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▼ 34.またねとキスと(完)

「…、最後なのにンな変な話して
悪かった。あとちゅーしたのも、ごめん」
口早にそう伝えて背中を向けた。クソだせえ。
俺は今すごく逃げたいんだ。逃げようと1歩を踏み出す。
「待てよ、俺の話も最後まで聞いてから帰れ。
お前から言い出したんだから聞く義務はあるだろ」
(それもそうだ)
納得してもう一度後ろの山田へ向き直ると、
真っ直ぐにこちらを見ていた目が 少しだけ
地面へと逸らされた。
「なんて答えていいか分からねえって
言った。だけど…………」
言葉に詰まった様子で暫く地面を見つめたあと、
山田は顔を上げて続ける。

「……俺も、お前とちゅーすんのは
嫌じゃなかった……」

ぽそりと聞こえた小さな声に 俺の頭は
一瞬で真っ白になった。今山田はなんて言った?
「は、待って、今なんつった?」
「聞いてなかったのかよ、」
「や 聞いてたけど幻聴かもしんねえから
……もっかい言ってくれ」
「はぁ?言わねえよバーカ。
つかその反応、聞こえてたんだろ
それで合ってるよ」
ジトっとした目で見られたと思ったら
恥ずかしそうに笑う山田に、なんでか
心が熱くなってソワソワして落ち着かなくなった。
「なぁ、もしかしてそれって
俺と同じ気持ち…ってことか?」
「あぁ」
「………マジか」

驚きとほんのちょっとの喜びと、
圧倒的な゛むず痒さ゛が身体をかけめぐる。
つまり、だ。
恋なのか何なのか、はっきりとしねぇ
モヤついた気持ちを 山田も抱えてる。
これが嬉しくないわけ無いし、
だけど自分自身 自分の気持ちが
断言できないぶん、なんとも言えない
こそばゆい様なむず痒さが
心の底に湧いては 口から言葉を奪っていった。
俺達はお互いに何て言うべきか見失って
視線を彷徨わせるのが
精一杯でやっと目があったと思ったら
顔が赤えもんだから 初だな、なんて
思わず笑い声を上げる。

「うっせえなバーカ」
「うわっじろちゃんにバカって言われるとか
ほんとこの世の終わりすぎ!!
無理なんだけど?!」
「オメーにだけは言われたかねえ」
「んね〜それそっくりそのまま
返すって」
ケラケラ笑いながらいつも通りの
他愛のないやり取りをした。
たったそれだけでさっきまでの
痒さはどこへやら、心がポカポカして
何が無くとも頬が緩みっぱなしになる。
(俺 じろちゃんとこーやって喋んの、
マジで好きなんだな)

「……じろちゃん」
「ん」
「俺の話 引かずに聞いてくれてあんがとね」
「あぁ」
「あと、話してくれてありがとう」
「別に…礼を言われるような事はしねえよ。
俺が言いたかっただけだからよ」
(あーあ。やっぱりどこまでも優しい奴)
夕陽に照らされた顔がカッコよすぎてムカついた。
だけどそんなこいつの隣にいられんのも
もうそろそろ終いの時間だ。

「なぁじろちゃん 最後にもっかい――」

そう言いかけたのに 最後まで言い切る事はできなかった。
「…お前が考えてる事なんかお見通しだっての」
素っ気なく放たれた言葉に唖然としながら
目の前の顔を見つめる。
「や、待てって、心の準備できてなさすぎたって今の」
なっさけねえ気の抜けた声で非難めいた事を
言うものの じろちゃんはそんな俺には目もくれず
くるりと背中を向けて歩き出した。
「いつもお前が俺にしてたことだろ。
心の準備とかゆーなら俺の事ももっと
気にしろバカ」
バカバカ言われても
今ばかりは食って掛かる気は起きなかった。
俺から一方的にする事が殆どだったのは事実だし、
第一 今は何も考えらんなかった。
ついさっき唇に添えられた柔らかな感触を思い出して、
思わず唇を指でなぞる。

゛最後にもっかいキスしていい?゛

そんなふざけた事を言いかけた俺の
先を行ったのはじろちゃんだった。

どくん、どくん、と心臓の音がする。
遠ざかっていく背中を慌てて追いかけて
別れを惜しむようにくだらない話を沢山して。
心なしかいつもより 肩の触れ合う距離で
ゆっくり歩いて行く。
最後の最後に、俺とじろちゃんの関係性は
ちょっと変わってしまった。
どくどくうるさい心臓の音も、ちょっと汗ばむ手も
もっと一緒にいてーって思うのも、きっと
二人して思ってるに違いなかった。

知らない間に˝好きかも˝から
一歩踏み出してることには 気付けないまま
1秒でも多く言葉を交わす。

「なぁじろちゃん 俺が転校しても寂しくて泣いたりすんなよな」
「ハッ、誰が泣くかっての。お前こそ俺に会えなくて
ベソかくんじゃねーぞ」
「かかねえよ!!」

「なぁじろちゃんラインめっちゃ送ってもい?」
「何でイチイチ聞くんだ、つうか既に寂しがってんじゃねえかお前」
「別に連絡とるのは寂しいってことじゃ――…いや、寂しいになんのか、」
「呆れるくらいバカだな」
「さっきからバカって言いすぎだって!否定できねーけど」
「はいはい。あ、此処でお別れだな。恭…んじゃあな」
じろちゃんがそう言って手を振ると、つられるように片手をあげて
へにゃりと笑う。こうしてると明日も学校で会うような錯覚に
落ちいっちまうなぁ。
「…おう。最後までサンキュ」
「永遠の別れみてーな言い方だな。どうせすぐ会うだろ」
多分、その言葉に根拠はない。今のところなんの予定も立ててねえし。
でも俺も不思議とまたすぐに会う気がしていた。つうか俺が会いたいから、うん。
「また連絡する。……、」
黙って相手の方をじっと見つめると、不思議そうに瞬きして
俺の言葉を待っている。ただそれだけなのに心の奥が疼いた。
さっきからこのうずうずは何なんだ?ってまぁいい。

「…俺と会わない間に彼女とかつくんなよな」
びしっと指を差して 今度こそお別れだとくるりと背を向けて
己の帰路へとつく。
「つくんねーよ ばーか」
後ろでそう呟かれたのは聞こえて無くて。
少しずつ、少しずつ俺と山田――じろちゃんの関係性が
変わっていく。未来はどうなっているか正直分からない。
今はただ漠然と、またあいつの隣で日常が過ごせますようにと
密かに願うばかりだった。






20220405 完結

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