◎ 山田一郎生誕祭200726
愛しい奴の誕生日 7月26日――――は
つい昨日のことだ。
日付が変わったタイミングで
ラインを入れて、それきり。
寂しくねーかって聞かれると
寂しくはなかった。
翌日、つまり今日に 一緒に過ごす予定を
組んでいたし 当日は二郎くんや
三郎くんたちからの祝もあるだろう。
家族団欒に邪魔するのは悪いと思えた。
とにもかくにも、そんな感じで
今日は恋人であるB.Bこと、山田一郎と
お家デート中なのである。
俺の住んでる狭苦しいワンルームの
部屋中央に位置する、
これまた小さなテーブルの隣。
俺と一郎は対面する形で座っていた。
テーブルの上にはささやかではあるが
一郎が来る前に近場のケーキ屋で
仕入れたショートケーキが2つ。
そして、鉄板ともいえる あいつの好物
コーラを用意してあった。
「恭 ケーキまで
サンキューな」
「いや、寧ろ大丈夫か?
昨日も食べただろうから
あんまりケーキ連続すんのも
アレかと思ったんだけどさ」
申し訳なくなって、様子を窺うと
一郎はいつもと変わらない笑顔を浮かべて
首を横に振る。
「嬉しいから気にすんなって。
うまいもんはいくつ食べてもいいもんだろ?」
(お…おお ポジティブ)
付き合ってるとはいえ 包み込んでくれる様な
圧倒的ポジティブさは今でも驚く。
とりあえずケーキ買っといて正解だった
その事に安堵しつつ、互いにフォークを
手に取った。
「あー…なんつーか、その、さ。
改めて誕生日おめでとう 一郎」
「サンキュ。
…当日、気ぃ遣わせちまって悪い」
「んーん。いいんだ。
俺とより家族と過ごしてほしいから。
それよりケーキ食っちまおうぜ?」
せっかくの祝い事なんだ、
暗い話はなしだなし。うん。
「「いただきます」」
声を揃えて手を合わせると、
今日のメインともいえるケーキに
フォークを差し込む。
口の中に含んだ瞬間に
甘くて幸せな味が口内を支配する。
「うめぇな…!
これどこのケーキなんだ?」
「ん 近場に最近できたケーキ屋さん。
なんか有名なチェーン店らしくてさ
口コミも上々だったから
そこにしてみたんだ」
「へぇ。苺もでかくてごろごろしてて
中にもギュッと詰まってんのが
魅力的だなぁ」
まじまじとケーキを見つめながら
食レポをかます一郎に思わずぷ、と
吹き出しそうになって
慌てて口元を抑える。
すると不審に思ったのか、
一郎はケーキから顔を上げて
こちらを見た。
不思議そうな顔と目が合う。
「なんだよ恭
どうかしたのか?」
「ふふ、ははは
だって一郎がリポーターみたいな
こと言うから」
いつもはラップぶちかましたり
萬屋の責任者としてしっかりやってる
あの一郎がだぞ?
まじまじとケーキをみて
苺の感想を述べる。
たったそれだけの事だけれど、
俺からすると とんでもなく可愛く思えた。
顔も、無防備な 力の抜けきった
表情してっから 余計にだな。
のんびりしている様子のあいつに
にやけと愛しさが止まらなかった。
「リポーター、っつーつもりは
無かったけどよ。そんなにおかしいか?」
未だくすくす笑っている俺に
一郎はさっぱりわからん、という感じで
ケーキを食べ続けている。
「ごめんごめん。
おかしい、っつかさ。
好きだなぁって思ってたんだ」
「?何が」
「はは、この流れで聞く?
…一郎がだよ」
ちょっと恥ずかしくなって
俯いてケーキをつつく。
沈黙が訪れて、やばい、と内心焦る。
沈黙はよくない、気まずい!!
なんとかしねーと、と思って慌てて
口を開いた。どうにでもなれ!
とりあえず言葉をつなげるんだ…!!
「ぁ…の、だからその
ケーキも美味しそうに食べてくれるし
いつもキリッとしてんのに、
今はリラックスして まったりした
感じでケーキみて 苺のリポートしてて
ほっこりしたっつーかさ、」
あぁ ダメだーーー!
