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惚れたもん負け

「ごめん大地、排原。先に失礼するよ」

練習後の小ミーティングも終わり、疲れた後輩たちが次々と体育館を出る。そんな中、一番最後に出てきたスガだけは別だった。顔を洗い、すっきりと目覚めた朝のように一人笑顔を浮かべるスガは、俺と排原にこそっと耳打ちをして、みんなとは逆の方向へ走って行った。重いはずのカバンを肩にかけながらも軽快に走っていくその背中がスガの今の状態をありありと物語っている。

「アイツ、今日彼女待ってんのかー」
『当たり前でしょ。つき合って10日、一緒に帰らないわけないじゃない。だって今が一番楽しい時なんだから』

何を知ってお前はそう断言するんだ。隣の俺の冷めた目線を知ってか知らずか、当の本人はスガとその彼女について嬉々として語りだす。そういえばスガは排原にだけ相談していたんだっけな。そういうのって彼女は嫌がらないんだろうか。

流れる風に揺れるススキの音を感じながらただ1本の道を歩く。帰路だというのにその足は重く気怠い。新しい監督、烏養監督の練習にやりがいと確かな向上を実感しているのは確かだが、体が多少の悲鳴を上げていたのもまた確かだった。
気づけば柄にもなく叫びたくなる衝動。この衝動を抑える代わりに俺ができるのは、聞いているかのようにただ排原の話に生返事で返すことだけだった。

『スポーツもできて勉強もそこそこ、優しいし気配りも行き届くのに草食すぎない。あーあんな彼氏持って彼女は幸せだよねー』
「何、お前スガこと好きだったの?」
『違う違う、でもだってスガってタイプなんだもん』

なんだそれ。タイプと好きって違うのか。上手く排原の言っていることが呑み込めず、釈然としないでいると排原がにっこりと口角を上げて続ける。

『理想と現実のねじれってあるでしょ、DVなんかが起きちゃうのってこの定理。なんだかんだ愛が勝っちゃうんだけど理想はやっぱり優しい人、自分が物語のヒロインになれることを憧れちゃうじゃない。だから優しい人っていいなって、憧れるなぁ』

スガが秀でて優しいわけじゃないだろ。ノヤだって田中だって旭だって、バレー部のやつ等、形は違えどもみんな優しい。要はスガのあのいかにも好青年っぽいところが女の子にとってポイントが高いだけじゃないか。親友に毒を吐いているつもりではなかったが、一瞬でもそんなことを思った自分が恨めしい。改めて排原に向き直り、その声を遮るように声を重ねる。

「俺だって好きな子には優しいぞ」
『えー……それは嘘』
「っあ、おい、今鼻で笑っただろ」
『笑ってないよー』

理由をもったいぶるように排原が唇を尖らせる。

『だって、東峰に対して当たり強いじゃん。愛故でしょ、アレ』
「気持ち悪いこというなよ」

くすくすと抑えきれな笑いを覆った手の中で爆発させる#名字。ンな笑うことじゃないだろ。素直な気持ちで真横にトンとぶつかると、その方はオレが思っていた以上に柔らかく弱々しかった。排原は左に一歩、とんっと軽く足を踏み込む。

『やだ、ぶつかってこないでよ』
「変なこと言うからだろ」
『冗談じゃない、冗談。あーあ、私も優しい大地なんてもののお世話になりたかったなー』
「聞き捨てならないな。排原に優しいだろ、俺」
『たまーーーーにね』

んなとこわざわざ力む必要ないだろ。どうせ今日の夕飯なんだろーしか考えてないようなやつにそんなこと言われるのはムカつく。


「排原」
『何?』
「これあげるよ」
『……え?』

いったいどんな心境の変化だとでもいうように、いや、自分でもこれはどういった心境の変化なのか分からない。排原に差し出したのはさっきからずっとポケットの中で指先に触れていたもの。朝買ったお茶についていた、よく分からないけれど女の子の好きそうなキャラクターのキーホルダーだった。

『これって……』
「、ん?」
『大地の好きな子に対する優しさ?』
「排原が認めないからってだけだけどな。ま、まぁそんな……」
『……か、好きな子へのいじわる』
「んなっ」

絶句した、なんて失礼なやつなんだ。すぐにうそうそと笑いかけられるが、いくら排原とはいえそんな冗談には納得がいかない。

『高校生の女の子はあんまりこういうの喜ばないと思う』
「そーか」
『……怒った?』

当たり前だろという言葉を飲み込んでにっこりと笑ってみせる。
あぁ、俺?うん、全然怒ってないよ。怒ってたとしたって俺お前になにか出来ねぇし、それ分かってて言ってんの?
俺の気なんてこれっぽちも感じ取らない排原が夕陽でキーホルダーを照らしていたずらっぽく笑う。

『どっちにしても、これは澤村の愛として受け取ってもいいんでしょ?』

反論する暇もなく照れくさそうに頬を緩ませた排原が真っ直ぐな道をかけていく。照れ隠しだろうか、それでも排原には俺が意地を張っていたのがバレバレだったみたいだ。

オレンジ色に照らされたコンクリート。排原が走るたびに脇に生えたススキがさらさらと流れる。夕陽にも排原にも、所詮俺は助けられているのだ。直線の先にある夕陽を追い越す勢いで俺は排原の背中を追いかけた。


[END]