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※not平凡受け
※時代錯誤和風雰囲気ファンタジー
※当サイト比で長め







「お前、忌み子なのか?」

呪符の貼り付けられた暗い地下牢の中で、足枷を嵌められた子供は顔を上げた。
自分を此処に閉じ込めた人間と同じ匂いのする少年は、蝋燭一本の僅かな灯りを自身に向けて、純真に酷な言葉を用いて問うてくる。
その小さな灯火でもわかる綺麗な色の着物を重ねているからして、身分の高いものだろう。さしずめ、物珍しさに興味を惹かれ、親の目を抜け出してきた坊ちゃまか。
牢の中の子供は怒りも泣きもせず、咎人が着せられる灰色の襦袢一枚を着て、ゆらりと揺れる小さな火を見つめながら、にいっと笑った。

「お前らが何を忌み嫌っているのか知らないが、コレが原因なら、そうなんだろうな」

頭に掛けていた被衣(かつぎ)をはらりと落とせば、蝋を持った少年は目を見開いて、食い入るようにソレを見つめた。
現れたのは、金色の髪に金色の瞳、そして頭部から伸びる金色の、二本の角だった。
罵声も悲鳴も批難も聞いた。さて、こいつは、と開いた口を見つめていれば、ポカンとした表情のまま、一言呟いた。

「すげぇ、綺麗だ・・・」



少年は度々、大人の目を盗んで地下牢に足を運んだ。我が家の敷地内に牢があると言った少年はツルギと名乗り、剣と書くと、聞いてもないのに話し出す。

「お前の名は?」


親や監守の目を潜り、水物や砂糖菓子を分け与え、暴言や暴力をぶつけるでもなく、牢に引っ付き「元気か」「寒くはないか」「腹は空かないか」と問い掛けるが、牢の中の子供は初めて会話を交わした以降、返事をしない。いつも窓のない真っ暗な地下牢の中で、ぴんと背筋を伸ばして呉座一枚の上で正座をしている。
腹も空かない性分なのか、怯える侍女が猫の抜け道程度の枠から差し出す薄い粥や蒸かした芋、野菜くずの汁物にも一切手をつけず、いつも子供は静観しているそうだ。
大人の間で気味が悪いと囁かれているのを剣は聞いたが、それでも牢へ通うのをやめなかった。

そしてある日、しくじったと顔に擦り傷を作って現れた剣は、笑いながら牢の中へ柿を置いた。
「この服、動きづれぇんだよな」
と、上質な着物を腕捲りして文句を垂れる。商家の息子かと思ったが、地下牢なんぞ構えている家だ。自身を捕まえた大人の高飛車な態度から貴族の筋も高いと踏んでいたが、この子供はその嫌いがまるで無い。今も忌み子と呼ばれる自分の為に、柿の木に登り、落ちて、怪我までして・・・。
牢に入って一月と少し。子供はこの日初めて食べ物を口にした。

いつしか子供は剣がくれば自然と距離を近づけるようになった。気を許したのか、姿勢も崩す。手を伸ばせば触れる事の出来る距離だ。

「・・・キラ」
「キラ?字は?どう書く?」
「綺羅星の、綺羅」

金色の前髪は富士額に沿って真ん中別れして、顎の位置で後ろ髪も揃えてぱつんと切り揃えられている。蝋燭の小さな灯りで光る綺羅の髪は、まさに綺羅星の如く輝いている。
ああ、と頷いた剣は牢の中に手を伸ばし、綺羅の頬に当たる横髪をすくって破顔した。

「お前の為の名だな」




忌み子を飼い殺している。
それは年幼い牢の外の子供にも、牢の中の子供にも理解出来た。角を持った鬼の様な子を殺す事で本当の災いが起こる事を恐れているのだ。実害を加える事もないが、見世物小屋のように大勢の大人は牢の外から「まだ生きている」「この世のものではない」「早くくたばればいいものを」と言葉を浴びせた。
このまま一生閉じ込められる。このまま一生生かされる。
どちらにせよ地上の地獄には変わらないと、無力を嘆く剣に綺羅は笑った。

長い年月を重ね、髪も背丈も手足も随分と伸びた。声も子供特有の柔らかさを失った。ふとした瞬間、大人が垣間見えるようになった。
当時の子供達は互いに歳十六になった。


ある日、綺羅は空から落ちたと言った。
今まで自分の正体や生い立ちを話す事は一度もなかった綺羅が、何もない宙を見ながら片膝を立てて呟いた。それを驚くでも馬鹿にするでもなく、牢に肘をついてもたれ掛かっていた剣は横目に綺羅を観た。
うつ向き、垂れる髪を耳にかけたその横顔は、陰影すら美しい。

