何が無くとも

自宅の縁側で、愛する人と
並んで庭を眺めていた。

お昼を過ぎたこの時刻、太陽は
さんさんと輝いて 温かい気候に包まれ、
時折心地よい風が吹いては
小鳥が囀り、穏やかな時が流れる。

「とても―――」
「ええ」
「穏やかですね」
「そうですね」

僕の言葉に相槌を打つ、彼
夢野幻太郎さんは 僕の最愛の人物だ。
どこか儚げで けれど芯の強い
僕の自慢の 大切な人。


「眠たくなりそうです…」
そう言えば、クスリと微笑んで
優しく声をかけてくれる。
「寝ても構いませんよ
小生の肩を貸しましょう」

「ふふ では、お言葉に甘えて。
…幻太郎さんは 眠くないですか?」
聞くとまっすぐ前を見つめていた彼は
ゆっくりとこちらに視線を寄越して、
優しい眼差しが僕をとらえる。

「その点については否、と
申し上げたいのですが 貴方を
見ていたいとも思うので なんとも」
「み、…?!
は、恥ずかしいからみないでくださいっ」
慌てながら顔を手で覆って
少しだけ、指の隙間から彼を盗み見た。
くすくすと肩を揺らして笑っているのがみえる。
も、もう。恥ずかしいったらない。

「…幻太郎さん、眠いなら一緒に寝ましょう?」
恥ずかしさを隠す様に提案すると
わかりました、と 肯定の返事と共に
彼がふわりと笑う。

「ふふ 顔がりんごのように真っ赤ですよ
恭」
「か、からかわないでくださいって!」
「はて?まろは事実しか
話ておりませぬゆえ」
おどけてみせる彼に、
羞恥もどこへやら 思わず笑みがこぼれる。

「その顔―――」
「?はい?」
聞き返すと、大きな手のひらが
そっと頬に触れて、翡翠の瞳がまっすぐに
僕の目を見つめる。

ドキドキと心は高鳴って
頬が熱くなっていく。

「わらわは その表情(カオ)を
好いております故 そなたには
末永く―――」

動く口の動きを
そっと人差し指で止める。
驚く彼を他所に、僕は口を開いた。
その先はどうしても 僕に言わせて
ほしかったからだ。

「――末永く、お慕い申し上げております
貴方がいる限り 某は変わりません
ずっと 貴方のお傍で、添い遂げる所存です。


…えと 幻太郎さん風に言うと
こんな感じかなって、へたっぴですけど、」

苦笑しつつ 今更色んな意味で
恥ずかしくなって 慌てて唇にあてたままの
指先を離そうとすると、手首を掴まれて
あっという間に縁側に押し倒されてしまう。

「わっ、」
「恭 自分が言った言葉の意味を
貴方はわかっているんですか」
そう語りかけてくる幻太郎さんの声は
いつになく真剣で どこか上ずっている様に
聞こえた。表情は…前髪で隠れてしまっていて
よくわからないけれど。

手を伸ばして 彼の柔らかな前髪を
すくって、撫でるように離す。
「わかっていますよ」

…幻太郎さんは 僕の
笑顔が好きだってそう言ってくれて
きっと、続きは ずっと笑っていてと
そういうことだったんだと思うんだ。

僕の答えは 決まっていた。
考えるまでも無いことだ。

「僕は 幻太郎さんがいてくれる限り
ずっとこのままです」

笑顔だってなんだって 変わりはしないと
そう思うんだ。何より 彼といることが
僕の幸せにつながるのだから 変わりようがない。

「…だから、ずっと
一緒にいてくれませんか、」
「――ええ 貴方が望んでくれるのなら
いつまでも」

どちらともなく手を取り合って
指を絡める。外では相変わらず小鳥が囀り
穏やかな日常が流れていた。

特別豪華な物や場所なんて望まない。
彼との こうしたなんでもない日常が
僕にとっての宝物。

何が無くとも、幻太郎さんがいてくれれば
それでいいんだ。

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