる。
つむじのてっぺんまで見ることの出来る名前の頭には電灯に反射して白い輪ができていた。

「ちょっと前の自分の卒業式では爆睡してたくせに」
『うっうわ……見てたの』
「当たり前。あんな暇な式、他に何しろっていうんだよ。名前のこと後ろからずっと観察してた」
『うわ、シンきもい』
「きもいとか言うな」

深夜の住宅街でけたけたと声を響かせる名前。
顔は全く見えなかったけどすぐ目の前の彼女が笑顔なのだと声で感じるだけで愛おしくて、さらに触れたくなった。
しかし誰も見ていないとはいえ仮にも名前の家の玄関先、片手で名前の頬を包み込む以上は脳に無理矢理ストップをかける。

『シンは、明日はまだ休み?』
「うん、つっても講習はあるけど」
『そっかそっか、いいなーなんて言おうとしたけど受験生は大変だもんね』
「……ねぇ名前。いいワケ?ここお前ん家の前なんだけど」

背伸びをしながらよしよしと頭を撫でる名前の手首を掴み無理矢理剥がす。
“人の気も知らず”、“無意識”のコンボで余計にたちが悪い。
寄りかかって手を伸ばすもんだからしっかりと当たる名前の胸に鼻孔をくすぐる甘い香り。視線の距離は7センチ。目の前にある額にそっと口付けると名前は恥ずかしそうに首を傾けた。

「……ひとりで大学行かせるの、お前が思ってる以上にオレすっげー心配なんだけど」
『大丈夫だよ。トーマも一緒だし』
「それもかなり不安要素だろ」

大人ぶって兄貴ぶって、本人も気づかないくらい未だに見えないところで張り合ってくる奴のことなんてどう信じろっていうのだ。

『トーマに嫉妬なんてイマサラだよ、シン。それに私みたいな変な奴好きになるのなんてオレくらいだって言ってくれたじゃない。本当その通り、寄ってくる男の子もいないってば、安心してよ』
「あぁ……そっか、まぁ安心した」
『え、本当にしたの!なんかそれって酷い!』
「バカ、嘘だっつの。お前人の言うことそのまんまで受け取りすぎ」

シンが嘘つきなんだよ。
さすがに途中まで出かけた“トーマも良く言ってるもん”という一文は飲みこみ、まつ毛の下から黒い瞳をのぞかせた。

不思議だった。いつでも笑顔を絶やさない名前が。きっと名前は大学に入っても変わらず笑顔で世界の色を輝かせるのだろう。広がる名前のコミュニティーに入った奴等がみんなその名前の空気に触れるのだ。
ここで歯を食い縛らせることしかできないのが情けない。オレは明日からもくたびれた服に腕を通し、変わらない席に座り、同じ角度で黒板に首を向けるんだ。
今以上に視線の届かないところに名前が行ってしまう。
やっぱり意地悪でも名前を繋ぎとめることを言った方がいいのか?
いや、餓鬼すぎだろ……。今こそ笑ってるけど、名前だってただでさえ傷つきやすいんだ。

「その言葉はお前自身が使うんじゃなくてオレが使うから意味があるんだろ」
『意味なんてただ失礼ってだけじゃない……』
「オレだけが言っていいんだよ。だからそんなこというな」

やわらかく包み込むように手を回すとコツンと名前が胸元に頭を預けた。

『シン怒るかもしれないけど』
「なに」
『シン心配そうな顔してるんだもん。私は本当に大丈夫なのに』
「大丈夫だったらさ、」

名前が可愛い。
名前が可愛くて愛おしくて離したくない。どこにも行かないで欲しい。少ない時間ももっと共有したかった。
置いていかないでほしい。
もどかしい。

もどかしいもどかしいもどかしい。
大丈夫だったら不安にさせないでよ。

噛み殺した言葉は胸の内に少しずつ積み上げられていく。
すべてを浄化させるようにオレは何をも忘れて名前の唇に噛みついた。


半透明の視界。手を握り合わせて
(結局オレはいつまでたっても餓鬼のまま)
[END]

思わず感情が爆発しちゃったシン。
なんで不安なシンの話なのにタイトルが握り合わせてなのかというと、女の子の方も不安でいっぱいだから。
シンが自分から離れてしまう、ってことは考えてないけどモテるシンだから彼女である女の子だって世界が離れてしまうことは不安でいっぱいなのです。+新しい生活への不安なんかも
だからお互い頑張ろうって意味でこのタイトルを付けましたーー
初アムネシア!