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暇と言うのは恐ろしい。
どんな些細なネタでもいいから欲してしまう渇望さが、正常な思考を濁していくのだ。

「女の子と遊ぶの飽きちゃった」

俺がそう言えば、周りから一斉にブーイングの嵐。でもしょうがない。年上、同年、年下。学生、社会人、夜のお姉さん。色々食い漁ってきたけれど、どれも夢中にはなれなかったんだ。

「じゃーもう、いっそ男と付き合えば?」

さも適当に、スマホを弄る仲間内の一人に言われた。

「はー?男ォ?ないない」
「いや、イケるっしょ。須藤なら」
「まぁ否定はしないけどー」
「うぜー」

俺らの会話に周囲の奴らもゲラゲラ笑って、いつものごとく低レベルな会話に花が咲く。その中から、別の奴が面白そうだと悪ノリをはじめた。

「あ、じゃあさ。どうせならアイツ、香山!」
「かやま?・・・あぁ、委員長ね」
「香山とか落としてみたら面白そうじゃね?」
「いいねー。お前あいつ嫌いじゃん。これを機に深い仲になってこいよ」

うん、嫌い。嫌いっていうか、興味すらない。
いかにもお堅い学級委員長の香山。
お堅いってか、俺達みたいにノリが良くなくて、いつも一人で本読んでたり、静かに毎日過ごしてる、全くもって面白味のないクソつまんねぇ奴。

「委員長ねぇ・・・」

そんな委員長が俺と付き合って、惚れて、骨抜きになったら──。

「・・・何それ、ウケるんですけど」

ちょっと想像して、悪い笑みがニヤリと浮かんだ。





「ねぇねぇ、委員長」

嫌いな事はめんどくさい事、つまらない事。好きな事はそれらを上回るくらいの楽しい事。
ってな訳で、俺は翌日からさっそくモーションを委員長にかける事にした。
突然会話した事がない(と、記憶している)俺が声をかけた事で、委員長は不思議そうにノートにペンを走らせていた手を止めた。てか休み時間に勉強してるってどーゆー事よ。学生のあるまじき姿。

「・・・何?」
「あのさ、俺、委員長の事好きなんだわ。だから付き合ってくんない?」

眼鏡の奥の目を丸くして、委員長は固まった。
まあ当然っちゃ当然の反応。普通。つまらん。

「付き合う?」
「うん。お付き合い。どう?」

満面の笑みで頷けば、委員長は目を丸くしたまま俺をじっと見てきた。意外とまつげが長いなんてどうでもいい事実を発見してしまうくらいには時間をとられた。
考えてなかったけど、これ、俺が振られるってパターンもあるんでは。それだって当然っちゃ当然だけど、やっぱり委員長に振られるとか腹が立つ。どう言いくるめようか、このやろう。

「うん。いいよ」
「いや〜、そこをなんとか」
「だから、いいよって」
「・・・」
「・・・」
「・・・え、いーの?」
「やめとく?」
「やめない!」

委員長がシラケた視線を向けてくるから慌てて首を横に振った。なんて事だ。なんてスムーズな運びだ。予想外でちょっと怖いけど、さすが俺!
上手くいった展開にへらりと笑った俺に、委員長も笑っていた。


「オーケー頂きました」

るんるん気分で仲間のもとへ報告に行けば、マジかよ!と爆笑と拍手の嵐に見舞われた。
笑って頂ければ何よりだけど、俺の最終目標は委員長を俺にベタ惚れにさせてからの振るところまでだ。そう、振るのだ。その時委員長はどんな顔をするんだろうかって、考えただけでゾクゾクしてくる。なのでこれは通過点にすぎない、序の口である。

「あ、でも待って待って。俺がホモとか不名誉な噂立っても困るし、これただの俺の暇潰しだからさ、内輪ネタだけにしといてね」
「や、そもそもお前らにそう興味ないし」
「おい」

言い出しっぺの奴が興味なさげに言い放つ。
だが、まぁいい。
俺は最高の暇潰しを手に入れて機嫌がいいのだ。委員長よ、これからどうしてくれようか。ゲットしたラインのIDを眺めながら、俺は早速文面を作る。

『今日からよろしくね』

勿論文末のハートマークは忘れない。無機質な絵文字は気持ちが伴ってなくてもそれなりになるからとっても便利だ。すぐに既読がついて、こちらこそ、と簡易なメッセージが表示される。つまらん奴だと舌打ちをすれば、続いて大きな赤いハートを持ったリスがこっちを見ているスタンプが表示された。

(・・・委員長、キャラ違うくね?)

