松夢 | ナノ
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足して二で割って君とボク


小さい頃はそれはそれはご立派な夢を持っていた。
世界中で困っている子供達を助ける仕事がしたい。木を植えて緑を増やす仕事がしたい。困っている人がいたらすぐに手を差し伸べるような良い子供だったし、正義感がありすぎてよく友達と衝突なんかもした。あの頃の熱意は今どこへ行ってしまったんだろう。

今の私といえば目の前のこと以外考えられない。全てがどうでもいい。空いている時間に自分磨き?馬鹿じゃないの?休日は1日中布団に篭って平日の疲れを取るだけに存在するもの。そもそも職につけているだけで天才。生きる価値あり。だって私、先日からニートになっちゃったし。
きっと私の彼氏の兄弟は声を揃えてこういうだろう。

人生少しくらいこんな時間があったっていーじゃない!
さぁ、世間様に甘えて生きようではないか!



『はい!ニートにかんぱーい』
「ねぇ名前ちゃんボクのことなめてるでしょ」
『なめてないよぉ。せっかく仲間になったんだし優しく受け入れてよね』
「でもこれ6回目の乾杯なんだけど」

畳に直置きの赤ワインのボトル。ワイングラスなんて洒落たものはないからワインはいつも麦茶を飲んでいるガラスのコップで代用。コンビニで買える安酒は全然美味しくないけれどすぐに酔えるところが良い。
一人暮らしの部屋は引きはらっちゃったから、今日は彼氏のトド松に頼み込んで無人の時間を狙って松野家で飲ませてもらう事にした。いわゆるお家デート。トド松はそれはそれはもう、とてつもなく嫌がったけれど、私にもトド松にも贅沢できるようなお金がないんだから仕方がない。

『でもさ、なんだかんだトド松は奢ってくれてるよね。ニートなのに』
「だって彼女に払わせるなんてダサイでしょ。そのためにバイトしてるしね」
『あと他の女の子と遊ぶためね』
「なーに言ってんの、名前ちゃんと付き合ってからボク女の子と遊んでないよ?』
『この前ミキ達と飲んだの知ってるんだから』

ゲッと顔を真っ青にし、すかさずその場で土下座をするトド松。トド松は女の情報網というものを全く分かっていない。
とはいえもう過ぎた事、そんなに謝らなくてもいいんだよトド松。だって私は自信を持ってトド松の彼女です!って言えるような女の子じゃないし、ニートだし。
でもただ許すだけじゃ面白くないから、黙ってお酒がなみなみと注がれたコップを差し出す。私も大概だが、トド松ももうそろそろいい頃合いだろう。

「こんくらいー全然のてるんですけどーボクをなめるんじゃないよ名前ちゃんは!」

最後の一口を飲み干したと同時に発される言葉と喋り口調が全く合っていなかった。
女遊びだって、土下座をするくらい悪いと思うならやらなきゃいいのに。悪いと思ってないから悪びれもせずけろっとしてるんだろうけど。職は失うわ彼氏は女の子遊ぶわで、あーあー人生が嫌んなる全く!

「それれ、ろーしてニートに?」
『やだニートにも面接があるの!』
「んなもんあってたまるかー」
『っていっても辞めた理由なんて自分探し?未知なる未来への一歩を踏み出したくて?』
「兄さんたちみたいなこと、いわないでよね」

すっかり出来上がったトド松が、チェイサー代わりのレモンサワーを片手に不愉快そうに顔を顰める。

「まぁ何かあったらいってよ……ボクにも」
『ん?うん、まぁありがと』




「ボク、さ」
『ん?』
「実は公園で名前ちゃんが泣いてるの見たことあるんだよね」
『え……ちょっと嫌だー!そんなの心の中に秘めたままにしておいてよ』

大袈裟に反応して見せるが驚くこと勿れトンデモ前職、街中で泣いた日は数知れない。一度くらいトド松やその兄弟に見られていて当然だろう。
声かけるなり慰めるなりしてよ、なんて返そうかと思ったけど、実際に声をかけられたところできっと不甲斐ない自分に虚しくなるだけだっただろうし、今それを返してもトド松を困らせるだけだと思ったからやめた。
この話はこのまま笑い話で終わるのかと思いきや、さっきまで目を半目にさせていたトド松がじっと私の顔を見て話を続ける。

名前ちゃんが泣いてたのを見た週の週末さ、ちょうどデートの約束してたからボクどうしようって思ってたんだよね。名前ちゃんが落ち込んで現れたらどう励ませばいいか分からなかったし、かといって見なかったフリしたままでいるのも違う気がしてさ。会うまでに気の利いたメール一つ送ることもできなかったし。
そうしたら名前ちゃん、待ち合わせの場所にとびきりの笑顔でくるんだからびっくりしたんだ。

「名前ちゃん強いね。強いしたくさん頑張ってたんだね」
『私は……強くないし頑張ってないんだよ。だって逃げただけだもん』
「じゃあ強がりだよね。今だってきっとこの後どうやって生きていこうとか難しいことたくさん考えてるはずなのにずっと笑顔でいてさ」
『そんなことないよ、かんがえてない、ほんと』
「そんな名前ちゃんの強がり見てると、情けなくなるんだよね。ボクが頼りなくてごめんね」
『ねぇトド松、なんでそんなこというの』

違う、違うのに。今回の出来事は全て、私が弱くて頑張れなかったから引き起こったものでトド松は何も関係がない。
私はトド松のいる休日が楽しみでしかたなかった。たとえふらふらしていても、トド松が絶対に私の味方でいてくれることが私の心の支えだったし、上手くいかないことがあってもトド松と話せば忘れられた。
私の生き方が下手なだけで、トド松は……

「だから名前ちゃんは……大丈夫」
『私の話も聞いてよトド松』
「名前ひゃんの、いまは」
『あれ、トド松?』
「ひょっておけぬ……」

ぐらっと前に倒れてきたトド松を支えると、トド松は既に口を開け顔を真っ赤にして眠っている。
トド松は泣いている私を見て自分を情けないと思っていたことだけを告げ、結局私に何を伝えようとしてくれていたのか分からなかった。

『うーん、飲ませすぎた』

分からなかったけど、トド松なりに私のことを気にしてくれていたようだ。立場上、仕事のことには触れられなかったのだろうけど。
トド松は私のことを知っても、私が私を見失いかけても変わらず側にいてくれた。
そこにいてくれるだけでいいなんて耳障りのいいフレーズかもしれないけれど、私にとってその言葉は本物。
そばにいてくれてありがとう、小さく呟いた私は抱えたままのトド松の体をぎゅっと抱きしめた。


[END]

トド松の女遊び?あれは“女友達がたくさんいるボク”のステータスをキープしたいだけで、実際女の子に手出ししてないのは分かってるからだいじょーぶ。
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