「おれぁロッカーだ、だがロッカーでありアイドルでもある」 『だからファンの期待に答えなくちゃいけないね』
眉をきりりとあげ口を真一文字に結び、大きく首を縦に振る蘭丸。その姿がまるで幼い子供のようで。思わず可愛いと零しそうになったけどそんなことをいえば真剣な蘭丸に対して不謹慎。自分も蘭丸を真似てきゅっと口を結ぶ。
「でも思ってもいないことを言うのは苦手だ」 『しかも恋愛となればね』 「……そうだ」
蘭丸の2時間ドラマ出演が決まった。 主演ではないけど物語のキーマン、監督直々のお誘いだった。発表と同時にあちこちの雑誌に引っ張りだこにされるほどの作品の出演だ。期待に答えないわけにはいかない。そうじゃなくたって蘭丸は役に全てを注ぎ込むだろうけどーー彼にだって得意不得意があった。
不器用でぶっきらぼうだけど素直に思いを伝える梶佑都役。確かに蘭丸みたいな明らか恋愛ぶきっちょにバレバレな好意向けられたら愛おしさは感じるし、好きなんて言われようものなら視聴者の皆さんも大満足……だろうけど。 実際の蘭丸は言葉にするというよりは態度で思いが伝わってくることが多い。さりげないフォローだったり、いつでも心配かけさせないようにしてくれるところ。こっちが恥ずかしくなるくらい気づくと向けられている熱い視線。 そんなことを考えると、監督は本当に蘭丸を見てこの役を頼んだのか疑問に思う。確かに蘭丸なら演じ切れると見越してのお誘いだろうけど、蘭丸に女の子のハートを掴ませるセリフを言わせたかっただけなんじゃないか。もしかしたら主題歌に彼の曲を使いたかっただけなのかも、とさえ疑ってしまう。
「唇尖らせてどうかしたのか?」 『んー、いやー』 「んじゃあその顔やめろ、意味わかんねーから」
ぽすっと台本で頭をたたかれる。なによう。台本片手にきたからてっきり部屋で落ち着かなくて練習しにきたのかと思ったのに。蘭丸は一向に台本のページをめくろうとしない。かわりに蘭丸のために作ったサンドイッチが皿の上から消えてゆくばかり。
『蘭丸、お節介かもしれないけど練習しにきたんじゃ……』 「名前、」 『ん?』 「座らねぇのか?」 『蘭丸、今から集中するかと思って』
ん、と自分の横にくるように指示され慌てて立ち上がる。 お前の家なんだからお前が遠慮する必要なんてねぇ、そういいながら隣に座るなり抱き寄せられる肩。熱みを帯びた手の平の温度が服を通してじんわりと伝わってくる。
“お前のことが好きだ”
“俺の隣にいてほしい”
いいじゃない、率直で。台本に綴られた文字を横目で追うがこっ恥ずかしいセリフはなくどれもシンプル。愛の言葉も台本の上ではただの文字にすぎない。順にセリフを口に含む蘭丸の肩に寄りかかり、ぼんやりと記憶を呼び起こす。 そういえば蘭丸も口に出してくれる時は直球なことが多いな。このセリフひとつひとつ、普段蘭丸から言われて顔を赤くさせているのは他でもない私自身。 そう考えるとこの役はやっぱり蘭丸にぴったりなのかも。役者の恋愛観を知る由もない監督がこの役に蘭丸を選んだのだから、目利きだったのかもしれない。
「……お前のことが好きだ」 『は、いっいきなりなに…』 「あ?なーに言ってんだ、セリフだセリフ!」 『あ…あぁ……』
セリフだって言いつつ蘭丸だって顔赤くなってる。それにいきなり痛いくらいに肩握ってくるから驚いちゃったんじゃない。
「なぁ名前。役者の名前に……今生の、頼みがある」 『私に出来ることならなんでもするけど』 「台本合わせの相手になってくれ」 『あぁなんだ』
今生だなんていうから何かと思えば、せっかくのオフだからの気を遣ってくれたんだろうか。
『もちろんやるよ、私だっていつもしてもらってるじゃない』 「サンキュー。つっても名前にセリフは頼まねぇからここでーー」 『でも蘭丸。蘭丸って私のこと好きだから』 「あん?」
それがどうしたといった様子で蘭丸が目を細める。
『蘭丸が好きって言わなきゃいけない相手は相手の女優さんじゃない。素直な……私への気持ち言うのと本番で言うのとは違うでしょ。私で相手になる?』 「違わねぇよ」 『いや違うし、蘭丸思ってないこと言うのが苦手なんでしょ。だめじゃん』
だめじゃねぇ。ぼそっと呟いた蘭丸が肩をいっそう引き寄せる。蘭丸の上からの視線に首を動かそうとするけど肩と手に挟まれた顔はなかなか動かすことができない。
『まぁ蘭丸がいいならいいんだけど。この体勢じゃやりにくくない?』 「勘違いしてるみたいだから断っておくが」 『勘違い?』 「演技だろうとおれが名前以外のやつに好きだなんていうわけねぇだろうが」
最高の演技をするためには、最高のシチュエーションを頭に浮かべながらやるんだ。 俺の頭の中に浮かぶ最高の相手が名前以外にいるわけねぇだろ。 これは台詞じゃねぇ、俺の本気の言葉だ。
「本当に伝えたい相手に伝えられなくてなにが演技だ。情けねぇ話だが今日はとことん付き合ってもらうぜ」
何言ってんだ、おれが好きなのはお前ただ1人だ (って、どうした名前) (……やっぱり私、練習に最後まで付き合える自信ない) (なんだとっ!)
[END]
じつは蘭丸が恋愛ドラマに出ることで相手に嫉妬していた女の子。 なにかとずれているような天然ぽい蘭丸が好き。 |