「友達がほしい」

ご飯の準備をしているレイジくんの背中に向かって、少し大きめのひとりごとをこぼす。
手際よく進めるレイジくんはこちらをチラッと見たあと、そんなに少ないか?と言った。

自分は友達は多い方では無い、と思う。いや、多くない。玉狛のみんなを友達、と表現するのであれば多いです!と自信を持って言えるのだけど。世間一般で言う「友達」として考えてみると、思いつくのは2.3人。少し盛って5人。
別に寂しいとかそんな理由では無い。このくらいの歳になるともう新しい友達を作る機会なんてものは全く無くて。でもやっぱり大学生なんだし、せっかくなら友達、知り合いは多い方が助かることもある。出席とか休んだ時のプリントとかノートとか。同じ講義を取っている人が少ないと、自力で何とかするしかないしそれも限界はあるし。そもそもが人見知りなので、先週休んじゃってー、見せて貰えますか?なんて話しかけられるわけも無いのだ。
こう考えると、大学生のうちはやっぱり友達や知り合いが多いに越したことはない。そう思う。

「じゃあレイジさんの知り合いでも紹介してもらえばいいじゃない」
「えっと…あのいつも飲みに行ってる人たち?」
「そうそう」

横でもぐもぐとお菓子を頬張っていた小南が突然そう言ってきた。レイジくんの友達?確かにレイジくんの友達も同い年のはずだから、自動的にわたしとも同い年という事になる。まあ急に年下とか年上とか紹介されるよりは楽なのかもしれない。同い年ってアドバンテージは結構でかい、と思う。初対面の人でもなんとなく同い年って分かった時ホッとする事がある。変に敬語を使ったりタメ口にするか悩むとかそういう心配も無いし。これはわたしの心配しすぎかもしれないけれど。

「えーじゃあ今度また飲み会するときあったらわたしも入れてよ」
「分かった。あいつらにも話しておこう」
「やった、よろしくー」

この時の自分をこれほどぶん殴りたいと思ったことはない。どうせこの話も流れるだろうし、レイジくんだって忘れてるでしょ、と能天気に考えていたこの時のわたしへ。気軽にこんな約束をするもんじゃない。なんで一番大事な事が頭から抜けていたんだろう。忘れてはいけない、わたしは人見知りだって言うことを。

あのわたしの友達がほしい発言から数週間経ったある日、いつものように小南とおしゃべりしながらお菓子を食べていた時のこと。ガチャン、と誰かが帰ってきた音がして誰かな?と思っているとそれはレイジくんだった。この時間に帰ってくるのめずらしいね?と尋ねると最後の講義が休講になったのだと言う。たまーにあるよね、でも最後のコマならラッキーじゃん、と笑いながら返すとレイジくんが何かを思い出したようにこう言った。

「明後日空いてるか?」
「明後日?確か何もなかったはずだけど…」
「じゃあ空けておいてくれ」
「え、なになに 怖いんだけど」
「前に言ってた諏訪達との飲み会だ。お前も来ていいか聞いたら良いとの事だったから」
「……は?」

レイジくん、本当にごめん。今の今までその話、忘れてました。自分からお願いしたくせに何なんだよって思われるかもしれないけどまさか本当にOKが出るなんて思わないじゃないですか。いや待って、レイジくんってそういう人だった。それを忘れて気軽にあんなお願いをした自分が悪い。自業自得。
横で小南がああ、こないだ話してたやつね?良かったじゃない、なんてわたしに言ってくる。

「…………小南も来る?」
「なんでよ、行かないわよ」
「そもそも居酒屋に高校生を連れて行ける訳ないだろう」
「はい…すいませんでした…」
「なによ、楽しみじゃないの?」
「いやほんとに混ぜてくれるとは思わなくて…」

あんたが自分からお願いしてたんだから当たり前じゃない、と何言ってんだこいつって顔をした小南が呆れた顔でこちらを見つめている。明後日の事を考えて今から胃が痛くなっているわたしを横目に、レイジくんが明後日の店は後で連絡するから、と言い夕食の準備を始める。
どうしようかな、明後日までに風邪引けたりしないかな、なんて考えながら今日も手際よく料理を進めるレイジくんを横目に考えていた。