はて、と首を傾げたが、相手が乗り気なら余計にクライマックスが楽しみだ。
せいぜい俺に夢中になって下さい、委員長。





「委員長さ、休みの日って何してんの?」
「普通に過ごしてるよ」
「いや・・・普通って何?」
「友達と遊んだり、買い物したり、家でくつろいだり、色々」
「え、委員長友達いんの?」

ジトッと睨まれてしまったので、素直なお口はチャックした。
次の日から早速ベタベタしてみたら、クラスメイトは珍しい組み合わせを不思議そうに見てきたけど、だよね、そういう反応しちゃうよね。
しかし委員長は周りの目を気にしないで、無愛想かと思いきや俺の話にはちゃんと答えるし、堅物かと思いきや話し方は案外やわらかい。

「・・・あのさ。須藤、俺のこと委員長って言うけど、俺ただの学級委員で、委員長ではないからね」
「え?」
「学級委員の委員長は三年生の奥村先輩だから」
「・・・」
「須藤、俺にあんまし興味ないよね・・・?」

苦笑いしながらそう言うと、委員長は寂しげに目を伏せてうつ向いてしまった。
・・・。
え、何だこの沈黙。何だこの空気。いや、いやいやいや。

(〜〜ねぇよ!!!)

お前に興味なんて微塵もねぇよ!!つか学級委員長がどこの誰とかそんなことどうでもいいし!!誰だよ奥村!知らねぇよ!!
頬をひくりと引きつらせながら、ごめんと言った俺は大層偉かろう。キレなかっただけ偉かろう。

「じゃあ、えっと、香山、でいい?」
「・・・ん」

顔を上げた委員長、じゃなくて香山がはにかんだ。
その事にホッとしたのは、振る前に振られるんじゃと心配したからだ。





「香山って食べんの遅くね?」
「須藤が早いんじゃない?」

たまに一緒に帰るようになって、腹が減ったからファーストフード店に立ち寄ったら、香山の食べるスピードに苛々する。俺がバーガーあと二口くらいってのに、香山はまだ半分もいってない。女子か。

「須藤って口が大きいよね。顔が小さいのかな」
「へ?」
「よく笑う口だなって思ってた」

思ってたって、いつから?
ポカンとしていたら、香山の指が延びてきて、俺の唇の端っこに触れた。驚いて身体がビクッてした。

「ついてた。ケチャップ」
「え?あ、ありがと?」
「ふ、須藤って子供っぽいとこあるよね」

紙ナプキンで指を拭った香山が、小さく笑う。気恥ずかしくて、残り二口を一口で食べきれば「リスみたいだ」とまた笑う。
最近知ったけど、香山は意外とよく笑う。俺が失言すればムッとするし、いつかみたいに寂しそうな顔を作る。だから話題には気を付けるように探り探りで、香山が俺の話に興味をもってくれたら「よっしゃ!」って感じ。
なんとなーく、今まで付き合ってた子って俺に対してこんな気持ちだったのかなぁって考えた。

「つまんない?」
「へっ?」
「ぼーっとしてる」

下を向きながらもそもそ食べている香山に「うん」なんて言えるわけもなく。

「ごめんごめん、ちょっと考え事」
「ふーん?」

でも、そういう香山こそ楽しいわけ?俺は中々にゲスい下心があるから付き合ってるけど、香山って何で告白されたとは言え俺と付き合ってんの?





そう言えば休日に出掛けた事ないなと思ったのは、その休日に悪友の家でベッドを占領しダラダラしている時だった。
デートだ、俺達はデートをした事がない。
なんて事だ。今まで誘われたら出向く感じだったから忘れてたけど、恋人同士は仲を深める為にデートをするのだ。

(いや、別に深めなくていいんだけど)

しかし香山に俺を好きになってもらうには、デートして距離を詰めるしかない。そもそも暇だからって、香山とのんびりダラダラ付き合う気はない。短期決戦だ。
そしてそうと決まれば早速香山をデートに誘った。俺から誘うとか歴代の彼女達から羨ましがられるぞ、香山め。
ニヤニヤしながら「明日ひま?でかけない??」とメッセージを送信。頭の中で明日のプランを練り始めた。香山は体力なさげだから、インドアなデートがいいと思う。映画とか、映画とか、映画・・・以外何がある?外に出てインドアってなんだ。でもいきなりどっちの家とか、ヤり目的だって感じじゃん?あー、今まで誘ってきた子って、案外悩んでたんだなぁ・・・って、何で俺が香山に悩まなきゃいけないんだ。


