どんな時だって

「じゃあ恭
俺は出勤だから 戸締まりとか
ちゃんとしとけよ」
「わかってるよ独歩くん
いってらっしゃーい!」
手を振りながら、僕の親戚であるお兄ちゃん
観音坂独歩くんを見送った。
ぱたん、と閉じたドアを確認して
内側から鍵をしっかり閉める。よし。

―――何故僕が家にいるかというと
とある理由で、お兄ちゃんの所に
泊まりに押しかけたのが原因だ。

当初は嫌がられたものの、僕がどうしても
と頼み込んだ結果渋々OKを貰ったのだ。
独歩くんには悪いな、と思いつつ
履いているスリッパをぱたぱたと鳴らしながら
リビングへと向かって行く。

ちら、と時計を見て心臓が高鳴った。
もうすぐ。もうすぐのはずだ。
僕の゛目的゛である人が、
帰ってくるであろう時間。
そわそわしながら部屋をくるくる
回っていると、不意に玄関の方から
ガチャと鍵を開ける音がして
真っ先に飛んでいったんだ。

開くドアから覗く、黄色いふわっとした髪。

「一二三さんっ!!!
会いたかった!!!」

そう言いながら勢い良く抱き着くと
おわ、とよろけながらもしっかりと
僕を受け止めてくれる、僕の好きな人
伊弉冉一二三さん。

「恭ちんおは〜
てーかなんでいるの??独歩は?」
「独歩くんはさっき出勤しちゃいました
僕はお留守番です!」
「や、なんでお留守番?」
「僕が無理矢理…いや、あの
お願いして泊まりに来させてもらったんです!
明日までは、います」
「へ〜そっか
んじゃご飯は三人分だな〜」
その言葉にパァッと顔が明るくなる。
いや なったと思う。

一二三さんのご飯といえば
僕が一二三さんを好きになったきっかけでもある。
なんせすごく美味しいんだ!!
この人の作るお味噌汁を
ずっと飲みたいとすら思う。

「?恭ちん?
どったの全然動かなくない?」
「あ、すいません!」
慌てて抱き着いてた手を離して
半歩後ろに下がる。

えっと とりあえず…

「お仕事お疲れ様でしたっ
疲れてますよね?、ご飯にしますか?
それともお風呂?」
「ふはっ 新妻みて〜」
「新妻!!」
どちらかと言うと、
僕じゃなくて一二三さんがお嫁さんな
気がするのだけれど…という言葉はグッと堪える。
だって僕は料理からきしできないんだもん。

「ん〜とりあえず風呂入りたいかも」
言いながら部屋へと向かって行く一二三さんの
すぐ後を駆け足気味に付いていく。
「お風呂、実はためておきましたっ」
「おっ マジ〜??
サンキュ 恭ちん」
「いえっ」

一二三さんの背中をおっかけて
お風呂に向かうところを見送る。
そしてふう、と息をついた。

一二三さんと知り合って もう1年。
ううん まだ1年目だ。
1年という期間は 長いようでとても短い。
独歩くんと一二三さんの年月を思えば
尚の事僕があの人を知った月日なんて
短くて なにより、この゛変わらない゛
距離感が 日の浅さを物語ってる様にも感じていた。

近い はずなのになぁ。
ハグとかそういうの以外じゃ
まるで触れられない。

…そもそも男の僕が 彼に恋をしているなんて
無理がある話かもしれないが。

「はぁ」

無意識に零れ落ちた溜息に
いやいや、と首を振る。
楽しみにしてお家にお邪魔しに来たっていうのに
落ち込んでなんかいられないよ…っ!!

両手で頬をぺし、と挟んで
気合を入れなおす。

昨日より今日 今日より明日、だ。
少しでも一二三さんと一緒にいて
距離を埋める!!これが僕の小さな目標。

気持ちを整えて、水でも飲もうかなんて
キッチンへ向かおうとした矢先
お風呂場の方から声があがる。

「おーーーい恭ちん」
「!!一二三さん、どうしました?」
慌ててお返事をすると、
風呂場の方から上半身裸の一二三さんがやってきて
内心声をあげそうになる。

(び、ビックリしたっ)

男同士だからなんてことは無いものの、
僕より色白で締まった体 なおかつ
恋焦がれている相手なのだから
ドキドキしないわけがない。

「あんさー俺思ったんだけど」
「は、はい?なんでしょう」
どこかおかしな所でもあったんだろうか?
とはいえ、緊張しすぎちゃって顔みれないや…

視線を彷徨わせながら彼の返事を待つ。

「恭ちんも風呂、はいろーぜ?」
「…
……はい?」

今 彼は なんて?

目をぱちくりさせながら首を傾げると
おもむろに腕を掴まれてヒッと声をあげる。
「遠慮なんかなしなし!
せーっかく泊まりに来てんだからさ〜!
裸の付き合い やっちゃおうぜ〜!」
「えっ あ、あのっ待っ」
待ってという制止の声は届かずに
そのままずるずるとお風呂場へ引きずられていく。

抗おうにもこの人の力は意外に強くて
非力な僕では振りほどけそうにもない…!!

あ、ああ。
゛埋まらない距離感゛を憂いていたはずなのに
数分後には゛近づきすぎる距離感゛に
気持ちが動転している なんだ なんでこうなった!?
嬉しい、けど いきなりすぎて
心がどうにかなっちゃいそうだ――――



「ははっ
恭ちん顔赤すぎ〜!」
「す、すいません」

――ああ 好きな人が
あまりに無邪気で頭がくらくらする。

しかしながら 僕がこの人にぞっこんなのは
変えようのない、事実でもある。

「もしかして、一緒にはいんのやだった?」
悪びれの無い声に いえ、と首を振る。
「――どこへでも付いていきますよ」
「そ?」
「はい。…どんな時だって ひ、一二三さんが
好き ですから…」

って何を言ってるんだ!?と
思いながらも言ってしまった事はしょうがないし
ああもう余計に顔が赤くなっている気がする!!最悪だ!!
頭を抱えたくなっている僕をみて
一二三さんはきょとんという顔をする。

引かれたか?
なんだこいつって思われてるのかな?
不安で泣きそうになってしまう。

だけどそれは杞憂だったことに気づいた。
だって彼は笑いながら言ったんだ、

「俺も恭ちんのこと好きだぜっ」




あ、ああ きっと この言葉は親愛の意味なのに。
僕の心臓は酷く高鳴って どうにもならない。

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