「って事は、綺羅の正体は流れ星か」
「馬鹿だな。星に角はない」

わりと本気で答えれば、鼻で軽く笑われた。気恥ずかしくて視線をそらせば、綺羅はまたぽつりぽつりと話し出す。

空から落ちて、訳の解らぬままに人間に攫われ、此処に閉じ込められたのだと。
当初に感じた通り、綺羅を捕まえ地下牢に入れたのは剣の父親だった。牢の中で杭に繋がった足枷を外そうと足掻いている間に、外から錠を掛けられ、更に術師により呪符を貼られてしまったと虚ろげに綺羅が笑う。この呪符が何を封じているのか剣は知らないが、蹴ろうが殴ろうがビクともしないし、鍵は適当に棒を突っ込んで弄っても掠りもしなかった。毎回何かしら試みる剣を他人事のように綺羅は眺め、既に期待もなく諦めていたが、馬鹿みたいに懸命なその姿を見るのは好きだった。

「鬼の子、忌み子、禁忌の子。災いの前触れ、不気味だと、憎悪の塊だとも言われた」
「っ、すまない・・・本当に、申し訳ないっ」
「お前の謝る事ではない。剣は私を綺麗だと言ってくれた。私の名を聞いてくれた。ありがとう」

頭を下げた剣を制し、綺羅は目尻を和らげる。
剣の顔が赤くなったのは、蝋燭を綺羅に傾けていた為、幸い気付かれる事はなかった。

「私の今後を知ってるか?」
「今後?」
「この村の大災に備え、私は神の社とやらに供物として捧げられるそうだ。さんざん持て余した結果がこれか」
「は、あ?」

熱くなった体温が、腹の底まで急激に冷えてゾッとした。綺羅本人はクツクツと他人事のように笑っている。

「果たして、神が忌み子を気に入るかどうか」
「お前それって!・・・っ、クソ!!」

所謂人柱だ。
しかし天災や疫病が、人の命で覆される訳がない。そんなものは百も承知で、神へ捧げるとは折り目正しいが、ふたを開ければ綺羅の処刑そのものだ。
飲まず食わずでも生きていけるのは最早周知である。神聖な場でいよいよ斬られるか、焼かれるか、もしくは首を括るのか。

「お前には世話になったな。最初で最後の、私の友だ」
「〜〜畜生っ!畜生畜生っ!!」

ガンガンと拳を牢にぶつけるが、やはりビクともしない。歯を食い縛り、項垂れながら地面を殴る剣の姿を、綺羅はまた、穏やかな顔で見つめていた。


「俺はこの家が好きじゃない。同じ人の上に立って偉そうにしてやがる。俺はいずれ、この家を捨てる」

顔を腫らし、唇に瘡蓋を作った剣が鬼のような剣幕で息巻いてきたのは翌日の事だ。
昨日の事で親に噛みついたのだろうか。馬鹿な奴と思いはしたが、綺羅はそれを口にはしなかった。

「へえ?それは志し美しいことで。しかし私には関係のない話だな」
「俺はお前を連れていくぞ」

胸元まで伸びた金色の毛先を弄りながら浮かべていた、相変わらずの諦めの笑みが固まった。目を丸くして顔をあげれば、剣が茶化す事なんて出来るはずのない真剣な顔で自分を見ていた。たった一晩で随分と顔つきが変わったものだ。

「嫌だと言うなら攫っていく」

剣の瞳の中で揺れているのは蝋の火か、決意の表れか。思わず綺羅は目を反らした。動揺と言うものを初めて覚えた。

「・・・一年」

白く痩せた指一本を立てた。
幸いか、近々名のある大名の婚姻が続けて行われるらしく、不幸の年は避けたいとの理由で綺羅は一年後の秋に処されることを、下卑た笑みを浮かべる人間達から聞いていた。命乞いするでも泣きわめくでもなく、相変わらず正座で凛としている綺羅に「つまらん」と唾をはいたが、綺羅にとってそんなことはどうでも良かった。
あと一年。
あと一年しか、剣といられない。

