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「ねぇ、キスしちゃダメ?」
『だめ』
「本当に?」
『だってライブ近いんだから』

言い終わると同時にごほごほ、っと可愛らしくもない咳をすると音也が心配そうに私の背中をさすってくれる。

4月の3週目、新生活への切り替わりでばたばたしていた周りにつられ一緒になってばたばたしていたら案の定体調を崩してしまった。たまたま仕事の予定がなかった音也がこうして家に来てくれなかったら、薬も熱さまシートもお米の一粒さえ残っていたか怪しいこの家で私は1人寂しく床に臥せっていただろう。
とりあえず休んで、と言われ目を瞑ったのが午前8時。薬の力でぐっすり眠った私が目を覚ました時にも、音也は変わらずベットの脇から私を見ていてくれていた。

『感謝してるよ。音也、ほんとに。ありがとう』
「何言ってんの、大事な彼女が弱ってる時に側にいてあげるのなんて当たり前じゃん」

おでこに乗せていた熱さまシートを剥がし少し濡らしたタオルで軽く額を拭ってくれる。
そんな音也の看病をじっと見ているとふと目が合い、まるで磁石に引き寄せられるように音也の顔が近づいてきた。

『でもやっぱりキスはだめ』
「う゛……」

寸前で音也の顔を押し留めると、眉を垂らした音也が唇を尖らせながら元の位置へ戻っていった。
胡座をかいて後ろに倒れそうなほど大きな伸びをした音也が独り言のように呟く。

「はーあ、俺ってだめだな。名前を前にすると抑えが効かなくなる。わがままになるの、良くないって分かってるんだけどさ」
『音也ってね、自分で思ってる以上にたぶん強情で我儘だよ』
「え、なにそれ傷つくんだけど……」
『けどね、好きだよ』

ふぅん、と音也は所在無さげに宙見つめる。

音也が初めてこの部屋に来てからもう2年も経った。あの頃はまだもう少し若くてがむしゃらに生きていて、2人して熱を出すことだってしょっちゅうで。
それが最近では1人で夕飯を取ることが当たり前になり、むしろテレビの中の音也と会ってる時間の方が多いのではないかと錯覚しそうになったこともある。

「俺我儘だから言うけど、ほんとは今すぐ名前に早くよくなりますようにってキスして、ぎゅって抱きしめて。俺の体温で名前のこと治してあげたいよ」
『気持ちだけもらう』
「言うと思った」
『だって音也には待ってる人がたくさんいるじゃない。私のせいでその人たちをがっかりさせちゃだめだよ』
「うん……じゃあおでこは?だめ?」
『やーー絶対やだ!!だってお風呂はいってないもん、顔洗ってないもん』
「それもだめなの?」
『だめだよ、本当は顔だって見せたくないくらいなんだから』

慌てて口元まで覆っていた掛け布団を更に上にあげて音也から目をそらす。
もう何度もすっぴんで酷い顔なんて見せたくせに、いざ意識して見られると思うと恥ずかしくてたまらない。そんな私の様子が余程おもしろかったのか、ずっと眉を垂らしていた音也がようやく笑う。

「名前、手かして」

手くらいならば、そう思っておずおずと差し出した手を音也は優しく握ってその甲に口付ける。

「……本当は名前がわるいんだ」
『え?』
「なんでもないっ。ほらもう寝たほうがいいよ、俺は大丈夫でも名前が俺のライブに来れなかったら意味がないでしょ」

ぽんぽんと掛け布団を叩き寝る体勢になるように促された。
手握ったままでいる?と尋ねる音也に私は黙って首を振った。音也の足元にはまだ数ページしか開かれていないであろう台本が置きっ放しになっている。

『音也』
「ん、なに?」
『ん』

ぽんっと自分の唇に乗せた右手の人差し指と中指でそのまま音也の唇に触れてみた。
もっと触れたいのに触れられない。もどかしい気持ちをもう一度抑え込むように布団を頭まで被り直す。なんの恥ずかし気もなくしてしまった一連の動作の記憶は朦朧としてきた頭の中に溶けていった。

「俺もずっと思ってたけど名前って自分が思ってる以上にずるいよ」
『ごめん』
「うん、許す」

次起きた時にも音也がいてくれますように。
本当は私はずるいよりも我儘なんだってことに音也はまだ気づいていない。


[END]

この音也一体いくつよってところまで考えてない。