MHA
 ひどい初恋

ずっと大好きだった人がいた。
同じクラスの隣の席。最初は遠くから見てるだけでよかった。
少しだけお話しができたとき、わけがわからないくらいに頬が熱くなって 手が汗ばんだ。
私は隠しきれないほどにあなたが好きだった。

「轟くん、」
そうやって苗字を呼ぶのが精一杯で
「結城 なんか用?」
ぶっきらぼうだけどこちらを見ながら話してくれる その優しさが心地よくて、私は 少しずつ彼に話しかける努力をした。

「結花ちゃん」

そう呼ぶようになってくれたのがいつだったか、今ではもうあまり思い出せない。
けれど彼は…燈矢くんは 私のことをそう呼んでくれるようになった。
私が燈矢くんと呼ぶようになったのは、彼に弟くんが増えた頃からだったと思う。
彼の弟 轟焦凍くん。彼の存在が 明るかった燈矢くんを変えてしまったみたいだった。

明るかった彼から笑顔が消えて 優しさが消えていく。
時折消えちゃいそうなくらい不安な顔をのぞかせるから ほっておけなくて つい余計な事を口走る。
『私 燈矢くんのことがすき。
だからずっと そばにいさせてほしいの』
勇気を振り絞った言葉に 彼は縋るような目でぎこちない笑みを浮かべていた。
『どうせ結花ちゃんも俺をいらなくなるよ、』
『なんでそんなこと言うの?』
『…俺は失敗作だから』
消え入りそうな声で彼はそう言った。
それが耐えられなくて 私は彼にキスをした。初めてのキスだった。
『!!ッなんでこんなこと、』
『す、きだから…っ!!私はあなたにいて欲しいから…!!いらないなんて、言わないっ』
『本当に…?俺なんかより弟の方が』
『ッ私は弟さんのことなんか知らないもんっ!!私が知ってるのは燈矢くんだけだよッ?!燈矢くんが好きなの、わかってよ』
今にも壊れてしまいそうな彼を抱きしめたら 微かに震えていて、燈矢くんの個性故の体温が 服越しに伝わってくるようだった。

…その日 私達は、幼いながらに恋人になった。
手をぎゅっと握り合って 『好きだよ』を繰り返す。
まるで自分の存在を確かめるように 強く強く握られた手に 私は何度も好きを伝える。
燈矢くんが不安そうな時は側にいて お話を聞いてあげられる。私が彼を支えてあげるんだなんて、ひどい思い上がりをしていた。

月日が経って 彼が死んだと告げられた時 私は初めて自分の思い上がりに気付いて絶望したのだ。
つい前日まで お父さんとの事を嬉しそうに話していた彼が、まさか、こんな事になるなんて。





そしてまた月日は巡って 何度目かの彼の命日。
その日は土砂降りの雨だった。
けれど私は傘をささぬまま、彼のお墓の前にしゃがみこむ。
彼はここで雨に降られているのに 彼を助けられなかった私が、傘をさそうなんて思えなくて。
「燈矢くん 私ね 就職したんだよ。まだ慣れないことも多いけど、なんだかんだ充実しててね。毎日、すごく穏やかで…」
なんて、こんな話 彼にしても仕方ないのに。彼にとってはくだらない、ひどい話かもしれないのに。
私はまた昔の様に何でもない話をしたくて仕方ないんだ。
「ッ…私、ね、今でも 燈矢くんのこと、ずっと…」大好きなんだよ、ッ」
雨のせいだけではない 視界がぼやけて目の前が見えなくなる。苦しくて悲しくて仕方無かった。
初めて大好きになった人は 私を置いて、灰になってしまった。
どれだけ月日が経とうとも 受け入れることができずに、想い出の中の彼の亡霊に縋っている。

ザァザァと降りしきる雨の中で、ふと 雨がやむ。
後ろに誰か立っているようだった。どうやら傘をさしてくれているみたいだったけれど、私は上を向く気にはなれなかった。
「…ありがとう、ございます。だけど大丈夫です。気にしないでください」
「………」
後ろにいるであろう人は何も答えなかった。それどころか傘を下ろすことさえしなかった。
私なんかを助けてくれる事、無いのに。

「…風邪を引く」
そうぽつりと呟いた低い声に、ゆるゆる首を振る。
「………。ここで 大好きな人が居るんです。彼が雨に降られてるのに、私だけ傘をさすのは 嫌なんです」
「………なら 傘を置いていく」
「あなたが濡れちゃいませんか?本当に気にしないで下さい、私 大丈夫ですから」
そう言って後ろを振り向こうとした時、肩にトン、と何かが乗せられる。
ちくちくした髪の毛が肩に触れた。後ろの人が肩に顔を埋めている様だった。
普通なら気味が悪いし 怖いと思う筈なのに、不思議と怖くなかったのは どこか懐かしい、人より暖かな体温を感じたせいなのかもしれない。

「…好きだった奴の事なんて忘れちまえ」
「どうして、そんな事言われなくちゃいけないんですか」
「そいつもそれを望んでる」
「ッ!!!なんで見ず知らずのあなたにそんなこと…!!」
カチンと来て 今度こそ振り返ってやると息巻いたのに、次の瞬間私は固まって 耳に聞こえた言葉を何度も思い返す事で精一杯だった。



「俺の事なんて忘れてくれ 結花ちゃん」






















ハッとして振り返った時には誰も居なくて、さしてある深い藍色の傘が 私を覆うようにかけられているだけだった。

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