「──い、おい!こら、起きろ」

悪友にガスガス蹴られて目が覚めた。
てか寝てたのか。蹴り起こすって何事よとぶつくさ言えば、もう九時だと指摘された。なんと、四時間も寝ていたのか俺は。そして四時間も寝かせてくれたのか、こいつは。優しいじゃないか。

「どーすんの、泊んの?」
「あー、帰る・・・」

だって明日デートだし。
そうだ、デートだ、香山だ。寝惚けまなこでスマホをタップすると、なにも受信していなかった。いや、ダチから何かきてるけど、香山からの返事がない。てか既読がついてない。

「は?マジふざけんなし!」
「あ?なに」
「香山がシカトすんだけど!え、俺なんかした!?」
「香山だって都合があるんだよ。お前と違って」
「失敬なっ」
「お前、女いた時は連絡ウザがってたのにな」

ちっちゃい爆弾発言をした悪友は帰るなら早く帰れと俺を追い出した。優しい奴かと思ったらこの仕打ち!しかし今は香山だ!この俺からの誘いを断るなんて!いや、まだ断られてないけど!むしろメッセージ気づかれてない、けど・・・なんで?あれ、香山もしかして何かあった?だっていつも謎スタンプ付きでちゃんと返事くるし。

(あれ、ここでもっかい連絡すんのって、まさにウザい?催促みたい?あれ?)

悪友の台詞を思い出したら俺からは何もアクション出来なくて、結局香山から返事が来たのは日付が変わる直前だった。明日は用があるとかで断りの内容だったけど、リスがごめんねと土下座している相変わらずの謎スタンプ付きで俺はちょっとだけ、安心した。香山ごときが俺をシカトするなんて許されないからな。





「こないだの日曜、何してたの?」

それは俺がデートに誘った日だ。
何でこんなこと聞いてるのかって、俺の誘い断ってまで何してたんだってゆー純粋な疑問。いつぞやの質問みたいだけど、香山は何でもないように「あぁ」と答えた。

「じいちゃんとばあちゃん来てたから、孝行してた」
「こうこう?」
「一緒に飯食べたり、出掛けたり、マッサージしたり。あ、スマホの設定も弄ってあげた。・・・ごめんな、誘ってくれたのに」
「あ、あぁ、いや、じーちゃんばーちゃんは大事だもんな、うん」

申し訳なさそうな顔でこっちを見てくるもんだから、「まったくだ」なんて言えなくなる。それに誘いに乗ってくれたとしても、何をしたらいいか答えは出てなかったから、ある意味助かった。誘った手前グダグダで終わるなんてありえないし。
だから、もし次に香山をデートに誘った時、何をしたらいいんだろって参考程度に聞きたい気持ちが沸き上がった。

「ねぇ、香山さぁ──」
「須藤っち〜。今日カラオケ行かな〜い?」

タ・イ・ミ・ン・グ!
俺が話しかけたとほぼ同時に隣のクラスの女の子から声をかけられた。何回か遊んだことはある子で、俺が香山の前の席に座って、向き合って話してる姿にキョトンとしている。あ、なんか新鮮な反応だなって、今じゃ慣れきったここのクラスメイトとの違いに笑えてしまった。

「だめ〜?たまには遊んでよ〜」

香山の存在なんて気にしないで俺の腕を握って甘えるように言うこの子を、その香山はどう思ってんだろう。チラリと横目で様子を見れば、いつの間にか取り出した文庫本を読んで完全に自分の世界に入っていた。

(〜っ、このやろーっ!)

仮にも(仮じゃないけど)お前の彼氏様がナンパされてんだぞ!そりゃ「須藤行かないで」なんて言うはずもないだろうし、言われたくもないけど!もっと目で訴えるとかあるだろお前ぇ!何を涼しい顔して本なんぞ読んでんだお前ぇっ!

「・・・いいよ、久しぶりに遊ぼっか」
「マジ?やったぁ!」

もうほぼ意地だった。それに俺が香山と付き合ってようが、ただの友達と遊んだってぜーんぜん問題ないわけじゃん?オーケーを出せば、女の子はじゃあまた放課後にって手を振ったから振り返して。
・・・で、香山は?って、もっかい見たらまだ本を読んでやがるから、ムッカーとしてそれを取り上げた。驚いた顔がようやくこっちを見る。

「・・・なに?」
「今の聞いてたぁ?」
「ああ。放課後、遊んでくるんだろ?」
「はぁ〜?」

はぁ〜〜?だよ、マジで、はぁ〜〜??聞こえてんじゃん。そこはちょっと拗ねたり寂しがったりするとこだろーがよ。

(いや、そんな香山キモいだけだけど!)

