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男同士の恋愛でリスキーな部分はほぼ“全て”だろう。
若さにかまけて外でじゃれついても、遊びやふざけたで説明がつくし、デートをしてても普通に観光や買い物だと思われるだろう。スーパーでひとつのカゴに二人で食材を詰めたって、ただの買い出しくらいにしかとられないはずだ。
けれど。これから年を重ねていくにつれ、いい歳した男二人が一緒にスーパーで買い物や、ましてやデートに行くなんて、好奇の目を集める対象だろう。
なぜなら本来、その隣は彼女、もしくは妻という立場が並ぶからだ。

「せいぜい会社帰りに飲みに行くか、よくてスポーツ観戦とか?観に行くほど好きじゃないけど・・・」
「何の話?」
「これからの俺たちについての話」

ソファーの上で抱えた膝に顎を置きながら小言を漏らしていた俺に、新聞を広げていた隼が振り返る。夏の甲子園の特集記事を読んでいたらしく、打ち上げたボールの行方を目で追いながら走り出そうとしている選手の写真が大々的に載っていた。「劇的大逆転」。大きな見出しに、この選手、ひいては学校の行方が知れた。実に眩しい。
そっちに気をとられ、ぼんやりと新聞を見ながら答えたら、視界のぼやけたところにしかめっ面の隼が映る。

「それは、俺とのこれからを考えてくれてることに喜ぶところか、悲観的になってるところを怒るところか、どっち?」

悲観そうな顔でもしていたのかと記事から目を離し改めて隼を見ると、その顔はしかめっ面というよりマジな顔付きだった。
どっち。
はく、と開いた口からは言葉がでなかった。


隼とは大学に進学してから知り合った。
お互いに自分達が“そういうの”だと直感で感じた。探り探りで接してみればやはりそうで、“そういう”癖に卑屈な自分を引っ張ってくれる隼は眩しくて、引っ付くと離れられなくなってしまった。
今思えばちょっとした仕草とか、目があった時の相手の様子を見るような視線とか、“そうかも”と思う節があったのだけど、隼はただひたすら「運命だっただけでしょ」とカラカラと無邪気に笑うだけで。でも一緒にいれば俺もつられて「バカじゃないの」って、ふざけて笑って。
バカみたいだけど、一緒にいるのは楽しくて好きだった。だから、柄にもなくずっと一緒にいれたらいいのにと思ってしまった。

現実を見たのは成人式の日。
高卒社会人になった中学校の同級生が、子供を抱いて現れた時だった。高校からの付き合いの彼女とデキ婚をしたのだと、照れくさそうに、けれど幸せそうに笑っているというのに、祝福の言葉は形だけで、心の底から祝えなかった。ド最低。自分には手に入らない幸せを、隼に与えられない幸せを、妬んでしまった。

隼の地元は夏に成人式をやっていたので、早々に切り上げて部屋を訪ねてきた俺を不思議そうに、けれどすぐに暖房のきいた暖かい部屋へ迎え入れてくれた。

「友達に」
「うん?」
「子供が」
「ハハッ、俺んとこもいたよ、お母さんになってた奴。子供二歳だったかな。やんちゃしすぎだろって」

大学の入学式以来のスーツを脱ぐこともしない俺のジャケットを甲斐甲斐しく脱がせ、正面からぎゅううっと抱き締めて背中を笑いながら撫でてくれた。俺の異変に気付いたのだろう。

「ま。人生色々っていうしね」
「・・・うん」
「人と比べることは何もないよ」
「・・・ん」

慰めるように、言い聞かせるように、隼が紡いだ言葉をゆっくりと飲み込んでいくが、大きなしこりが喉元がつかえていつまでも苦しかった。


例えば。
俺達はこれから別れるかもしれない。他の奴を好きになるかもしれない。女の子の良さに目覚めるのかもしれない。別れるつもりも、目移りする気も、女の子に触れたいという感情もないけれど、それは絶対ではないのだ。その時の“最良”を選んだ結果、隼との別れの日が来るのかもしれない。
それなら俺は、隼の幸せを一生願えない。

