01.

『ただいま』『おかえり』
そんな当たり前のやりとりが
当たり前の日常として戻って来たこと。
俺にとっては言葉にできねぇくらい
嬉しくて 大切なことだ。


恭の記憶は
元には戻らなかったかもしれねぇが
昔以上に俺らの絆は深まったと思っているし
何よりも受け止めたいのは゛今゛の恭だ。

勿論 いつか思い出してくれたらとは思うし
思い出せなかったとしても、その分
楽しい思い出や 嬉しい思い出を
築いてけたらいいと そう思う。

何より、俺達が覚えてる記憶は
無くなるもんじゃねぇからな。
こういうことがあったんだって
話てやることもできる。
想い出は共有できる。そう思えば、
記憶喪失当初程の不安は なくなっていた。

…不安がまるっきりないのかといや
嘘になるんだ。違法マイクの効果はこれっきり
だろうとはいえ、まだ解明しきれていない部分もあるだろう。
本当にこれで安心できるのか?って不安と
2度も危険な目に合わせしまった、その事実に苦しくもなる。

そうじゃなくてもうっかりが多くて
怪我や迷子になりがちな恭だ。
心配しすぎなのかもしれねぇが
気にせずにいられるわけもない。


まぁ 昔ほどうっかりもしねぇように
なってきた、とは思うんだがな。
ウチの手伝いも進んでやってくれるようになって
方向音痴は相変わらず、機械音痴も現役とはいえ
こなした依頼も増えてきた。
こういう所で、知らねぇ間に
成長してるんだなって思うんだ。



ただ。


一つだけ気になっていることがある。

昔から変わらねぇ、つうか物心ついた時から
そうだったんだが 恭は二郎のことを
「じろくん」と呼ぶ。三郎は「さぶくん」。
俺だけ「一郎゛さん゛」。

そこも できれば変わってくれても
いいんだが。記憶喪失の頃より距離感が
元に戻って来たとはいえ 俺だけ
妙に距離を置かれているような気はしなくもない。
恭に悪気がねぇことは
わかってっから尚ツッコミづれぇんだよな。

なんて呼ばれてぇって願望もねぇけど
しいて言うなら 昔みたいに
一郎にぃちゃん

…とかぜってー言えねぇな。
ポカンとする弟達の顔が頭に浮かんで
ナイナイと今考えたことを振り払う。




「いち兄 何を唸ってるんですか?」
「兄ちゃん もしかしてお腹痛いとか?」
「えっ…僕 お薬、お薬取ってきます!」
「は、落ち着けよお前ら
腹痛じゃねぇから薬もいらねぇ」

心配性な弟達に思わず笑いがこぼれる。
俺が笑えば全員ホッとした顔をして
それがまた笑みを誘った。
たまに シンクロしたように表情が変わるんだよな。
以心伝心っつーのかな。
我が弟ながら微笑ましくて 顔が緩んでいけねぇ。

「?一郎さん?何か楽しいことでも
あったんですか…?」
「いや。なんでもねぇよ。

――うし。今から三丁目の下田さんの依頼だ
今日は全員で行くぞ 早く支度しろ」

そう声をかけると『はいっ』という声が
見事に揃って返って来る。

準備に向かう三つの背中を眺めた。


―――いつかは 全員 俺の元から離れて
立派な大人になって欲しい。
1人でもやってける しっかりした大人に。
そう強く思うものの。


もう暫くこのままで。
そう望んでしまうのは、我儘なのか。
そんな気持ちを振り切るように
一歩外へと踏み出した。

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