つか、俺だって引き止められたくないし、止められたって遊び行くし。
・・・じゃあ香山にそんなん求めなくてもいーじゃんって話だけど、だけどさぁ。

「──チッ」

モヤモヤして知らずについた舌打ちに、香山が眉間にシワを寄せた。





正直言って、面白くない。
始めは暇つぶしで香山と付き合いだして「しめしめ」って感じだったのに、最近は全っ然面白くない。
あのカラオケの一件以来、ケンアクムードってゆーか、俺が香山に対してイライラしてる感じ。(ちなみにカラオケ気分乗らなかったからすぐ解散した)
香山は俺に話し掛けてくるけど、上手く返せない。何を話したらいいか解らない。何で解らないかって言ったら、香山が何を考えてるか解らないから。
思っていたよりは話すし、笑うし、一緒に帰るし、ラインの返事も謎スタンプ付きで返ってくるし。でも俺が女の子と遊びに行くの良しとするし、たまに返事こないし、俺の失態に言い返さないけどムッとした顔をするようになったし。

(あ、無理。なんでこんな香山の事でぐちゃぐちゃ考えなきゃいけねーの)

もう暇つぶしの結果は当初のモクロミとは違って、「付き合ってはみたものの全然楽しくもありませんでした」だ。





一緒に帰るのは、暗黙の了解となっている。
約束しなくても、決まった曜日はお互いがお互いを待ったり、アイコンタクトで連れ立ったり。でも最近はずっと無言で、別れ際に「じゃあ」って言うくらい。なにこれ、苦痛。こんなんで付き合ってるって言えんの?香山なんで俺と付き合ってんの?
今日だってもう、そこの通りに出たら「じゃあ」で終わりだ。もう俺の中のイライラとモヤモヤが爆発しそう。

「・・・須藤?」

歩くのを止めた俺を、数歩先に行った香山が振り返った。

「あのさぁ、」

ここがもう、潮時ってやつだ。

「香山ってただの暇潰しなんだよね。俺からしたらそもそも付き合ってもないし、遊びだったんだよね。好きじゃなくて、からかっただけ。ははっ、ムカつく?それか泣いちゃう?もしかして俺のことマジで好きになったとか?」

動揺を悟られないように早口に捲し立てれば、香山はぽかんと目を見開き固まって、まるで俺が嘘の告白をした時みたいな顔をしていた。

「す、須藤・・・」

何て言う?泣いちゃう?怒っちゃう?
ワクワクに似たドキドキにソワソワしていると、香山は言った。

「もうネタバレすんの?」

モウ・ネタバレ・スンノ?

「・・・・・・ん?」
「知ってたよ。嘘で付き合ってんの」
「ん?え、え?」
「だって須藤、俺の事嫌いじゃん」
「へぇっ!?」
「目は口ほどに、ってやつ?」

眼鏡の奥がニッコリと笑った。
いつもの控えめな笑い方じゃなくて、満面の笑みだ。

「須藤、俺みたいなのとつるまないし、むしろ見下してるの分かってたし。どうせ暇潰しか罰ゲームだろーなって。まぁこっちも暇だったから騙されたフリして馬鹿な真似に付き合ってたんだけど。楽しかった?」

眼鏡を外して目頭をもみながら、香山は俺を見ずにペラペラと言う。
え、大人しい香山は?
え、控えめに笑う香山は?
俺は予想外の連続に、開いた口が塞がらなかった。

「俺はあんまり楽しくなかったなー。やっぱり苦手意識が露骨に出られると、お前もっと演技頑張れよっていちいち気になって仕方ないし、最近ちょっと中弛みっぽかったし。あと、あれ、カラオケの件。ああいうのって普通そっちが断りいれるんじゃねぇの?あの女子お前ばっか見てたし、周りも俺らが仮にも付き合ってるって知らないんだからさ、俺からダメとか言えねぇんだからさぁ」

正論、そして正論、ド正論。
グサグサグサと矢が刺さる。

「案外お前、大したことねぇのな」

ガン!と空から金ダライが落ちてきたような衝撃。
それじゃあと、最後にあろうことか中指を立てて薄ら笑いを浮かべた香山は颯爽と通りに出て消えてしまった。
ひゅう〜と虚しい風が吹く。

「〜〜っの野郎!」

ゾクゾクと腹の底から愉快な気持ちが疼いて、苛立つ言葉とは反対に好戦的な笑みが浮かんでしまう。

(香山、お前、マジ最高。面白いよ)

絶対ほれさせる。こっち向かせる。
目的は初めと一緒だけど、志が違う。俺の野望に似た決心は、久々に乾いた体に血を滾らせて、かさついた唇をペロリと舐めた。



おわり



長くなったな。

小話 98:2018/09/15

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