(・・・俺のしこりは、これなんだなぁ)


ド最低な俺は、自分の幸せの為に誰かを・・・隼を、犠牲にしている。
いつも人の中心にいて、男女問わず友好的で、隼にその意図がなくても好意を寄せる女の子はいて、隼がいくら“そういう”人だとしても、子供を望んだり、家族を望まれたりしたら、俺にはもう引き留められないし、何より卑屈でいいところのない俺の側にいるメリットなんて、隼にはひとつもない。

(身近にいる同じ志向の奴が俺だけだから)

一時のその場凌ぎか、寂しさを埋める穴埋めか。

(それくらいしか無いんじゃないかな)

ああ。嫌だ。
隼と一緒にいるのに、嫌な考えがぐるぐると黒い渦を巻いて心をぐちゃぐちゃに塗り潰していく。

「フミ君、今何考えてる?」
「・・・楽しくないこと」
「俺といんのに?」

新聞を畳んで、隼が膝歩きでソファーの元まで寄ってきた。そのまま俺の下に腰を落ち着けると、うつ向いたままの俺の顔を下からじぃっと覗き込んでくる。
スッと通った鼻筋が綺麗だなとか、現状にそぐわない事を考えてしまう。

「フミ君は、よく辛気くさい顔をしてるよね」
「・・・失礼だな」
「でも、たまに俺といる時めっちゃ笑顔になんの、すげぇ可愛くて好き。あー、俺が笑かしてんだなーって、嬉しくなる」

ふに、と隼が頬を摘まんだ。
反射的に強張ると、もうひとつの手がもう片方の頬を摘まんで、むにむにと無理矢理口角を上げさせてくる。抗ってるからきっと変な顔だろうに、隼は相好を崩し、最終的に両手でやさしく顔を包み込む。

「そうやって、日に日に笑うことが増えてったらいいなって思ってるよ」
「・・・」
「俺はフミ君といるのが好きだけど、フミ君は楽しくない?辛い?」

躊躇ってから、首を横に振ると、そっと隼の手が離れていった。図々しくもそれを寂しいとすがるように目で追ってしまう。
ソファーの下で、隼がにっこりと笑った。

「俺の母さんの姉は、独り身だけど趣味で海外飛びまくり。バックパッカーすげぇ楽しんでるよ。父さんの弟夫婦は子無し選択して、お互い仕事に励んでるし、少し前に保護犬を・・・あー、二匹だったかな、引き取って家族増やしてた。バイト先の店長も独身だけど、一人で店あんなでっかくして、出来る男って感じでマジかっけぇし」

急な話題に疑問を持つが、隼は家族や慕っている人物のことを楽しそうに、時々思い出すように天井を見たり、肩を揺らして笑っている。

「ねえ、フミ君」

その目がふいに、俺を真っ直ぐにとらえた。

「子供が何の理由になんの?」
「独身の在り方も、夫婦の在り方も、男と女の在り方も、誰が決めんの?」
「他の誰でもなくて、フミ君はどうしたら、一番幸せになれんの?」

矢継ぎ早な、でも核心をグサリとついた質問に、心臓がドン、と衝撃を受けた。
隼はきっとあの日から、俺のしこりに気付いていたのだ。
どうしたら、なんて、言えるわけがない。
喉のつかえを吐き出すことは絶対にすまいと唇をかめば、落胆のような、呆れたような、あからさまな溜め息が聞こえた。

「・・・言い方変えるね」

再び伸びた大きくて少し固い手が、俺の左側の手を暖めるように挟み込んだ。
じわじわと、心んなかの黒ずみが溶けていくような暖かさに鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。

「俺はフミ君が側にいてくれんなら幸せになれるんだけど──

──俺のこと、幸せにしてくれる気、ある?」

左手の薬指を擦りながら言われると、もうダメだった。
一度深く頷けば、涙がパタパタと落ちてしまった。


「じゃあほら、泣くことなんて何もないじゃない」




おわり


小話 93:2018/08/18

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