▼ しんせいかつ
おじさんは無口なのか全然お話
してくれなかった。
怖そうだったから、僕もお話かける
ことはなく しんとしたまま車は走り続けて。
ただただ流れていく町並みをみていた。
どれもこれも、写真で見た景色たち。
まさか本当に見られるなんて。
初めて触れる生の世界に僕の心は
ドキドキしっぱなしだった。
やがて車が止まって、降ろされたのは
おっきなマンションの前で。
「降りさない」と促されるままに
降りると ドアが閉められた。
「ここで待っていなさい。
そしてこの手紙を ゛一番始めに会った人゛
に渡すんだ。いいな」
言いながらおじさんが
窓から手渡してきたのは、1枚の
白い封筒だった。
『あなたへ』とだけ書かれている。
わけが分からなかったけれど
僕は昔から 人の言う事を
聞くように言われている。
だから今もただ頷いて、言われた通りに
するのだった。
「それと 約束として
絶対誰とも゛交わらない事゛だ。
わかったな」
「はい。…僕は未来の旦那様とだけ
交わることが許される。ですよね?」
「わかっているならいいんだ。
――1年後 またここへ来る。
必ず無傷で健康に過ごすのだ」
「はい」
ぺこ、とお辞儀をすると窓が
閉められて車は行ってしまった。
残された僕は なんとなく手紙を眺めた。
(初めてあった人に、これを渡す)
渡して何になるのか 僕には分からない。
でもこの時確実に運命が動き出してたんだ。
あんなことになるなんて、僕は思いもしなかった。
ねぇ 左馬刻さん。僕はこの日
此処に゛捨て置かれて゛良かったと
そう思ったよ。
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