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昨日の敵は、今日の

寝ぼけ眼のまま食堂のパンのカートの前に来て唖然とした。そっかそっか、そういうものなんですね、食堂。どうやら私は食堂というものをなめくさっていたようです。

戦いはベルが鳴る前から既に始まっていたようだ。ベルが鳴っても机に突っ伏したまま。「球子今日お昼食堂だったよね、早くしないとお昼抜きになっちゃうよ」、と友達の好意に揺り起こされようやく立ち上がり、朦朧とする頭をなんとか働かせてのんびり降りてきた私にやるパンなどロールパンだけだと。
折角買うのならばもう少しリッチなやきそばパンだとか、買えればよかったんだけどなぁ。

「おや貴女くるのが遅いわよ〜、もうパンほとんど無くなっちゃったんだから」

カウンター奥からおばちゃんが親切に教えてくれる。けどまぁそれは目の前に広がっている光景そのまんまなんだよね。
わざわざ朝早く起きて母親に作ってもらったお弁当は机の上に忘れてしまった。今ごろ愛妻弁当と改称してお父さんの胃袋に収まっているだろう。

『メンチカツ挟んであるパンが食べたかったのになぁ』

大人気のメンチカツパン。ここのコロッケパンとメンチカツパンは4限の授業中に揚げた出来立てが挟んであると人気のパンだった。まさかそんな人気の一品が残ってるなんて淡い期待は抱かないが、がさごそと1つでもロールパン以外の物がないかとパンを物色する。
こんなに人気のないロールパンを入荷するなら他のものに変えてくれればいいのに……。

「メロンパン!!!!」
『ひっ……なに…』
「なぁ悪い!あれ取ってくれないか」
『あれって……あ、メロンパン』

猪突猛進のごとくカートの前まで走り込んできた男子がカートの奥を指差す。確かにまだ見ていないカートの奥にメロンパンが埋もれているのが見えた。
食堂中に響く彼の大声が私達に視線を集めたようだ。少し居心地の悪さを感じる。しかし声自体は不快というよりはむしろ澄みきっていて気持ちのいい声をしていた。

「ありがとな!ダチのためにコレ買ってかなきゃなんなくて困ってたんだ。」

授業終わってんのに誰も起こしてくれないんだぜ?
唇を尖らせた彼は屈託のない笑顔で感謝の言葉を告げる。
『私も、寝てたら出遅れちゃって』
「お前もか!奇遇だな…って、もしかしてパンこれしか残ってなかったのか?」
『ううん、私はロールパン食べるから大丈……あ、あれ?』

眉間にシワを寄せてきゅっとパンの袋を握り締める彼。見知らぬ女子生徒のパンの選択肢を奪うか友人の願いに忠実に従うかジレンマに陥っているみたい。
危うく身長で判断しかけたけどよくよく見ればどこかで見かけた顔である。もしかしたら同じ学年なのかもしれない。

『おばさん、これください』
「はいよー」
「あっおいちょっと待てよ。まだ買うか決めてないんだから……って無言で行くなよな!」
『もともとこれしか残ってないと思ってたんだし。友達に頼まれてるんでしょ?』

ここで譲り合ってるのもなんだ。むしろ颯爽と去っていく方がすんなり落ち着く。なーんて思って彼に背を向けるが、明らかに私に向けられた言葉に廊下に向けていた足を止めた。

「お前……いい奴だな!クラスは?」
『クラスは2年2組だけど』「おぉ、同い年なのか。にしてはでかいな……うん、分かった。ありがとうな、またな!!」


****

次の休み時間、彼は教室の後ろのドアから顔を覗かせた。

「おーい!!ロールパンナ!!」

ロールパンナ、でまさか私が気づくはずもない。

「あれ、ノヤじゃん。なんかこっち向いて手振ってるけど球子知り合い?」
『ノヤ?知らないけど……あ、嘘。メロンパンの人だ』

体に対しても小さな顔が視界に入ると彼は大きく手招きをした。
確かに最後の「またな!!」という台詞は気になっていたけど、まさかこんなに早く会うことになるとは。クラス替えで同じならない限りきっともう会うこともないとも思っていたくらいだったんだけど。

『メロンパンの人、どうかしたの?』
「ん、これ。昼のお礼」

手を出せと言われるから片方出すと、もう片方も出すよう視線で指示される。
それから自分のズボンのポケットを軽く叩き中身を確認すると、ばらばらと全て私の両手に乗せた。
今にもこぼれ落ちそうな大量のチョコを見て彼は満足気に笑う。

「お前名前は?」
『排原球子だけどこれ……』
「俺、クラス聞いといて名前聞くの忘れててよ。球子……か、いいな!似合ってる!」

何しろ突然の訪問だ。多少圧倒されつついたが顔が綻ぶ。しかしその反面これを受け取ってもいいのか。間に出された手をなかなか引っ込められずにいるとお礼だと言って彼はまた笑顔を輝かせた。

「俺は西谷夕!」

華奢なわりにがっちりとした腕。
純粋に褒めてくれたのも嬉しかった。初対面なのにこんなに親しみやいのはきっと彼の力なのだろう。

大きく開かれた手を差し出した彼が深く息を吸い込む。
そして大きく一言「よろしく!」と声を響かせた。


昨日の敵は、今日の

両手いっぱい、私の手がチョコレートで塞がっているのに気づいた西谷。
出しかけた手は引っ込めることなく肩にぽんと触れ、私達は顔を見合わせて笑った。


[END]