困難があったとしても

「無一文になったぁ…?!」




呆れつつも大きな声が出る。
僕の足元で土下座する
パンイチ半裸の男、有栖川帝統を
みながら もう何度目になるんだと
盛大な溜息を吐いた。

「頼れるの恭しかいねぇんだ!
泊めてくれ!あと、お金貸して下さいっ!
服もあると助かるっ!」
待って要求増えてないか?
そう思うものの これはいつもの事だった。

「帝統、俺じゃなくても
ディビジョンの奴らが助けて
くれるんじゃないの?俺なんかより
あの二人のほうがよっぽどお金持ちでしょ」
どうして俺なんだ、その気持ちを込めて
言い放つと 帝統はバッと顔をあげて
縋るように俺を見上げた。

「何」
「俺とお前の仲だろ〜!!恭〜」
「そうだな。不本意な事にお前とは
幼馴染だ…っておい!脚にまとわりつくな、
離れろ!帝統ッ!!」
右足に絡みついた腕を振り払おうと
グイグイ脚を動かしてみても
しぶとい幼馴染は離れやしない。

「……はぁ、わかった
わかったから離れてくんない 暑い」
そう言うと瞬時に離れて
先程の困り果てた顔はどこへやら
ニコニコして正座してやがる。

「お前なぁ。なんでそんなに
ニコニコしてんだよ」
「恭ならそう言ってくれると
思ったかんな」
こ、こいつ…!!!
やっぱナシにしてやろうかと思いつつも
とりあえずいつまでもパンイチの男を
放置しておく訳にもいかず、
クローゼットから適当な服をひっつかんで
帝統へと投げ渡す。

「お サンキュー」
「で?いくらあれば全部
買い戻せるんだ」
「とりあえず10万」

悪びれもなく吐き出された言葉に
もはや言葉も発せずに溜息をつく。
「ダメか?」
そう言って困ったように見上げられると
なんとも言えない感情が湧き上がって
もやもやむかむかとしてくる。

(なんだってんだ、この、

金の貸し借り以前に 幼馴染以前に
モヤっとする感情は…)


そもそも貸し借りのやり取りが
慣れすぎてるんだ、こいつと俺が幼馴染って
以前に やり慣れてるとしか思えない。

そう。俺はそこが気になってしょうがない。


「…ダメじゃない。
けど 帝統 聞きたいことがある」
「おう なんだ」
「お前 俺以外にもこうやって
金とか借りてんのか」
「ん まーな」

モヤッ

(なんだ、またモヤっとする)

「それって もしかして
女の人とかでもあんの」
まさかな なんて思いながらも
頭に浮かんだ疑問を率直にぶつければ
あいつは服を着ながら返答をする

「や?今んとこはねーよ」
今んとこってなんだよ
内心突っ込みつつも面倒でふーん、と
だけ返して終わっとく。

すると全てを着終えた帝統が
胡座をかいて俺を見上げて口を開いた。


「なんだよ恭 焼餅か?」
「…………は?」
思わず口が開く。
こいつ今なんつった?

「だから、ヤキモ―――あたたっ
いってぇ!!何すんだよ恭っ」
「うっせーな!!帝統が変な事
言うからだろ!?!?」
ベシッと頭にチョップを食らわして
喚くあいつを背にして少し離れる。

俺がヤキモチとか…………

ナイナイナイ
あるわけない!!!つか
幼馴染が誰か頼ったからって
何でヤキモチ!?大体俺に頼る頻度減ってんなら
俺にとってはハッピーなことのはずだろ!?

まぁ、もやっとしたのは、
マジだけど…理由なんてわかんねーし
わかってたまるかってんだ

頭を振ってモヤモヤも振り払うと
またあいつに向き直って、びしっと指をさす。

「それより帝統!!
覚えてんだろうな!!1年前の約束っ!」
忘れもしない1年前 俺と帝統は
ある約束をしていた。

「約束?あー…約束」
一瞬忘れた、とでも言いたげな声を上げた奴は
すぐに思い出したのか困ったように目を
彷徨わせている。

「ふん その様子だと暫く忘れてたんだろ」
「…いや、覚えてる」
「ふーん?
覚えてるなら言ってみてくれないか
俺との約束」
「…゛借りた金は1年後まとめて返す゛」
「正解」

がっくり項垂れた様子の紺色に
一歩ずつ近づいていって しゃがみこむ。
困り果てた顔の帝統と視線が交わって
叱ろうと思っていたはずの心が揺らいだ。

(クソッ…どうしてだ
いつも怒ろうと思うのに こいつの
困った顔とかみるとどうしても
叱る気が失せちゃうんだよな…)