「俺が供物として捧げられるまで後一年だ。それまでに出来るか?」
「出来る。いや、する。絶対に」

牢の中に手を突っ込んだ剣が小指を伸ばした。
誘われるように、震える小指を恐る恐る絡めれば、力強く指を組まれた。
悲痛に顔を歪めた綺羅の瞳から、涙が落ちる。

「・・・待ってる」



季節の変わり目も、朝も夜も解らない。
当初は三食出ていた僅かな食事も、今では無用と見なされ数日に一食、それももはや食事とは呼べないものになった。
それでも底冷えする空気や籠る熱気に加え、剣が摘んでくる花や果実達に、綺羅は諦めていた外を思いやる。

「朗報がある」

ここしばらく顔を出さなかった剣が、見覚えのある羽織をまとい現れた。
餡をふんだんに詰め込んだ饅頭を綺羅に渡して腰を落とす。腹は減らないが、綺羅は剣から貰うものは全て口にした。

「この屋敷の当主が俺に移った」

一瞬、綺羅は動きを止めて、ちらりと饅頭から視線を剣に移した。
ああ、そうだ。あの羽織は自分を捕らえ、いつも人の中心で指図をしていた人間が着ていたものだと思い出す。
剣のがよっぽど似合っているなと納得し、笑えてしまう。

「お前、父親を殺したか」
「馬鹿言え。元から心臓病だった」
「の割には、悲しそうな面じゃない」
「だから朗報だっつったろ」

ニヤリと男臭く笑った剣は、それだけじゃないと得意気に言う。

「お前を捧げる神の社とやらには、俺が連れていく役目になった。足枷の錠を外し、お前を牢から出すのも俺だ」
「ほう?」
「ただ、錠も呪符の解除も当日だ。周りにゃ神主や術師もいる」
「なんだ。最後の最後まで待たされるのか」
「うるせえよ。俺は、その中でお前を掻っ攫う。お前は何もしなくていい。黙って俺についてこい」

格子に掛けていた綺羅の指を、上から剣が強く握った。熱を持った手に負けじと、牢越しに綺羅を見つめる視線が熱い。綺羅もまた、その視線に溶かされるように、うっとりと、熱っぽい視線を剣に向けて、頷いた。
この牢が邪魔だと、初めて愁いた。



季節の巡りは二人を焦らした。
当主への引き継ぎから任される仕事も増えたことから、剣が牢へ通う日数はぐんと減ったが、それでもついに、ついにその日はやって来た。

剣を筆頭に、術師と神主に巫女二人が次いで牢の前に現れた。いつもより蝋燭の数も多く、周りが明るい。

「今日が最後の日だな」

剣がニヤリとしながら言った。
何をもって最後なのか、当人同士しか解らない。自身の処刑だと言うのに口元に薄い笑みを浮かべた綺羅に、巫女は震えて神主は嫌悪感丸出しの表情を作った。
一旦神主や術師は先に地上に出て、外に出た綺羅を再び拘束する術具を施す準備をすると言う。剣には牢に残り、神への進物となる綺羅を着飾せる役目があった。本当は巫女の役目だが、綺羅を触らせたくない思いで剣が代わりを申し出れば、これ幸いとあっさり認められたのは儲け話だ。
巫女から衣装と化粧道具を受け取り、死んだ父から譲り受けた牢の鍵で中に入ると、初めての何の隔たりもない空間で向き合う綺羅に、不謹慎だが剣の胸は高まった。巫女が出ていき地下牢の扉が閉まる。やっと二人となって手を伸ばし肩に触れれば、綺羅の両手がその手をそっと離して片方の角へ導いた。触れるのは初めてだ。

「考え直すなら今だぞ」
「あ?」
「私は人間ではないからな、共にいるのに嫌気がさすぞ」
「ふん。まずは嫌気がさすほど側にいろ」

いつの日かの反対に、剣は鼻で笑った。
術師から渡されたもうひとつの小さな鍵で足枷を外し、白くて細い足首を掴み上げ、親指の小さな爪に唇を落とした。びくりと震えた綺羅が剣を睨むが、気にしないで足袋を履かせる。汚れた着物を剥いて白襦袢を着付け、目尻と唇に、剣の小指によって紅をひかれた。

「白無垢にしちゃあ地味すぎるか?」
「ふっ」
「笑うなよ。本気で言ってる」
「そうか。で?これからどうする」

自由の身は今この時だけだ。逃げ道は牢から階段を登り、木戸を開くしかない。しかし地上に出れば再び拘束される綺羅には、出たその一瞬しかないのだ。

「お前を担いで逃げる。川に船も用意している。外にはうちの者もいるが、協力してくれる仲間も混じっている」
「ふふっ。意外、でもないか。お前らしく実に単純で堂々としたやり方だ」
「誉めてねぇだろ」
「そんなことはない」

