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結論から言うと、俺はこいつと別れたい。
突っ立ってるだけで女が寄ってくる様なこの男は、俺なんかの態度が目に見えて素っ気ないものになっていくのを始めはあたふたとご機嫌取りや心配したりしていたけど、最近じゃもう諦めて、一緒にいてもお互い終始無言の方が多いくらいだ。
倦怠期と言うんだろうか。付き合ってはいるから時間を共有するが、それはもう馴れ合い・惰性。トキメキなんてあったもんじゃない。しかしそれだけなら別れたいなんて結論は出さないが、やはり確固たる原因はある。

「最近冷たいよね」
「そーかな」
「そ、そうだよ!」

ソファーに仰向けで寝そべりスマホを弄っていた俺の前に腰を下ろし、背中を向けていた雪城が振り返る。見ていたらしいテレビは結婚情報誌のコマーシャルを流していて、白い鳩やらカラフルな花やらがウェディングドレス姿の花嫁の周りを舞っていた。
体を捻って俺を見てくる雪城の目が、涙を浮かべている。

(・・・ウザ)

これだ。
少し前から抱き始めた違和感。「ウザい」「面倒くさい」「好きじゃない」の三重苦。特に一番最後の「好きじゃない」。この感情にハッキリと気付いた時が決定的だった。

付き合い当初、いや、それよりもっと前、友人としての雪城はむしろ性格的に気があって一緒にいると楽しかったし、安らいで、群がる女子の合間を縫って俺の元に来てくれるから、そんな雪城の隣にいられるのは誇らしくて嬉しかったのに。
それが付き合い始めていつからか、あれ?と。雪城が俺の隣にいることに対して違和感を覚え、次第にウザいなと思い始め、段々面倒くさい奴と溜め息が出るようになり、もう好きじゃないとハッキリ思うようになってしまった。
男同士というのに配慮して、周囲には秘密の関係だとは始めに決めていたのに。人前でも雪城は友達以上の距離を取りたがり、必要以上の接触を好み、それは水面下のやり取りでも俺を悩ませた。相当数のメールやラインに着信。居場所や何をしているか。俺の全てを把握したがってきた。

(疲れた・・・)
俺が悪いのだろうか。そんな変化くらい受け入れるのが恋人だろうか。 それなら俺は雪城の恋人にはなれない。じゃあ俺が悪いのか。そうか。
俺の深い深呼吸に、雪城の肩が跳ねた。

「ごめん。別れたい」

体を起こしてソファーの上で正座し謝罪する。
呆然とした顔をして、俺から床へ視線を落とした雪城は、か細く震えた声で「わかった」と言った。前々から雪城も俺の態度で思うところはあったのだろう。承諾は意外にすんなり下りた。

「・・・さよなら」

俺の部屋の合鍵をテーブルの上に置いて、雪城はフラフラと出て行った。
ソファーから足を下ろせば、まだラグの上に雪城の温もりがある。今までいた人物はもういないし、もう来ない。







別れてから一ヶ月。
疲労感と罪悪感に襲われた俺は、グッタリと身に力が入らず、あれから二日間大学を休んだ。三日目に顔を出せば、周りにはサボりを笑われたり、体調を心配されたりしながら何も変わらない日々を過ごしていた。周りには雪城と付き合ってることは言ってなかったし、そもそも学部やサークルが違うから顔をあわすことも無い為、本当に付き合う前と何も変わらない。
まぁ、芸能界の大物カップルの破局じゃあるまいし、一端の一カップルが別れたところで世間がざわつく訳がない。

午後の講義を前に、構内から出たところのベンチで一息ついた。
あれから携帯は鳴らない。
スッキリとした別れ方を出来なかった俺達は、友達にも戻れなかった。そういうものだろう。雪城に関するデータは別れて三日目で削除したし、案外そら覚えしてないもんだなと、薄情な自分に薄笑いすら出たほどだ。
別れてしまえば接点がない。思えば友達になれたことすら奇跡だろう。

あの日も確か、このベンチに俺は座っていた。

女子達がキャッキャ言いながら何かに群がっていて、始めは猫か?とさして気に求めてなかったが、どうも様子がおかしい。身を乗り出してその方向を見てみれば、女子達から一人抜き出た高身長の男が囲まれていた。

(うげ、すっげぇイケメン)
大学に上がると髪型や服装を無理して格好を作る奴が多いが、男は天性のイケメンだった。同じ男の俺ですら目を見張る。顔、スタイル、申し分ない容姿端麗な男に群がる女子は、さながら砂糖に群がる蟻のようだ。
綺麗な笑顔を浮かべている男に女子は構うことなく携帯片手に何か言い寄ったり、腕に絡み付いたりとやりたい放題だ。

