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『翔、寮ついたよー……翔?』

寮のすぐ目の前に車を止め助手席に軽く声をかける。気づけば時刻は12時を回り、もうすぐ針も最下へ辿り着く。
そうだよね、まだ17歳だもの。連日続く朝からの撮影で疲れてしまったんだろう。ぐっすりと隣で寝入っている翔を見てふっと顔が緩まった。私もこの時期はそうだったな。家に帰ってとりあえずメイクを落とす、ってことだけ先輩に強く言われてたんだっけ。肌のケアはアイドルの義務よ!って。あ、でも男の子はそんな心配ないか。

『翔ー翔すけー、先輩に送ってもらって車で寝るとは何事かー』

って、もちろん翔の耳に届いてるわけがない。
もともと中世的な顔立ちをしているせいか、翔の寝顔は人一倍も二倍も可愛かった。なんて実際に言ったら嫌がりそうだけど。かくんと首が横に傾き、金糸のような髪がぱらぱらと目蓋にかかる。

『はぁもう。翔のマスターコースのペアって誰だっけ……あぁ、藍か』

藍だったら確かこの時間にも起きてるはず。でもアドレス帳を開いたところで、不機嫌顔の藍が寮の入り口まで出てくるのが頭に浮かんですぐにケータイを閉じた。正直私、あの人苦手だ。それにできれば運んであげて欲しいって意味で人を呼びたいのに、藍ならどのみち翔をたたき起こしてしまうだろう。

『翔、起きないと風邪引いちゃうから……』
「ん゙……ん…」

一瞬眉を寄せたことに期待を抱くがすぐに幸せそうに口元を緩め、また一定の寝息をつき始める。目にかかった前髪にそっと触れ、目から避けると長い睫毛が現れる。


『翔、ねぇ……すきだよ』
「……」
『なーんて、ね!あっはっは……ふぅ。とりあえず明日も朝から仕事だったら大変だもんね。びっくりして起きるかと思ったけどそんなわけないかー』

静かな車内で私の情けない笑い声だけが響く。あーもう、恥ずかしいな。こんなセリフ何度も口にしてきたはずなのに、いざ本当に好きな人を前にするとこんなに居ても立っても居られない。しかも相手は眠っているのに。

『そ、そーだ。起こす前に寝顔を撮って那月にでも送っとこっかなー、なんちゃって……』
「それは待て!」
『……え』
「あ、あの……おはよう、名前」


****


「寝てるフリしてたわけじゃないんだ……いや、してたんだけどよ。なんか前髪が不自然に動くから」
『ごっごめん、勝手に触って』
「いや!そういう意味じゃなくて……なんつーか俺も、悪い」

車内とはいえ2人きりの密室。こんなことがあってしまっては顔も合わせずらく、2人して面はゆい。今日はもうこれで、とすんなり別れられればいいのに。あぁ、きっと翔はさっきの言葉聞いてたんだろうな。分かりやすい翔だから、さっきから視線がこっちに向けられては逸らされる。翔の挙動不審がさらに私に口を開くタイミングを与えない。

「なっなぁ」
『はひっ、い……って、えと』
「俺後輩だし、名前から見たらガキだし。勘違いだったらすっげー恥ずかしいんだけどさ」

自分の気持ちに嘘をついてとぼける気は更々ない。ないけど情けないことに心の準備もできていない。真っ直ぐに私を見つめる翔の次の言葉を待つ。

「お前……名前さ、俺のこと好き、なの」

真っ直ぐな、あまりに一直線な言葉が心臓に突き刺さる。

『あーうんと。そうだよね』
「……」
『翔、あのね』

ブルーの瞳が誤魔化しを許さない。スポットを浴びてるわけでもない。むしろ暗い車内、翔の表情をようやく読める程度の明かりなのに。

『翔……すき、だよ』
「お、おう!」
『ってまって。おう!ってなに、おうって!』

きりっと眉を上げる翔。と思ったら首が取れちゃうんじゃないかってくらい顔を大きく横に逸らした。
悪かったよ、少し尖らせた唇から一言発せられる。

「起きるタイミング、逃した。しかもわざわざ名前にもう一度その……言ってもらった」
『私が悪いから。翔は気にしないで、ほんとに』
「悪くねぇだろ。嬉しかったんだ……なんて言ったらお前、引くか?俺も、俺も名前のこと好きだ」

嘘じゃねぇぞ、と翔が慌てて付け足す。別に嘘だなんて思ってないのに。


もっと、もっと話していたいけど明日も仕事。仕事、という言葉に少し引っ掛かりを感じつつも刻々と時間は過ぎていた。早く翔をおろして駐車場に車を置いてこなければならない。疲れて寝ていた翔を早く寮に返さなきゃ送ってきた意味がないのに。窓から漏れていた部屋の光が1つ、また1つと消え始める。さっきから横を通って帰宅する仲間もといライバルたちも次の日体調を崩さないためにと、いそいそと駆け込むように寮に吸い込まれていっていた。

『翔、そろそろ帰らなきゃ。明日の予定は大丈夫?』
「んー、明日は10時からだから大丈夫。んでももうこんな時間か。今はお前といられんのが嬉しいし。……あ、やっべ、聖川に予定のメール入れろって言われてんだった。これはあとでやんなきゃな」

ニカっと笑ってみせる翔を見てなぜか胸がずきっと痛んだ。

『翔、私ね翔の邪魔はしたくないんだ』
「ん?いきなりなんだよ。今だって早く帰れるようにって俺のこと送ってくれてんじゃん。邪魔なんて」
『そうじゃなくて……翔ごめん』
「ん、なんで名前が謝るんだよ。悪いことなんて何もしてないだろ?」
『……あのね、寝てるって勘違いしてた私が悪いけど、やっぱさっきのなしにしない?』
「なっ、無しってお前」
『私、今すっごい嬉しいはずなのに。ちょっと後悔そうで泣きそうだ』

一瞬目を見開いた翔。
膝に置いていた帽子を目深に被り、無言でシートベルトに手をかける。翔なりの了承だったのかもしれない。私はただ1つ1つの仕草を目で追った。
もしかしたら、明日から翔と普通にできないかもしれない。翔は笑顔であいさつに来てくれるのに私は目を合わせられないかもしれない。何かに期待してしまいそうだから。また間違いを犯してしまうかもしれないから。


「ん、じゃあさ。1つだけ俺の願い聞いてくんねぇか」
『……うん』
「こっから駐車場、5分くらいかかんだろ。こんな夜にお前1人で歩かせたくない。ついて行ってもいいか?」


浮雲を掴んでひとかじり


[END]

オチはご想像にお任せいたします。
結局帰り道にうまく話がまとまってつき合うもあり。
頑張って一人前になった翔ちゃんが告白しなおすなんて素敵ですね。予約しとくから!みたいな。
翔ちゃんはシートベルト外したあたりで自分の未熟さを自覚している、ので。
このままお互い初恋の人として終わっていくのも切ないけど好きです。

自信、なかったんだ。
名前はアイドルの先輩、俺とじゃファンの数だって比になんねぇ
俺なんか隣に立つこと自体
車だって俺が送っていけたら
でも俺、まだ車の免許さえ取れないんだぜ?笑っちゃうよな。

的なことを翔すけは考えております
入れようか迷ったシリーズ