何を言ってるんだ俺は〜?!
テキトーに話しだしたばっかりに
何を言ってるのか分からなくなってきたし
余計に気まずくなった気がして
語尾がどんどん小さくなっていく…!!
はぁ、というため息が喉まで出かけた
その時だった。一郎がフォークを皿において、
真っ直ぐに俺の目を見つめた。
顔は真剣そのものの表情をしていた。
「恭がいてくれるから
リラックスできてんだよ」
「えっ、」
「家じゃ俺がしっかりしてなきゃいけねぇ。
仕事だって気を抜けねぇ。
それでもお前といる時は なんつーか、
俺もよくわかってねぇんだけどよ。
ゆったりした気持になれるんだ」
「へ、へぇ……」
すごい真面目な顔で すごい照れくさい
事を言われたような気がする。
つかちょっと顔赤くなってっし。
ああもう。そういうところも
可愛いと思っちまう。絶対言えねーけど。
「…と、にかく 俺といるのは
嫌じゃない、ってこったな?」
「は、バカ 嫌なわけねーだろ?
俺はお前といる時間も お前自身も
大切なんだ。」
「ッ!!急にこっ恥ずかしいこと
言うなって…!一郎普段そういうこと
言わねータイプだろ?!」
あーもう。今度は俺の顔が
熱くなっちまうだろうが…!!
手でぱたぱたと仰ぐ仕草をしながら
目の前の一郎をみつめる。
…自分から言ったくせに、やっぱり
ちょっと顔が赤くなってみえる。
照れてるんだ。可愛いやつ。
「………、一郎」
「なんだよ」
「…俺も、その お前といると
ホッとする。落ち着くよ。
だから…なんつか、いつもありがとう…?」
「はは、疑問形なのか?」
「違う!今のはほら、あやっつーか、
テンパった!いつもありがとう!」
ぺこ、と軽くお辞儀をして
すぐに顔を上げると 楽しそうに
笑っているあいつの顔が見える。
(あぁ。そういう顔。
お前のその太陽みたいな笑顔が
ほんとに大好きなんだ、俺は)
「恭。
こちらこそいつもサンキュ。
―――と、それで なんだが、」
「…うん?」
気のせいだろうか 一郎の顔が
更に赤くなった気がするし、
あー、と目を彷徨わせている。
何かがおかしい。
「一郎?どうしたんだよ?
熱でもあるのか?」
「いや、ねぇよ」
「それじゃあなに?」
聞くと言いづらそうに口を開いた。
「………キス してもいいか?」
「えっ」
突然の事に顔が一気に熱ってしまう
いや、いいんだ いいに決まってる
だって付き合ってるんだからな。
「ッ、いいよ…でも、ふふ
いちろ 誘い方下手くそだ、」
不器用さんめ と思って少し笑うと
不貞腐れたように眉を顰める。
ばか。可愛いだけだっつの。
「あんま笑うなって。
自分でも下手なことはわかってんだからよ、」
「ふふ ごめん。
…でも そんなとこも一郎らしくて
俺は好きだよ」
フォークを皿の上に置いて、膝たちになり
テーブルに手をついて身を乗り出す。
目を閉じると柔らかな感触が
唇に触れて、すぐに離れていった。
目を開けると、すぐそこに
愛しい顔が見える。
息のかかりそうな距離で
視線を交えて 見つめ合う。
「…なぁ、恭」
「ん」
「こっから先のこともシてぇ。
つったら 笑うか…?」
「まさか」
笑うどころか 喜んでなんて
言えやしないけど。
今日なんて特に お前の願いを
拒否るわけがないだろ?
「はやくケーキ食べ終わらないとだな」
「焦る事はねぇよ、って
俺から誘っといてあれだけどな。
…ゆっくり食べて その後で
恭に触りてぇ。
時間はまだあるんだし、な」
「ん、わかったよ」
昨日の主役の恋人へ
ありったけの好きと愛を伝えよう。
時間が許す限り ゆっくり
貴方が望むままに。
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