「そろそろ時間じゃないかな」
「ん〜。もうちょっとここにいる〜」
「でも──ああ、ほら。ベルが鳴ったよ」
さらりと腕を解き、誘導するように講堂の方へ手のひらを向けると、名残惜しそうでもありながら女子達はすんなりとそれに従った。面白い図に噴いてしまう。散り散りなった女子の輪から解放された男はそれに気付いて、当然目があった。

「・・・お疲れ」
「・・・ああ、うん」
何故か咄嗟に飛び出た言葉に、男は律儀にも苦笑しながら返してくれた。

「蟻みたいな女だな」
「蟻ってより、あれはハイエナだよ」
俺の隣に当然のように座った男は質の良さそうな綺麗なセーターを触った。完璧伸びている。

「悲惨だ」
「言っても聞いてくれなくて。困ってはいるんだけどね」
そう言う割に、ベンチの背凭れに両手を回し、嫌味のように長い足を組む男の姿は彼女らの扱いに長けているようだった。そこで俺はさっきの誘導場面を思い出す。あれは水族館でよく見るショーを終えたアシカと、それを手慣れた様子で誘導する飼育員、そのものだ。

「君、よくここのベンチにいるよね」

再び噴いて笑いそうになったのを堪えていると、男はじっとこっちを見ていてそう言った。

「え、そう?」
「うん。こっちが囲まれてる時にいつもここでぼんやりしてるから、羨ましいなって」
「貶してる?」
「羨ましいんだって」
クスクス笑った雪城と言う男は、小さな仕草すら美しかった。それに毒気を抜かれ、つられて自分も笑ってしまう。
実際、次の日に意図的にベンチに座っていれば、確かに雪城は囲まれていた。今日は男もいて、何だか華やかな軍団の中にいる雪城は一等目を引く存在で、無意識に凝視していれば、こっちを見てきた雪城がニヤリと笑った。

「ごめん。友達を待たせてるから、抜けるね」
にこりと笑みを浮かべて颯爽と俺の元に来た雪城に、俺は瞠目した。

「友達だっけ?」
「あれ、違った?」
「・・・いや、いーよ。友達で」

そこから始まった友達付き合い。
気取った奴かと思いきや、以外と気さくで冗談も言うし、話もあった。

(好きだって言われたのはビックリしたけど、頷く俺も俺だよなあ・・・)

男同士、って一瞬悩んだけど、雪城となら、ずっと楽しくいられんだろなって気持ちのが大きかった。
意外とデジタルよりアナログ事情の方が記憶に残っているのもおかしな感じだ。

雪城の合鍵に付いたままの本革のキーホルダーは、英字ロゴが焼印されたブランドものだ。鍵を渡した次の日にはもう付いていた。小物だけど値が張るそれを、俺はポケットに入れていた。貧乏性というか、庶民的感性というか、これは返した方がいいんじゃないかと良心が訴えているからだ。
ポケットの中でそれを弄りながらいつ、どうやって返そうかと考えあぐねていると、見覚えのある女の子──雪城の取り巻き達がベンチの前を通り過ぎた。

「雪城君、フリーになったってのに全然構ってくれなーい」
「え、うそ。雪城君、今フリーなの?」
「さっき本人が言ってたもん。一月前に別れたって」
「か〜っ、マジか!馬鹿だな元カノ〜!もったいね〜!」

うっせぇ馬ぁー鹿っ!
俺は内心悪態付いた。世間は俺達の、いや雪城の破局に騒ぎはしないが、この大学ではニュースのようだ。さすが雪城。

「でも雪城君、全然元気ないんだよね」
「なにそれ。超引きずってんじゃん」
「なー。マジどれ程の女だよって感じ」
「そりゃうちらに靡かないはずだわ」
「え、待って。じゃあ雪城君が一ヶ月ぶりに来たのって、まさか傷心してたから?」
「どどどどんだけー!!」

大きな驚愕の声に、俺も開いた口が塞がらなかった。

(い、一ヶ月!?元気ないって、え?)

一ヶ月ぶりって、それってまさか、というか絶対俺のせいじゃんかと久しぶりに心が揺すぶられた。悪すぎる意味でだ。

「なあ、雪城どこ?」

腕を掴まれた女子はビックリしていたけど、俺を表面上は雪城の友達と認識しているらしく、すぐにカフェテリアだと教えてくれた。
あの馬鹿、なにをやっているんだ。いや、俺がやらかしたのか?また俺が悪いのか?
カッとなってカフェへ急行した。会って何を話したいとかは無いけれど、一度顔を見て、お互いに腹を割ってスッキリさせなくては俺も雪城も過去を引きずったままだろう。