最後に葵色の被衣を頭から被せ、綺羅の手をとり牢を出た。途端にパチンと、一瞬刺すような痛みが剣に走る。驚いた拍子に繋いでいた手を離してしまった。

「っ?」
「ああ、すまない」
「は?」
「少々、興奮した」

何故か頬を赤らめて言う綺羅に首を傾げるが、今はそれを問い質す時間もない。
扉を前に一呼吸置いて、剣は繋ぎ直した綺羅の手を強く握った。そしてそれを返してくれる綺羅は、昔は目も合わせてくれなかったのにと可笑しくなってしまう。
ふっ、と息を吐いて、扉を開けた。射し込む太陽の光が眩しいが、長いこと地下にいた綺羅は平気だろうか。振り返り見た綺羅を見れば、薄く透ける被衣の向こうの瞳は、牢の中で見るより輝きを増していた。太陽より眩しく綺麗だと、刹那的に見惚れてしまう。

「当主様、準備は整っておりますよ」

その台詞に我にかえれば、穏やかな口調と涼しげな笑みを浮かべるわりに、物騒な重みのある手枷と首輪を持った術師が歩み寄ってきた。
剣が背中に綺羅を隠し、小さい頃から従えてくれていた家臣に目配せをした、次の瞬間。
心臓が止まるかと錯覚するほどの鋭い雷鳴が、辺りにドッと響いた。目が潰れるかと思うほどの稲光が周りの人間を襲う。いつの間にか上空には黒々とした積乱雲が一面を覆い、秋晴れの昼だと言うのに夜中と見紛う程に辺りは暗闇と化していた。
その異変に周囲はざわつき、剣もどういうわけか解らぬが、この隙にと綺羅を引こうとすれば、一筋の青い稲妻が、綺羅に落ちた。

「綺羅ァッ!?」

眩しさに目を強く瞑ったせいでいまだチカチカと視点が定まらない。中々綺羅の姿を捉えられずにいたが、ようやくぼんやりとだが視点を定めれば、そこに綺羅はいなかった。

「・・・なあ、剣。嘘を吐いたつもりはないんだが」

しかし、声がした。
紛うことなく、綺羅の声だ。
どこだと首を振るが、姿が見えない。すると周囲の人間が、驚愕の面持ちで空を見上げていた。指を指している者もいる。
つられて剣も空に目を凝らせば、目玉が飛び出るくらいに驚いた。

「お前っ!は?あぁ!?」

綺羅が、体から目に見えるほどの放電をして空に浮いていた。落ちた雷を栄養として吸収したように、髪や肌にも艶が出ているように見える。先まで足枷がついていた細い足首には稲妻がぐるりと輪を画き、まるでそれこそが、綺羅の為の本来あるべき装飾品のように輝いていた。

「自在に操れるこの轟に稲妻、そして輝く角こそが雷神の証だ」

森からひとつの爆音が轟いた。
一本杉に落雷したのだろうか。誰かが燃えていると叫ぶが、剣にはそれどころではない。
言われれば確かに神々しい、かもしれない。

「らい!?はあ!?お前神様かよ!聞いてねえぞ!」
「幼き頃から呪符により神力を押さえ込まれていたからな、今の今までは人間同然だった。もっとも、ナニを封じていたかはこやつらも知らなかったようだな。呪符も足枷も確かに効いていたが、残念、詰めが甘かったな」

何をされても大人しくしていた綺羅に油断せず、一瞬の隙も与えずに牢の中でその手枷と首輪を嵌めていれば、力をずっと抑えておけば、否、子供同然の時にもっと早く殺していれば。
今さら、今まで幽閉していた忌み子が神の子だったと知った大人達は地面に額をつけて許しを請うたり、天に祈ったり、責任の擦り付けあいや恐慌に慌てふためき取り乱したりと、阿鼻叫喚となっていた。

その間にも、辺りでは暗闇の中、青白い稲妻が走り、体が震える程の雷鳴が即座に響く。
神主や術師も青ざめて立ち尽くし、巫女の二人は抱き締めあってこの世の終わりのように泣いている。

「困ったな。内に溜めていた力を初めて使うから、どうにも加減が」
「お前なあっ!」

唯一、態度を変えない男が地上から呆れた顔をしながら綺羅を叱った。それが嬉しくて、歓喜に震えながら自身を纏う全ての雷を内に収め、両手を伸ばしながら彼の胸へ飛びこめば、難なく受け止め、掻き抱かれる。