ついに来てしまった。当日。
正直自分からお願いしておいてアレだが、正直行きたくなかった。風邪でも引きたかった。
でも悲しいかなわたしはここ数年風邪を引いた記憶が無い。無駄に健康なこの体を、初めて呪った。
レイジくんから場所を教えてもらい、当日大学の近くで待ち合わせて行くことになっていた。待ち合わせの場所まで歩きながら、そもそもお酒ぜんぜん飲めないこのわたしが行く意味って…?という真理にたどり着いてしまった。到着まであと数メートルという所でぱたりと足を止める。よし、やっぱり帰ろう、そう思って踵を返して歩き出した所でおい、と声が掛かる。恐る恐る振り向くとそこには190cm超えのおっきな男の人が立っていた。レイジくんやっほー、お疲れ様なんて返すわたしに、今帰ろうとしてただろ、と一言。やだなあ、そんな、自分からお願いしておいてそんな失礼なこと!と冷や汗だらだらで調子よく返すわたしにそうか、とだけ返し目的地へと歩き始める。
とぼとぼとレイジくんの後をつけるわたしは、さっき思い出した事をそのままその背中へ投げかける。

「ねえレイジくん、わたし気づいちゃったんだけどさ」
「なんだ」
「わたしお酒飲めないじゃん」
「ああ」
「……行っても大丈夫?これ」

前を歩いていたレイジくんが振り返り、わたしを呆れた顔で見つめる。お前が酒を飲めないことくらい知っている、とでも言いたげな顔だ。酒を強要する様なやつはいないから安心しろ、と言いまた前を向いて歩き出す。なんで酒が飲めないやつが来るんだよ!って言われたりしない?と聞くとそんなやつはいない、とバッサリ。むしろそういう奴がいて欲しかった。帰る口実になったかもしれないし。
心配から何度も同じような事を聞くわたしに、諦めろという意味を込めた視線が送られ、もう着くぞ、とレイジくんが言った。わたしはもう、覚悟を決めるしかなかった。そもそもこれはわたしが招いたことなんだから、失礼のないように、邪魔しないように、大人しくやり過ごす!これだ!頭の中でバシッと自分自身に喝を入れ、深呼吸をして気合いを入れ居酒屋へと足を踏み入れた。


後ろに続いて中に入ると、そこにはもう先に到着した3人がいた。確か諏訪くん、風間くん、寺島くん、だったはず。ボーダーでも有名なA級の風間くんは知っていたけれど、諏訪くん寺島くんはあまり見かけることも無かった。わたしの行動範囲が狭いと言うのが一番の理由なのだけれど。でも名前は3人ともレイジくんから聞いたことがあって、なんとなくはじめまして感は薄かった。逆にレイジくんはこの3人にわたしのことなんて説明しているんだろう。ああこんな事考えていたら、また胃が痛くなってきた。
どうやらわたし達が到着する前に飲み物は頼んでくれていたようで、5人分のビールが机の上に並べられていた。挨拶もそこそこに、まずは乾杯する。わたしは飲まないけど、形だけまず周りに習って乾杯をする。そしてそっと横に座るレイジくんに目で合図を送り、ジョッキを流す。それに気づいた寺島くんが、あれ?お酒飲めないの?と尋ねる。そうなんです、めちゃくちゃ弱いので…と返すと諏訪くんがコイツなんて弱い癖にいつもめちゃくちゃ飲んでんぞ、と風間くんを指して笑いながら言った。当の本人は何も気にせず飲み続けているけれど。
そういえばちゃんと挨拶ができていなかったことを思い出し、今日の集まりに突然混ぜてもらったことへの謝罪と軽い自己紹介をした。

「レイジから聞いてるよ」
「人見知りだが慣れたらじきによく喋るようになる。長い目で見てやってくれ」
「保護者かよ」

そう言ってみんなが笑う。本当のことなんだけど…それにしても保護者すぎない?面倒見がいい事は知っていたし、レイジくんが人のことを悪く言うような人では無いことは一緒に生活している上でもちろん知っていたけれど。これじゃまるでレイジくんの妹だな…とぼんやりと考える。とりあえずうるさいとか喋り過ぎとか声がデカいとか言われてたらさすがに困る…という心配も杞憂だったようだ。わたしのことを変な風に言ってなかったことにホッと胸を撫で下ろす。