日が当たりすぎている窓辺の席に、はたして雪城はいた。大きな体を突っ伏して小さくなっていた。周りの女の子が遠巻きに心配しているが、雪城が放つ話しかけるなオーラを感じているのか、ちらりと見ては近寄らずに退散している。
デニムとあわせた黒のトレーナー一枚でも様になっている雪城は、やはりかっこい──あ、いや、あれ知ってる。あれ散々着倒してる部屋着じゃねえか。
それなりに服装には気を付けていたはずの雪城の、この体たらく。
だらしなくなったのも、俺のせいかよ。
雪城一人が被害者のようでムカッ腹が立ち、ガン、とテーブルの脚を蹴ると、雪城はのそのそと顔を上げた。

「よう」
「み、のうら・・・」

驚いた顔をしたが、俺も驚いた。少し痩せたか?目の下の隈が目立つ。

「・・・なあ。お前、そんなんじゃなかったろ?もっと堂々としてたじゃん。いつも余裕ぶってさ、なのに何で俺なんかにいっぱいいっぱいなってんの」
「俺なんかって言うな!」

ダンッ、と拳をテーブルに叩き付けて立ち上がる。雪城は背が高いから、立ち上がって迫られると威圧感が半端ない。
大きな物音と雪城の声にカフェ内で注目を集めてしまった。しまった、と雪城の目が泳いだので、仕方なしに椅子に座り、雪城にも促した。痴話喧嘩を大衆の場で繰り出すつもりはない。
席に座った雪城は一度俺を見たきりずっとうつ向いている。

「・・・み、箕浦は魅力的だよ、充分」
「はあ?」
「僕がいなくても、やっぱり変わり無いんだね」

ははっと弱々しく笑う雪城なんて初めて見る。
もっとキラキラしてて、どこか余裕があって、俺の隣で思いきり笑うやつだったじゃないか。

「お前はだらしねぇのな」
「・・・うん」
「そういうの、情けなくねぇの?」

言えば、雪城は大きな目をつり上げて、少しの涙を浮かべて。

「そっちがそうさせてるんじゃないか!僕だって驚いてるよ!僕はもっと淡白だと思ってたし!ヤキモチなんて焼くより焼かれる方だった!な、泣いたりするなんて論外だよ!」

最後の方はグズっと鼻を啜って、袖口の延びたトレーナーで涙を拭った。まるで幼い子供だ。

「淡白とかどの口が言うんだよ・・・」
「だから、頭から調子が狂いっぱなしなんだって・・・引き際くらいは、みっともなくないようにしたんだけど」
「結果グダグダじゃねぇか」

こくん、と頷いた拍子にボロっと大きな涙がテーブルに落ちた。その一粒を見て、不思議と俺の苛立ちが凪いでくる。

「・・・俺が雪城のこと泣かせてんの?」
「そうだよ」
「俺の事好きだから雪城はウゼェのか」
「ウザ・・・っ、そ、そうだよ。柄にもなく必死だったんだよ」

鼻の頭と目尻を赤くしながら睨まれても、怖さも凄みもあったもんじゃない。

「でも俺は、前みたいに普通に仲が良かった頃の方が良かった」
「箕浦がもっと僕に向き合ってくれたら、僕だってそんな必死にはならないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。そういう事だよ」
「どういう事だよ」

ふん、と強がる雪城に、笑いが漏れてしまった。喉を鳴らして笑うと何だか馬鹿馬鹿しくなって、真っ直ぐに雪城を見るとまだ鼻が赤くてやっぱりそれがおかしくて、ささくれだっていた心のトゲがポロポロと落ちていく。

「うーん、なんかごめん」
「ほんとだよ」
「この野郎」

前みたいな軽口の叩きあいが心地いい。
ああ、そうだ。こんな風に、俺の前では気取らない雪城となんて事ない話をするのが好きだった。俺がもっと雪城と話す時間を、雪城と向き合う時間を作れば良かったのかな。どっちもどっちな堂々巡りな気もするから、やっぱりちゃんと話し合えば良かったのかな、俺達は。

「あのさ、これって仲直り?僕達ヨリ戻した?」

思い耽っていると、雪城が真面目な、でもまだ涙で潤んでいる目で俺を見て来た。なんだその子犬みたいな顔。なんでもうそんな関係に戻ってんの俺達。

(どうしようもない奴だな)

でも始まり方もそんな感じだったなぁ。
どう返事をしてやろうかと身を引いて椅子の背に体重を預けたら、ポケットの中身がカチャリと鳴った。

(これだけ返すってのは、もういいや)

先日の置き土産をもう一回付け足して、渡してやろう。
眉を下げてこっちの様子を窺う雪城に、俺は仕方なく根負けしてやるのだった。



おわり



ガチ別れ話書いてみたかったけどちょっとやそっとじゃ別れない。

小話 96:2018/09/01

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