「やりすぎだろ!つーか今から俺がかっこよくお前を連れ去るって時に派手にやらかしやがって!お前のがかっこいいじゃねぇかっ!」
「そうか、照れるな」
「褒めてねぇよ!」

顔を見合わせれば、不貞腐れた剣に額を弾かれた。

「んだよ。じゃあ、落っこちてきたっつー空に帰んのかよ・・・」
「天には帰らぬ。私はもう心身共にお前のものだ。あの日、お前が私を攫うと言ったあの時、どれ程嬉しかったか。あれからずっと、私はお前だけを思って──」
「わかった!わかったよ!わかったからもう喋るな!つか俺なんて一目惚れだぞ!男の!しかも鬼と呼ばれていた奴に!」
「男ではあるが実際は神だ。お前の目に狂いはない。さすがだぞ」
「そりゃどーも!」

阿鼻叫喚の地獄絵図の中、二人は抱き締めあったまま一方は赤面して悔しそうに、一方は破顔して嬉しそうに見つめあっている。
しかし、いつまでもそうしてはいられない。
名残惜しげに一旦剣から離れた綺羅は、術師が落とした手枷と首輪に人差し指を向け、上から下におろした。途端に命中した細い雷が、あっという間にそれらを黒焦げにする。

「もっと心の目を光らせ、その力は世の為人の為に尽くすよう」

こくこくと壊れたからくり人形のごとく頷く術師の次は、神主だ。

「神に使える身としては、粗忽極まりない」

鼻でせせら笑ったが、何せ神を捕らえていたのだ。
神主が蒼白し言葉を失う傍らで、巫女二人が泣きじゃくっている。こちらにはもう、用はない。
綺羅は三度、指を鳴らした。
ひとつ目で雷が止み、二つ目で森の火が消え、三度目で空が晴れた。

「ああ、体がむず痒い。何年分の力が溜まっているのか」
「だからって森燃やすなよ。うちの領地だぞ」
「そうだな。人に罪はあれど、植物や動物に罪はない。済まなかった」

人々が起こった出来事の現状を把握できないでいる傍ら、五人の男が「剣様」と声を潜めて近寄ってきた。どうやら剣の言っていた身内の仲間のようで、特に綺羅を隠そうともせず横に並ばせたまま、剣は眉間を揉んだ。

「あー・・・、なんか色々想定外だ」
「ええ、はい。その様で」
「んでもなぁ、こいつ何か物騒みたいだし、このまま俺のにして、とんずらするわ」

家臣達が控え目に綺羅を見る。
金色の目と髪と、そして角。雷を操り、鬼かと思えば神だと言う。小さな頃から不敏な鬼と呼ばれた忌み子に熱心なのを知っていたが、まさかこんな結末を迎えようとは。

「では、手筈通りに」
「ああ。弟も数年後には使い物になるだろう。任せたぞ」
「は。道中お気をつけて──、楽しい旅を」

一斉に片膝をつき頭を下げた家臣に、剣は苦笑した。
そうだ。辛く険しい道を二人で歩むものかと思っていたが、どうやら一転、騒がしくなりそうだ。


騒動の最中、ひっそりと手を握り山道を下っていく。本当は綺羅を担いで走り抜けるはずだったのにと、数刻前までの緊張感が馬鹿らしくなってきた。今では山中の紅葉を愛菜でる余裕まで出ているではないか。

「何を笑っている」
「何でもねぇよ」
「そうか?私はこれからが楽しみで仕方がない。あの牢の中で楽しみなんて、剣以外何もなかったからな。剣が私の全てで──」
「あーもう!」

たかが外れたとはこの事だろう。
牢にいた頃とは違い、高揚で愛らしく笑みを浮かべ、饒舌な綺羅は剣への愛が止まらない。
たまらず、その口を封じるように剣は優しく噛み付いた。

「・・・ん、」
「・・・少しは黙ってろっつーの」
「剣・・・」
「ん?」
「私にひいた紅がべったり付いてるぞ?」
「げっ!?」
「ああ、こら。乱暴に拭くと余計に・・・ふふっ、あはははっ」
「わーらーうーなぁっ!」

腹を抱えて笑う綺羅に拳を振り上げるだけの剣が怒る一方、川縁では重大な任務を任され神妙な面持ちでいた船番が、何故か林の方から楽しげな声が聞こえてくるのを不思議そうに眺めていた。




おわり


人間×神様。
被衣はよく牛若丸が被ってる布です。綺羅の足首の雷は足釧(そくせん。アンクレットみたいな金の飾り)という設定がありました。

小話 89:2018/03/24

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