▼ &Thank youC
それからどれくらいだったのか
小説に没頭していた僕には
分からなかったけれど
再びスポッという音が聞こえて、
画面に視線をやれば 一郎さんからの
ラインが一件入っている。
『降りてこいよ』か…
いつもなら階段越しに呼んでくれるのになぁ。
こういう日もあるってことなのかな、
わかんないけど。と、考えてもしょうがないよね、
皆待ってるかもしれないし
早く降りよう。
読んでいた頁に栞を挟んでしまいつけると
すぐに皆がいるであろうリビングへと
駆け足気味で向かって行く。
(……あれ?、変だ)
違和感に気付いた僕は、
ドアの少し手前で足を止めた。
リビングのドアには中の明かりが見えるように
長方形の磨りガラスが埋め込まれている。
だから 電気がついていれば
外からもわかる仕組みなんだけれど―――
皆が居るはずのそこは、真っ暗だった。
(どうして?)
不思議に思いながら
1歩ずつ足を進めていく。
ドアノブにゆっくり手をかけると、
そっと開いて 中を覗こうとした途端――
大きな何かに 目を塞がれた。
「わっ?!?な、なにっ?!」
問い掛けてみても返答は無くて
そのままズルズルと部屋の中へと
引っ張られていく。
僕の目を塞いでいるのは、
誰かの手で 僕の腕を掴んで引っ張っているのも
誰かの手。困惑とドキドキと不安が混ざって
なんとも言えない気持ちになった。
そして、ある程度歩いた所で
僕を引く手がぴたりと動きを止めて
自然と僕の脚も止まる。
塞がれていた視界が ようやく開けて
同時に、パチッと言う音と共に
部屋の明かりが灯される。
パンッ!パンッ!パンッ!!
小さな音ともに 僕に降り注ぐ
色鮮やかなテープと 紙吹雪。
それだけじゃない、僕の目の前にあるもの
全てに目を奪われた。
「………えっ?」
小さく声が漏れて ぱちぱち瞬きをしながら
辺りを見渡す。
僕を取り囲むお兄ちゃん達と
先程の紙吹雪たち、テーブルに並べられた
ケーキと 沢山のご馳走。
そして壁に散りばめられた
『HappyBirthday!!!』の文字。
呆気にとられる僕を見ながら
一郎さんが微笑んでみせた。
「誕生日おめでとう 恭」
「誕生日…?僕の、ですか?」
おずおず聞き返せばそうだと
強く肯定される。
誕生日…誕生日…、
そういえば僕は 記憶を無くして以降
自分の事さえもろくに覚えていない事を思い出す。
自分が産まれた日にちさえ記憶に無くて。
誕生日という響きをやけに懐かしくも感じる。
頭を悩ませていると、
じろくんが僕をみながら言った。
「…お前 やっぱ覚えてねぇのかよ」
「うん…だからなんだか不思議な気持ち」
「そっか…」
じろくんの表情が 少しだけ陰ったようにみえて
内心慌てて弁解しようとすると、
さぶくんがパンッと手を叩いた。
自然とみんなの視線がそちらへ向く。
「覚えてなくてもいいだろ。
これからは忘れない。
もう忘れることは無いんだから」
「さぶくん――」
じんわり 心が暖かくなる。
過去を失くした僕にとって
゛これから゛の話は とても大事な事で
゛忘れない゛って当たり前の行為は
僕にとって 思い出という大切な宝物に
繋がっていくわけで。
…それをゆってくれたのが
なんだか嬉しかった。
「勘違いするなよ 二郎のことも恭のことも
庇ってなんか無いからな」
ツン、と言い放つ所はいつも通りで
思わず笑みが溢れる。
「何笑ってるんだよ」
「んーん なんでもないよ」
優しいお兄ちゃんだって
改めて思ったんだよ。
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