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庭先のクロッカス

『今日は孝支と話したくない』

本来の意味を含まない“笑顔”でさらっと告げる球子。お弁当の蓋を両サイド同時に閉め静かに立ち上がる。ぱちんと響いた音が耳から離れない。
なんで、どうして。言いたいことはたくさんあったのにどれ1つとして口から出てくることはなく、球子は校舎へと消えていった。否、口には出したのだが球子の耳に届く前に背中というバリアーに弾かれていた。


****

「どうしてなんだろう」

頭を抱え項垂れる俺の隣で大地が苦笑いする。

「お前みたいな奴がむしろどうやって彼女を怒らせてるんだよ」
「俺が聞きたいよ」

昼休み、球子は2組で俺が4組とクラスが違うため毎日同じ場所で昼をとっていた。いつも通り、約束のベンチについた時は普通だったと思う。
球子のお弁当はおせじ抜きに今日も美味しかったけど、普段と違って気づくところは特になかった。昨日の帰りに買ったという髪留めのことも褒めた。これじゃあ義務で言ったようだけどそんなことは全くない。なぜならどっから見ても球子は可愛いから、それこそ言葉じゃ足りないくらいに。俺の彼女には勿体ないくらい。自分でいうのもなんだけど愛情表現だって、不満にさせるようなことはしていない……たぶん。
今日はもう球子に会えないかもしれない。そう思うとさらに気分が沈んだ。
俺は部活があるし、球子は次が移動教室。怒っている球子の行動を下手に邪魔しようものならば更に球子の反感を買うだろう。

「なぁ部活前に排原さんと話してこいよ」
「球子と」
「このままじゃ練習にも身が入らないだろ?」
「大地お前っていいやつなんだな……」

持つべき物は友、半泣きになっている俺に大地はひとつ笑いかけ立ち上がった。これが大地のモテる秘訣なのかもしれない。


それから2時間、球子にかける言葉を探しながら授業の時間を過ごした。
所変わって放課後、外の渡り廊下で偶然球子を見つけた俺はすぐに球子にかけよった。球子はまだご立腹のよう。

『なんで孝支がここにいるの』
「なんでって、球子と話したくて」

あんなこと言われたままでいられるはずがない。しかし球子の表情が徐々に曇っていくのを見るとこれは失敗だったのかもしれないと気づかされる。

『今日部活でしょ、練習行って』
「わっちょっと…いきなりどうしたの……」
『ごめん、私が変なこと言ったのが悪いから。話もちゃんとするから謝るから』

後ろに周りこんだ球子がぐいぐいと背中を押してくる。
球子が分からない。次第に困惑を打ち破り球子のことが理解できない苛立ちが湧き出す、自分に対しても球子に対しても。自他ともに認める自分の穏和さも嘘のようだ。
自分よりひと回りもふた回りも小さな球子が、俺が踏ん張らなくてはならないくらい押してくるものだから、とうとうその手を取り強く抱き締めた。さすがに予想外だったようで力の抜けた体がそのまま預けられる。

「球子、理由話してくれるよね」
『言ったら孝支、絶対部活戻ってくれる?』
「約束する」

しきりに部活に行かせたがる球子に疑問を感じながら微笑み返す。だってそこにいた球子は全く怒っていなかったから。不安そうにしている姿は母性ならぬ男心をくすぐる。
子供をあやすように背中を2、3度軽く叩くと球子は安心したように胸板に頭をくっつけた。

『孝支がね、昨日辛そうだったってきよちゃんから聞いたの』
「昨日……」

昨日と言えば放課後は青城との試合だった。きよちゃんといえばうちのバレー部のマネージャーの清水潔子。

「もしかして昨日、俺が試合に出られなかったこと?」
『……そう』
「それなら仕方がなかったんだ。向こうの条件が後輩を出すことで、俺とポジションが被ってたから仕方なくて……」
『それも聞いた、聞いたし孝支自信も納得してベンチにいたって。でも辛そうだったって言ってた』

マネージャーらしくしっかりそんなところまで見ていたのか。清水の言っていたことは間違いではない。きっとベンチにいた俺は険しい顔をしていたんだろう。球子を慕っている清水は朝一番にそれを球子に伝えた。俺を気遣って報告してくれたのだ。

『仕方なくても私には孝支が一番だから孝支が気になるもん。そりゃそんなこと彼女にぺらぺら話す方がおかしいんだろうけど』
「まったく……球子がそんな悲しそうな顔してどうするの」
『孝支が悲しいと私も悲しい』

逆に、普段無口な清水が突然そんなことを言ってきたとなれば球子にとってそれは一大事。昼休みは俺の様子を疑って内心そわそわしていたのだろう。
気まずそうに俯く球子が愛しい。
さらっと下に流れる髪を耳にかけ直ししっかり目を見て口を開く。

「じゃあ俺も正直に話します。でも清水には悪いけど俺ショックではなかったよ」
『……』
「でも悔しかった。だって例え条件でも、仲間が頑張ってるのをベンチで見てることしか出来ないのは一番辛いから。それから焦った。このままだと烏野の正セッター取られちゃうかもって」

不安そうな表情の前髪をくしゃりと撫で付け続ける。

「でも絶対負けない。俺には球子っていう最強の応援があるから大丈夫」
『本当に?嫌だなって思わなかった?』
「思わないよ」
『ごめん……変なこと言って』
「ううん練習前にやる気もらえた。球子がいてくれると心強いよ、本当に。だから心配しないで、ね?」

もう一度、今度は優しくじゃなく強く抱き締める、これで仲直り。
もう少しこのままでいたい、そんな気持ちにと刻々と過ぎる時間。理性に打ち勝ったのか「約束守ってよ!」と必死に訴えて球子が腕を振りほどこうとするが気にしない。だって素直に嬉しかったから。

体育館から摩擦した靴の音が聞こえ始める。もう少し抱擁していたい、したって悪くないはず。でもこれも球子との約束だ。離れがたさを揉み消すように球子の額にそっと口づけた。


庭先のクロッカス


[END]

少しキャラ違だったら申し訳ないです。
でもこんな彼女が大好きなスガさんが好き。
というか彼女が大好きな優しいスガさんを書いたつもりだったんです。一応謝っておきます。