「恭…この通りだッ!!」
ダンッと床に手をついて頭をさげたそれは、
それはそれは綺麗な土下座だけれど 見慣れた光景に
肩を竦めることしかできない。

「無一文なのはわかったけどさ
どうしてよりによって1年後きっかりに
借りにきちゃうんだよ お前は」
「どーしても勝ちたい勝負だったんだ!
これに勝てば 恭にも返せるだろうし、」
「…返す気あったのか」
「約束したからな」

約束しなきゃ返さないのか?なんて素朴な疑問は
飲み込んで、あいつの言葉に耳を傾ける。
土下座していた姿勢をもとにただすと、
帝統は淡々と話し続けた。

「最初は勝ってたんだ
このままいけば数年分の借りどころか
その倍は手に入るって所までいって」
「それで全部賭けでもしたのか?
全部失っちまったら元もこもないだろ」
「う」

言葉に詰まった幼馴染に また溜息がでそうになる。
「恭様…もう1年 延長してください」
「は?」
「だから、もう1年猶予をくださーい!!
お願いしますっ!!!」

ダンッと再び綺麗にさげられた頭に
俺はもう何を言う気力もなくなって。
「一年だけだぞ」
そう返した俺は 甘すぎるんだろうか。
(…甘すぎる、よな)

俺の返答にパァッと顔を輝かせたかと思うと
こちらを目掛けてそれなりに大きな身体が
飛びついてくる。思わぬ展開に後ろに倒れ込むも、
帝統の腕がぎゅっと後ろに回されていて
起き上がることもままならない。

ってかなんでハグされてんだよ!!

「帝統ッはーなーせー!!暑苦しい!!」
「心の友よ〜!!!信じてたぜっ
恭は絶対助けてくれるって」
「うるさい!耳元で喋るな!ぞわぞわする!
大体、俺のことなんだと思ってるんだよ!!」
都合のいい幼馴染 そう思われてんじゃないか
なんて 一瞬不安になって、そのまま口から
飛び出してしまった。

まずったか、そう思った時には遅かった。
帝統の身体が少し離されて、至近距離で
視線が絡み合う。
先ほどまでとは違う、真剣な眼差しが
俺を捉えてドキリとする。
付き合いが長い分、意識することは
無かったけど こいつ顔整ってるんだよな。

「恭は俺にとって
大事な奴に決まってんだろ」

ドキリ また心臓が高鳴る。
頬が熱くなっていく、なんだ、これ
すごく落ち着かない

「…大事、な奴になんで
金借りるんだよ」
「お前と一緒にいたいから」
「は、」
間髪入れずに帰ってきた言葉に
自分の体温が上昇する。
一緒に居たい?なんで?どうして?
疑問と動揺が押し寄せる中で
帝統は再び、俺にギュと抱き着いてくる。

「信じてもらえねーだろうけどよ
俺は恭と1番一緒にいてーし
こうやって構ってほしいから、来るんだ。
つったら もう俺と会ってくれないか…?」

珍しく不安げな声に、なんだそれ、どういうことだよって
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「…構って欲しいからたかるなんて
とんだ迷惑じゃねーか…」

迷惑な はずなのに。
どうしてだろう どこか嬉しいと思っている自分が居た。
頼られること、一緒にいてほしいということ。
告げられた瞬間から心がざわついてしょうがない。

この気持ちは、なんなんだ?――――


「迷惑 だよな わかってる
これからはできるだけお前の所には…」
「…行くな」
「恭?」
「他の奴のとこなんか、行くなよ」

咄嗟に出た自分の言葉に驚愕して
慌てて口をふさぐ。今俺、なんつった?!
行くなって 他の奴のとこには、って
これじゃまるで 本当に…

「恭 やっぱり焼餅、」
「なわけねーだろこのバカ!!!さっさと離れろ!」

ベシッとグーパンチをお見舞いすると
帝統の腕から力が抜けて、なんとか
腕の中から脱することができた。
いってぇと悶絶する幼馴染をしり目に、
何故だかざわついてる心を落ち着かせようと
胸元を抑える。

(ヤキモチなんか、やいてない
絶対にだ これはなんでもないんだ)

そう何度も自分に言い聞かせて
納得させる。



正直 1年後の帝統が返済してくれると
思いきれない自分がいて。来年もこんな風なんじゃないか
そう思えてならないのに 見放せなくて。

ずっと許してしまうのは
俺も お前と、一緒に……いや ナイナイナイ。
困難があったとしても 見放せない
大事な幼馴染って それだけだ きっとそう。



――こうして、ハッキリとしない気持ちを抱えたまま
約束の1年延長戦が始まった。
変わらない日々の中 好きだと自覚するのは
もう少し先のことになる。

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