その後はわたしの心配なんてどこかへ飛んでったみたいに、普通に楽しめた。レイジくん以外はほぼはじめましてだったから緊張していたけど、話してみるとみんな話しやすくて面白い人だった。よく考えたら諏訪くん風間くんとは同じ大学って事にも気づいて、そこで話も少し盛り上がった。確かにボーダーの人はみんな同じ大学だ。当たり前のことがすっかり頭から抜けていた。取ってる講義の話とか、ボーダーの話とか。
楽しくみんなと話しながら、今日行きたくないと思っていた自分がとても失礼だったなと反省した。でもこれはわたしの中ではよくある現象で、それこそ友達と遊ぶ約束をしていてもいざ近くなってくるとやっぱり面倒くさいな、断ればよかった、って思ってもいざ当日行けばめちゃめちゃに楽しいし行ってよかった、って思うアレと一緒なのだ。食わず嫌いみたいな、そんな感じ。
気づいたら時間はあっという間に過ぎていて、風間くんが明日は一限からという事実も発覚しお開きの流れになった。やっぱレイジくんにお願いして良かったなあとほくほくした気持ちを抱えながらお店の外へ出る。少し熱の篭った店内から外へ出ると、気持ちのいい風が当たる。もう秋だなーなんて考えて居ると、横で寺島くんがもう秋じゃん、と呟いた。

「それ、今わたしも同じこと考えてた」
「やっとちょうどいい気温になってきたよね。夜とか」
「そうそう、これくらいがずっと続いたらいいよね。過ごしやすいし」
「でもこの一番いい時期ってさ、すぐ終わるよね」

うんうん、と寺島くんが頷き風間くんも同意するようにこくりと頷く。そんなたわいもない会話をしていると、会計を終えたレイジくんと諏訪くんがお店から出てくる。そうだお金を渡さないと、と思いカバンをごそごそと探り財布を取り出す。2人で喋っているレイジくんと諏訪くんに、いくらだった?と尋ねると2人は顔を見合わせるとわたしの方に向き直り、いい、と言った。いいって、何だ?どういう事?訳が分からず頭にはてなマークを浮かべていると、見かねた諏訪くんが口を開いた。

「今日は俺らの奢りだから」
「いや…それはさすがに…」
「お前の歓迎会みたいなものだ、遠慮するな」
「いやいやいや…無理言って混ぜてもらったのはこっちだし、悪いよ」
「そこはもう素直に奢られときなよ」
「そうだ。お前の分は全部諏訪が払うからな」

うんうんと頷く風間くんと寺島くん、その2人に怒る諏訪くんを横目にレイジくんがみんなこう言ってるから素直に奢られておけ、とわたしを諭すように言う。ここまで言われてしまっては、正直申し訳ない気持ちの方が勝るが素直に聞いておくのが良いだろうと思い、ありがとうとお礼を伝えると、4人は笑いながら最初からそれでいいのに、と言った。
代わりに今度何かお礼させて欲しい、とわたしが言うと4人は顔を見合わせてじゃあ次からも飲み会に参加して、と言った。
それはお礼になるのか…?と考え、それはもちろん…でもいいの?と尋ねると諏訪くんが人数が多い方が楽しいだろ、と言った。友達が少なく基本少人数での行動が多いわたしだけど、その気持ちはなんとなくわかる気がした。人が多いとその分いろんな人とも話ができるし、盛り上がることが多いし。
じゃあ次からもお邪魔します、と笑って答えると諏訪くんが満足したように笑って、それでいいんだよとわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。びっくりして咄嗟に髪が…と呟くわたしを見た風間くんが、諏訪くんに一歩間違えるとセクハラだぞと言い、寺島くんが諏訪ってほんと人との距離バグだよね、と零す。2人に向かってあれくらいフツーだろ!と怒鳴る諏訪くんの背中を見ながら今起こった事を頭の中で整理しながら突っ立っていると、レイジくんがわたしの横に来て、今日来て良かったか?と尋ねた。

「……あ、うん、良かった。みんな面白くていいひとだね、レイジくんほんとにありがとう。」
「そうか、ならいい。……ところでお前、今日飲んでないよな?」
「なんで?飲んでないよ。わたしがお酒弱いのレイジくんはよく知ってるでしょ」
「いや…顔が赤いから間違えて飲んだのかと思ったんだ」
「……え?」

飲んでないならいいんだ、とレイジくんは言い3人のところへ向かってしまった。顔が赤くなってる?わたしが?そう意識した途端にぶわっと顔に熱が集まるのが分かる。その理由は1個しかなくて。だって、仕方ないじゃん。あんな風に笑うなんて、ずるいって…そう小さく呟きへなへなとその場に座り込み頭を抱えたわたしに、遠くから4人が早く来ないと置いてくぞと声をかけている。この火照った顔を見られないように、少し俯きながら前を歩く4人の方へ足を急いだ。


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